*3
「なんでそんな落ち込んでるのよ。」
「いやいや、普通落ち込むでしょ。」

だって変な人形としゃべってたって事だろ?
おかしいだろ。
どう考えても変だろ。
理屈屋?
怪奇現象を前に理屈もくそもありますかって事ですよ。
そんな心情を知ってか知らずかMeちゃんの顔はおもちゃを見つけた子供のように期待に膨らませた笑みを浮かべ、上機嫌である。
それは当然といえば当然で、旅行に行けなかった憂さ晴らしに来た公園の散策中であれば、この結果はむしろ望むべくして起きたアクシデントというわけである。
マダムタッソー顔負けってくらいにリアルな爺さんの蝋人形と人形劇の鞄。
正直言って気味が悪い。
僕一人なら早々に立ち去ってしまいたいくらいだ。
でもそんな事を言えばMeちゃんは興ざめどころではなく、今後一切の口を聞いてもらえなくなりそうなのも怖い。

「一応聞いとくけど、僕たちの見間違いや聞き違いの可能性ってないかな。」

「はぁ?何言ってるの?私たちはジジイが人形劇の呼び込みをしているのを見てここに来たのよ?そんなのありえないわよ。」

そう。
爺さんの声を聞いていなかったら僕とMeちゃんは爺さんの目の前まで足を運んでなかった。
前提は根本から矛盾へと変わる。
それを考えるからこそぞっとするのだ。

「じゃぁほら、僕らが向かう途中に人形と人間を入れ替わったのかもしれない。」
「それも無理があるわね。だって私達がいたのなんてここから50メートルも離れてないじゃない。そうね。確かあそこのベンチ辺りじゃなかったかしら。」

そう言ってMeちゃんが指差すのは公園の大通りを挟んで対面側の見覚えのあるベンチだ。
形状ははっきりと見えていて距離的には僕の見立てでも50メートル。
歩いた時間にして3分もかかってないと思う。
何か工作のような事をしていれば気付かないはずはない。

「それにそれだとあの言葉。ジジイが私たちに言った意味不明な言葉に説明がつかないわ。だってあれは私達がここに着いた後の出来事でしょう?」
「それはそうなんだけど、それだと、ほら。」
「怪奇現象になってしまうって?」

Meちゃんの意地悪めいたその表情は酷く恍惚とした表情だった。
それはさもそうであってほしいといったような。
むしろ、そうあるべきだと言わんばかりの表情である。
Meちゃんはあれかな。
変人なのかな。
薄々気付いていたことではあったけど・・・。
三年の月日が走馬灯のように頭をよぎる。

まぁ、こうなってしまった以上、やるべきことはやっておかないと収まりが悪い。
そもそも爺さんの蝋人形なんて誰が喜んで作るんだか。
例えば、誰が見てもオシドリ老夫婦。
あと一年で金婚式というところで事故で夫がなくなってしまって、その慰霊で作られたとかだったらわかる。
けど、それはそれで怖いし、それならつなぎにランシャツなんて罰当たりはなはだしい。
足取りが重い。
Meちゃんには悪いが怪奇現象をこのまま怪奇現象にしておくわけにもいかないのだ。
正直なところ見るのも不快に思ってしまうのだが、僕は再び転げてしまった爺さんの蝋人形の前に腰を下ろした。

「何するの?」
「いや、普通に考えてスピーカーが付いてないかとおもってさ。最近のスピーカーと言えば骨伝導だのワイヤレスだの色々でているからな。一目で分らないかもしれないけど探せばきっと音の発生装置かなんかが入っているはずだよ。」

スピーカーさえ見つかってしまえは、謎は謎にすらならず、僕たちは人形の演出に驚いただけのただの馬鹿な観光客というわけだ。
事実は小説より奇なり・・とはいかないのが現実ってやつだろ?

「ないわよ。そんなもの。」
「は?」

そんなことを彼女の口から聞くと、僕は触れようとしたその手をとめた。

「さっき調べたの。あなたが落ち込んでる最中。何を言っても聞こえてないみたいだったから。」
いつの間にそんなことをしていたのだろうか。
いや待て。
嘘の可能性だってある。
スピーカーでしたなんてオチ誰が認めるんだってとこからの嘘。
それならばそれはそれで彼氏として付き合ってやらない事もないけど、僕の中でもスピーカーがあるかどうかを確認しておきたい。
なんせ怪奇現象だぞ。
気持ちが悪いにも程がある。
そうして手を進め、人形をぺたぺたと触り、その有無を入念に調べる僕。

「調べたって言ってるのに。信用ないんだ。ま、いいけどね。気が済むのなら。」
そんな感じですこし不貞腐れ気味の態度のMeちゃん。
別に信用してないわけじゃないんだけど、スピーカーの有無で今後の精神の衛生状態に関わるのだから仕方ない。

