リンとレンとの騒動から数日。卓の生活にも再び静寂が戻り、落ち着いた日々が続いていた。真夏の暑さが更に増していくこと以外では、これといって不満のない毎日がただ続いていく。
 だというのに、卓の眉はハの字を作って苦悩を露わにしていた。食らいつくように見つめるモニターには、ミクのボイスデータと真っ白なワードパッドの2つを表示したウィンドウが開かれている。
「おかしい……」
 卓はモニターから離れて椅子の背もたれに体重を預けて顎に手をあてる。見つめる先は、ミクのボイスデータだ。
「この前調整した時と数値が変わってる……?」
 画面に表示されている調整した数値は、卓の設定した数値とは極僅かにずれていた。
「最初はこんなことなかったんだけどなぁ」
 故障かとも思ったが、不具合が出ている様にも思えない。現に、ミクの歌は日に日に良くなっているし、問題だった英語の発音も徐々に改善されている。
「ボーカロイドって、経験を積んで成長するって言ってたし、これもその影響なのかな……」
 特に問題があるわけではないが、気にはなる。
 こういうとき、自分の知識の無さが悔しくなる。とりあえず、何度かエラーチェックもやって異常がないと出たのだ。おそらくそういうものなんだろう、と自分を無理やり納得させる。
 そろそろまた定期検査もあるし、その時にでもカイトやメイコに相談してみよう。
 卓はそう思い、一つ頷いてこの疑問に終止符を打つ。
 さて、深刻なのはこれからだ。卓はもう一つの真っ白なウィンドウを見つめる。先程からいくらかの文章を打ち込んでは消しての繰り返しで、一向に白いページが文字で埋まらない。
 今も再びキーボードを叩いて文章を打ち込むも、即削除して元に戻す。
 こんな繰り返しが続いて既に二時間、卓はとうとう机に潰れた。
「歌詞が……書けない……っ」
 卓は滝のような涙を流しながらそんな情けないことをぼやいた。
 ミクとの約束を果たすべく、続けてきた作詞作曲だが、その努力は未だ実りそうに無い。
 作曲の方は、実はある程度できてはいる。一日中、音楽の教科書や譜面を見続けたおかげだ。ドレミファの位置から学び直した人間としては、これ以上ない成果であると自負している。
 問題は、その曲に載せる歌詞だ。こちらに至っては、まったく作業が進んでいない。曲はある程度イメージができていたし、教科書や資料も沢山あったのでできたが、こちらに至っては、まったく資料も何もないので完全に手探りな状態だった。
 曲のイメージに対して、しっくりと来る歌詞が中々思い浮かばず、かといって他の曲の歌詞を見て参考にしようと思っても、何か違う感じがしてピンと来ない。
 まるで、雲を掴むような気分だった。
「何とかせねば、何とか……」
 呪詛のように同じ言葉を繰り返し呟きながら、机に顔をこすり付ける。ショート寸前の頭が煙を上げてエマージェンシーコールを上げているようだ。改めて自分の才能の無さを嘆かずにはいられない。
「せめて、作詞とかできる人間がいれば相談できるんだけどなぁ」
 そう思っては見たものの、その考えはすぐに脳内で否定された。
 音楽に詳しくあてになりそうなカイトやメイコには既に相談済みだが、二人は歌う専門で作詞はさっぱりらしい。残りの双子に至っては、考えるまでもなく無理だ。先輩は先輩で相変わらずの音信不通。
 最近よく会う身近な相手で、まともに指導してくれそうな人間がまったくいない現実に頭を抱えてしまう。
「あとは大学の連中くらいしかいない」
 とは言え、大学でもそんな音楽活動をしている奴なんて誰もいなかったはず。
 ……なのだが。
「……あ、いた」
 音楽活動ではないが、それに近しいことをしていて、尚且つ文才のある人間を一人だけ知っている。
「確かアドレスが……あった!」
 画面に映し出されたのは『長谷川』という苗字。
 一縷の望みを見つけた卓の目に輝きが浮かぶ。そして卓はいそいそとその相手に電話をかけるのだった。


 しかし、それがこれから起きる騒動の始まりであることは、まだこの時の卓が知る由もなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説『ハツネミク』part.4歌って悩んで女装して(1)

またゆっくりとしたペースでコタツに入りながら続きを書いてみました。
寒いのは苦手です……。
目指すは(6)くらいで終わる内容にまとめたいです。

至らぬ点が多々あるかと思いますが、読んで頂けたら幸いです。

閲覧数:218

投稿日:2010/01/20 02:21:59

文字数:1,707文字

カテゴリ:小説

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  • ウニウニ

    ウニウニ

    ご意見・ご感想

    こんばんわー
    コラボでお世話になってます、ウニウニです。

    コラボの掲示板にwarashiさんがコメント上げていらっしゃったきっかけで
    やってきましたー(コラボ参加者さんのページあんまり見ないもので・・・スミマセン)

    小説読ませていただきました。まだこのお話しか読めてはいないのですが、
    文章がとても好きでハマりそうですwこういうお話書ける人ってホント尊敬します~
    ほかのお話も楽しく読ませていただきますねw
    ではでは~

    2010/04/21 19:19:54

    • warashi

      warashi

      こんばんはー、ウニウニさん!
      反応が遅くてごめんなさい>×<;
      こちらこそ、コラボでお世話になっています!

      見に来ていただいてありがとうございます!とても嬉しいです^^
      私も、自分のものを投稿したりコラボの参加をするのが精一杯で、全員の方の作品を見て回れていないです。お恥ずかしい限りです……><;

      コラボを参加した際に、私もウニウニさんの作品を見に行きました。
      ルカがあまりに可愛くて、世の中凄い人ばっかりだなと思いましたよ。
      私なんかの拙い文書より、よっぽどウニウニさんの方が羨ましかったです^^
      むしろ、どうしたらそんなに可愛く描けるのか教えてください!

      未だにコメントを頂くと舞い上がってしまい、うまくお返事できていませんが、読んでいただいて本当に感謝しています。
      やたら長いシリーズになってしまいましたが、また読んで頂けたら幸いです。

      それでは、コメントをいただきありがとうございました!
      コラボの方でもまたよろしくお願いします!
      皆で一緒にいい作品を作りましょうね!^^

      2010/04/22 23:03:51

  • トレイン

    トレイン

    ご意見・ご感想

    こんばんは~。
    夜分遅くにすいません、あとご無沙汰してしまいました。
    鏡音姉弟の騒動は、この話始まってからもっとも、手に汗握る状況が目に浮かびました。
    すいません><これぐらいの事しかかけない人間で……(汗
    新しい章に入って、また何かが置きそうな予感がしていますね。
    楽しみです。極力見ていきたいです。

    2010/03/23 21:41:48

    • warashi

      warashi

      どうもこんばんは!ご無沙汰しております!^^
      お元気そうで何よりです。
      コメントを書いていただいただけでもとても嬉しいです、ありがとうございます!(TωT)ノシ

      ちょっと最近学校やアルバイトで中々続きをUPできていませんが、とりあえずお話自体はなんとか書けました。
      また近々続きを投稿していこうと思うので、その際はまた見ていただけたら幸いです^^
      ご期待に沿えるように頑張っていきたいと思うので、よろしくお願いします!

      2010/03/24 02:17:35

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