「お集まりの皆々様、ようこそ、カナリアの品評会へ」
そんな言葉とともに舞台上に現れたのは、おかしなデザインのスーツを着て仮面をかぶり、妙に機械じみた声で話す一人の男。奇術師かピエロのような出で立ちのそれは、先刻彼女が見つめていた舞台の上に立ち、芝居がかった動作で一礼した。
「今宵もたくさんの愛すべきカナリアたちが出そろっております。どうぞ、楽しいひと時をお過ごしください」
と同時に、またふっと照明が落ちる。全く状況を理解できていない彼女がきょろきょろしていると、スポットライトの丸い輪が、再び舞台に降りてきた。
照らされた先にいるのは男ではない。そこにいたのは、彼女のように美しいドレスをまとった一体の女性型アンドロイドだった。
ピアノの音がする。彼女の耳が、その音が機械を通したものではなく、本当に楽器から出ているものだと認識する。そして――。
「――♪」
舞台上のアンドロイドの口からほとばしる歌。
ピアノが奏でる曲とまじりあったそれは、一つの音楽としてその場にいる者たちの耳に響いた。
隣でぶつぶつ何事か呟いている男の声など耳にも入らない。それほどに、彼女は夢中になった。
「歌……」
跳ねるようなテンポの曲だった。とても楽しげで、一緒に歌いたくなるような音楽。周りがじっと聞き入って静かでなかったら、彼女は本当に歌いだしていたかもしれない。
やがて、曲が終わる。舞台上のアンドロイドは優雅に一礼すると、舞台を静かに下りて、マスターらしき観客の傍へと行ってしまう。
一瞬照明が落ちて、また灯る。今度は男性型のアンドロイドだ。それは一礼すると、心が震えるようなバリトンで歌いだす。
彼女は絶えまなく繰り広げられる歌に、あっという間に夢中になってしまった。
ぴちゃーん、と、音高くしずくが水たまりを打った。
大きな排水溝のような場所だった。いつの時代の物なのか、コンクリートはすっかりひび割れ、時折見つかる入水口の鉄格子は古めかしく、そしてどれもが真っ赤に錆びついている。
しかし、そんなもう使われていない過去の遺物の中を、一人駆け抜けていく影があった。
背の高い青年のようだった。短い青い髪と、寒い季節でもないのに首に巻かれた白く長い薄手のマフラー。着ているのも真黒な長いコートで、暑苦しいことこの上ない。サングラスをかけているので表情は分かりにくいが、唇が結ばれているのでいい顔はしていないだろう。
彼は一心にこの薄暗い場所を走っていた。天井から垂れるしずくが顔にかかっても、足元にあった水たまりを踏んでしまっても、顔色一つ変えず走り続けている。しかも、かなり速い。
彼は追われていた。追ってきているのが誰かは分からない。だが、不特定多数の敵に追われているのは確かだった。
その証拠に、彼が鋭敏な耳をすませると、ずっと後ろの方でばたばたとした足音が何重にも重なって聞こえるのである。
「チッ、ヘタをうった」
ぼそりと呟いた声は、ずっと走っているにもかかわらず全く息切れした様子がない。
「こんな袋小路に逃げ込むなんて」
そして、走りながら辺りに目をやって、もう一度舌打ち。そのまま黙って走り続ける。
どうやら、彼は追いこまれてここにもぐりこんだようだ。すぐに出るつもりが何処にも出れそうな場所がないので苛立っているのだろう。
ところが、行けども行けども見つける入水口はどれもが小さかった。時折見つける横穴も、彼が通り抜けるには狭すぎる。
「いっそ爆破――いや、誰かいたら――」
ぶつぶつ呟きながらも走り続ける青年。だが、突如その足がふっと止まった。
「――ん?」
立ち止まり、顔をあげる。そしておもむろに壁に近づくと、耳をそこに押し当て、そしてさっと身を引いた。その顔には、さっきまでなかった笑みが浮かんでいた。
足音が近づいてくる。
青年は笑みを崩さないまま、右手を壁に押し当てた――。
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