・・・・・・・・・

「ほら、なかった。」
と意気揚々なMeちゃん。


さて、こうなってしまうと謎は謎として立件してしまう。
それは不幸にも怪奇現象推奨派のMeちゃんと現実思考穏健派の僕の構図が出来上がってしまっている事を意味していた。

「まずは、状況整理ね。」

そうして始まったのは名探偵の真似事である。
状況整理なんて面倒くさい事、普段なら絶対しないのにこういう時ばかりは率先してやるのだから解せないとしか言いようがない。

「私たちは当初予定していた旅行がyouくんのせいでご破算になり、暇を持て余して、この小池ヶ浜公園を訪れた。ここまでは良いわよね?」
「その”youくんのせいで”って言葉に悪意を感じるんだけど・・・。」
「・・・異論ないみたいね。」

無視するくらいなら確認しないでほしい。
それにしても、この公園そんな名前だったのか。
去年くらいに越してきたばかりであまり周辺の地理は詳しくはないが、仕事帰りに缶コーヒーを飲みにきたりもしてるので知らない場所というわけでもない。
公園の中央には池があって、その周りに遊歩道を設置されている。
寒波の影響で池は凍っていて、先日降った雪まで残っているのだから寒いはずである。

「それから私とyouくんで園内を散策。途中、お爺さんが人形劇の集客をしていた。」
「あ、呼称も当時にあわせるんだ・・・」
その頃Meちゃんの中では爺さんは『お爺さん』であり、人形劇を見せてくれる有用な人材で敬意もあったという事だ。
「その時はっきりと聞いたはずよね。お爺さんの声を。」

『さあ、さあ、お立会い。世にも奇妙なピエロのお話だよ。』
そんなフレーズで集客していたはずだ。
今思えば誰もいない公園で声を張った先にあるのは僕らだけ。
その言葉は誰でもない僕らに向けられたものだったかもしれない。

「あぁ、確かに聞いたよ。もっと言えば、あの爺さん、人形劇をやるのに準備をしていたから世話しなく動いていた気もした。」
「へぇ、私はそんなに見ていなかったけど。」
「例えば、こんな風に腰を落として鞄の中を見ていたよ。」
僕が自分で見た爺さんのポーズを実演してみると、僕とMeちゃんの視線は自然と爺さんの蝋人形へと向けられた。
「腰の部分はやっぱり曲がらないわね。それどころか強引に曲げたら折れてしまいそうだわ。」

やめてあげて!と強引に人形の腰を曲げようとするMeちゃんを蝋人形から離した。
分っていることではあったが、蝋で固まってしまっている人形にそんなポーズをさせることは出来ない。

「まぁ良いわ。とりあえず保留としましょう。」

まず一つの謎。
蝋人形が動いていた理由・・・か。この辺は第3者がいたとしたら解決しそうだけど・・・。

「その後、私とyouくんとで問題のお爺さんのところまで向かう。ここで気付いたことはあった?」
距離にして50メートル。さっき話に上がったベンチから爺さんの場所まで向かう途中。
僕がMeちゃんに変なあだ名を付けられた後の事だったな。
あの時のMeちゃんと言えば、話に夢中になって後ろ向きで歩いてたもんだから相当危なかっかしかったのを記憶している。
僕もあまり爺さんの方は見ていなかったけどその時からかな。
まるで動かなくなったのは。
最初はパントマイムの一環かと思っていて気にも止めていなかったけど、今にして思えばもっと良く見ておけばよかった。
何か気付いた事か。
うーん・・・

「雪、かな。」
「雪?」
「ほら周り。微妙に爺さんの周りを囲むように微妙に残ってるだろ?何でここの周りだけ雪があるんだろうって。」
「あら、今更気付いたの?」
「なぬ?」
「だって誂えたみたいによく出来てるんだもの。まるで足跡を探して見なさいよって言ってるようなものだわ。人形を囲むように新雪がそのままの状態で残ってるなんてそうそうないわよ。」

まあ、確かにすぐ思いつきそうなものではあるよな。
雪が降ったのは2日も前の話だし雪が残ってるのも不思議なら今まで誰も通ってなかった事も不思議だ。以前来た時には普通に子供が遊んでいたような気もしたしな。

「ってことは、あれか?もう調べてたりするのか?」
「まあね。」

なんだこの女、本当はできる女なのか?
と言うか、いつの間に調べてるんだよ。というツッコミはこの際だから置いておくにして、久々にMeちゃんを見直した。
これだけ見直したのは過去にして数回あるか無いかくらいだ。
僕の一目惚れを受けてくれた時だろ?
23回目のデートにしてようやく割り勘にしてくれた時だろ?
あと雪の足跡を調べてくれていた時!
あれ、3回目か。
思ったほどないな。

「で、調査の結果は?第三者の足跡っぽいのあったろ?」
などと期待めいたセリフを吐いてみる。

「あのね、ミステリー小説読んだことある?雪なんて誰が通った通らないっていうトリックに使う小道具に過ぎないのよ。そんなものに犯人が足跡残してたらミステリーとしては最悪よ。」

ミステリーと現実をごっちゃにしている彼女の目は本気だ。

「いやでも、そんな偶然って中々ないわけですよ。殺人の犯行中に偶々雪降ったり、雪国旅行中に偶々殺人事件おきたり、あと吹雪いて大抵帰れないよな。」
いや別にディスってるわけじゃないんだ。僕が言いたいのは、やっぱり小説は事実よりも大抵は奇っていうか。そういう事なんだけど。
「で結果は?」
「無いわよそんなもん。」
ですよね。
だってそんなものがあったらMeちゃんはこんなに生き生きとしていないのだから。

唯一あるのは僕たちがここに向かうために着いたであろう足跡と爺さんがここに来た時に着いたであろう足跡の計3つである。
靴の裏との照合から個人の特定はできた。
それはご丁寧にも人形の靴とピタリとはまってしまったのだから仕方ない。

「自分の首絞めてるの分かってる?」
とMeちゃんは言う。
「まあ、何だ、保留。」
僕は後頭部を描き散らしながらそう言った。

謎、二つ目。雪の足跡。

「そういえば、ジジイが言ってたピエロのお話ってなんだとおもう?」

『さあ、さあ、お立会い。世にも奇妙なピエロのお話だよ。』
呼びこみで爺さんが言っていた言葉だ。
ピエロか。
ピエロ・・・・。
うーん。
ピエロの定義にもよるが、ピエロを道化師と捕らえるならその歴史は古く、5世紀のエジプトではすでに宮廷道化師という職業が存在したらしい。
もっぱらペットと同じような立場でありながら笑いのために多少の無礼が許され、政治にも干渉できる道化師すら存在したことから、その奇抜の存在は人気となり、今では元は政治交渉を象ったのではないかと諸説ある由来のトランプでもキングやクイーンに加え、ジョークを言う人、つまりはジョーカーが入っている。
グリム童話などにも度々登場するけど、あんまり主人公って感じではなく、大抵は立役者か小悪党って感じが多いんだよな。
そんなことを考えたところで名作という名作は見つからない。
というか、この場合Meちゃんの言いたいことは別にある。
時々誘導尋問されているかのようにもなるのだから、Meちゃんの発言には気をつけないといけない。
この場合でいうなら、
「・・・まさか鞄を開けてみたいなんて言うんじゃないだろうな。」
「あら、よく分ってるじゃない。さっすが、私の彼氏。」
と、まぁこんな具合である。
それにしても『さっすが、私の彼氏』って凄い武器だな。
凄い照れるわ。
照れるし、なんでも許しちゃう気がしちゃうわ。
いやまて、それも罠か?
「と、とにかく、だめだよ。鬼がでるか蛇がでるか。きっと面倒なことになる。」
「これで本人の身分証でも出てくればたぶん、今こうして議論することもなく警察にまかせて終わりなんだから、youくんにとっての面倒事の根幹がすぐ終わると思うけど?」
「現状でも警察に任せておわりってこともできると思うんだ。」
「それは嫌。」
・・・ですよね。
まぁ確かに、財布なんかの落し物は本人確認のために中身を見ることもあるし、落し物の中身を勝手に見たところで罪に問われることもない。
だけど良心の呵責として他人のものを勝手に見るのはいけないと思うことは当たり前で、その刷り込み現象の由縁はここで鞄の中身を見たという事実。
もしそれが原因で何かしらの事件に巻き込まれたとしたらそれは言い逃れができなくなってしまうのではないかという恐怖心だ。
人は総じてそれを責任という。
「責任とれないよ?」
「それ、彼女に言う言葉じゃないから。」
確かに彼氏彼女の関係なら責任といえば一つしかないけれど。
「ちょっ、いや、それとこれとは・・。」
「あっけまーす!ていやー。」
明らかに動揺した僕を尻目にその使い込まれたスーツケースに手をかけるMeちゃん。
弄ばれた感が半端ない。
結局のところ僕の意見はなんの意味もなさなかったのは言うまでもない。

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【小説】キミと僕と道化師と3

遅くなってすいません(汗
ちょっと本格的にミステリーにしてこうとおもいます。
you君。Meちゃんを題材に考えてくれた方。ありがとうございます!

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投稿日:2018/04/27 18:04:20

文字数:5,595文字

カテゴリ:小説

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