5-7.

「私、海斗さんが……好き、です」
 悩んで悩んで、どうしようもないくらいにつらくて、苦しくて。それでもやっと口にしたその言葉。
 私は祈るような気持ちで、目を丸くして私を見返す海斗さんの言葉を待った。
 ……返ってきたのは、少しショックな言葉だった。
「……まいったなぁ」
 目をそらして、頭をかきながらそう言う海斗さんに、私は恐ろしくなるくらいに心が冷えていくのがわかった。
 ……まいったって、どういうこと?
 それって、まさか――。
 そんな私の思いを知ってか知らずか、海斗さんは手元の鞄から小さな包みを取り出した。
「これ、お土産……なんだ」
 いつもの調子のようでいて、珍しくためらいがちにそれを差し出す海斗さん。
「あの、海斗さん?」
 私の告白を無視したかのような海斗さんの態度に、声音にトゲが立つのを抑えられなかった。
 けれど海斗さんは、無言のままそれを私へ差し出すのをやめようとしなかった。そこには、今までにないほどの――私がひるんでしまうくらいの――海斗さんの意思の強さがあった。
 冷たくなった心のまま、私は仕方なくそれを受け取る。
「開けてみて」
 海斗さんに言われるまま、私は小綺麗に整えられた包装をとってみる。
「本当に、まいったなぁ。本当は……本当は、俺が言おうと思ってたのに、ね」
「え?」
 その言葉に、私はなにかひどい勘違いをしてたんだと気付く。海斗さんのくれたその小さな箱に入っていたのは、お土産というわりには全然大阪で買ってきたようには見えないものだった。けれどその代わり、私が海斗さんにとってただの友達だったら決して買ってこれない、そんなモノ。
「これ、って……」
 箱から取り出す。
 それは、シンプルなデザインのネックレスだった。銀色の細長い棒状のペンダントがついていて、それにはラインストーンと青いラインがあしらわれており、その裏側には見間違えるハズのない言葉が、確かに刻まれていた。
「I love you.」
 その言葉を読み上げると、顔を上げて海斗さんを呆然と凝視する。海斗さんは困ったように髪の毛をかき上げると、言い訳でもするようにもう一度「まいったなぁ」とつぶやいた。
「俺が言おうと思ってたのに、未来ちゃんが先に言うんだもん。俺から言うつもりだったのにな……」
 冷えきってた気持ちが、一瞬のうちに氷解して、瞬く間に熱くなるのがわかった。勘違いしてしまったことを謝ることさえできずに、私はぽかんと海斗さんを見た。
 すると、なぜか慌てたように海斗さんが手を伸ばしてくる。
「あ、ご、ごめんね?」
 海斗さんはなぜか謝りながら、私のほほにふれる。その指先が濡れていることにすごくびっくりした。
 ――違う。海斗さんの指が濡れているんじゃない。私のほほが濡れていたんだ。それが自分の流した涙だと気付くのにも時間がかかった。涙を流していたことにも、視界がにじんでいたことにも、私は全然気付いていなかった。
「未来ちゃん、大丈夫?」
 涙をぬぐって、何も言えないままうなずく。
 嬉しい。
 そんな気持ちさえどこか現実感がなくて、伝えたいハズの言葉も告げられなくなって、私はただ海斗さんの指先の感触を確かめるだけで精一杯だった。いや、それすら本当に感じているかどうかはっきりとしない。
 本当に……本当に?
 海斗さん。信じて、いいんですか? 信じて……いいんですよね?
 つらかった気持ちが、苦しかった気持ちがゆっくりと消えていく。
「つけて、くれるんでしょ?」
 慌ててぶんぶんとうなずくけれど、涙で前が見えなくてネックレスを握り締めたままどうすることもできなかった。
「仕方ないなぁ……貸してごらん」
 私の手のひらを優しく開いて、海斗さんがチェーンを外す。両手が私の首に回されて、海斗さんがネックレスをつけてくれた。
「海斗、さん……」
 ありがとうございます。私も好きです。海斗さんのことが大好きです。
 そう言いたかったけれど、伝えたかったけれど、言葉にならなかった。言うことがどうしてもできなかった。
「本当に大丈夫?」
 ペンダントを握り締めたままうなずいてみせるけれど、本当はちっとも大丈夫じゃない。
 嬉しい。
 嬉し過ぎるよ。


 とめどなく流れてくる涙は、いつまでたっても止まってくれなかった。
 そのせいで、私はお昼ご飯を食べることができなかった。結局、海斗さんの分のお弁当は海斗さんに渡して、私は仕方なく塾へと向かった。
 離れるのは嫌だったけれど、でも、不安だけは感じなかった。だって、やっと気持ちが伝えられたから。海斗さんが、私の気持ちに応えてくれたから。
 でも、その幸せが長くは続かないんだなんて、そのときの私には全然わかってなかった。
 私は、この幸せがずっと続くんだって信じて疑わなかった。……ううん、この幸せが終わってしまうことなんて、想像することもできていなかった。
 わがまま過ぎることが、欲張り過ぎることが身を滅ぼすってことを私は理解してなかった。
 そんな童話を、私はいくつも知っていたハズなのに。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

ロミオとシンデレラ 27 ※2次創作

第二十七話。


最期の数行を読んでもらえればわかるかと思いますが、次回よりようやく後半に突入します。
おそらく・・・・・・四十数話で完結することになるのかと。
長くてごめんなさい。

閲覧数:321

投稿日:2013/12/07 13:06:21

文字数:2,110文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました