「それで…」
 言っていいものか、とキヨテルはしばらく困ったように同じ言葉を繰り返していたが、十五回ほど「それで…」を繰り返した後、思い切ったように顔を上げた。
「私に協力してもらえませんかっ!?」
 ずいっと二人につめより、前のめりになったキヨテルの勢いに圧倒され、リンとレンは思わず「ハイ」といいそうになった。
「協力、ですか? 具体的には…」
「既に気づいているかもしれませんが、私はエクソシストです」
 やっぱりか、とレンが思っている横で、リンはきょとんとしている。それもそうだろう。
 おそらく、リンにはそういう知識が少なく、エクソシストといわれてもアニメだの漫画だのしか思いつかないのだ。きっと。
「現在、エクソシストとしての能力――要は悪魔祓いの力のことですが――を持っているエクソシストは全世界に散らばったエクソシストの中でも本当に一握りです。こんなことをあなたたちに頼むというのは、エクソシストとしてどうかとは思うのですが…」
「…」
 いつの間にか、レンは息を止めていた。
 リンもよくわからないなりに大変な状況なのだということは理解して、じっとキヨテルの話を聞いていた。
「あ、別に、そのエクソシストたちを集めろ、なんて無茶は言いません。ただ…。探してほしい人がいるんです」
「探してほしい人?」
 思わずレンが聞き返すと、キヨテルは前のめりになって崩れたスーツをピシッと直し、座りなおした。気を取り直して、と言うことだろう。
 それを見て、レンも一度深呼吸をして椅子に座りなおした。リンもそのまねをして椅子に座りなおす。
「女の子なんですが、本当に小さな女の子で…」
「どういう関係で?」
「昔、『捨てられて』いたんです」
「捨てられて?」
「はい。それはもう、捨て猫のように。まだ私も中学…いえ、高校入学のすぐ後で、彼女を見つけたとき、驚きましたよ」

『――あなたは誰ですか?』
 キヨテルがそう問いかけると、鮮やかな紅の髪の少女は振り向いた。
『ミキ、と呼ばれていました』
 その言い回しはなんだか気になったが、キヨテルは続けて聞いた。
『そんなところで何を?』
『主人を待っているのです。ここで待て、と言われました』
 少女――ミキの言葉によどみはなく、心のそこからそう信じているのだろうと思わせた。
『いつからここに?』
『一週間と二日と二時間前からです』
 彼女は一途に主人を待ち続けているらしかった。その言葉にたがわず、ミキはその服を土と雨で汚し、疲れが見えた。
『うち、きます? せめて服を着替えるとか、お風呂に入るとか、それくらいはした方がいいと思いますよ?』
『私がいないうちに主人がここに来てしまうと、面倒なのでいいです』
『その主人に会うとき、そんなに汚いなりでは感動の再会も出来ませんよ』
 と、言って、キヨテルはミキの手を引き、急いで帰宅した。両親は帰っておらず、ミキに風呂に入るよういい、自分の服を少し大きいかと思いながら貸してやった。
『ありがとうございます』
『いえ、気にしないでください。僕の自己満足ですから。それより、服、やっぱり大きいですね』
『大丈夫です。本当にありがとうございました』
 深々と頭を下げた少女の方が、服の襟から出ていた。そのとき、キヨテルは思わず声を上げそうになった。
 肩から背中にかけていくつものあざや傷がいくつも、いくつも、それこそ無数に…。
 ミキは礼を言って、脱いだ服を紙袋に入れて、キヨテルの服を着て、何度も頭を下げながら出て行った。いつの間にか、空からは雨が降っていた。
 次の日、同じ場所に行ってみると、ミキの姿はなかった…。

「へぇ」
「その女の子を捜すんですか?」
「そうです」
「それにしては前置きから離れているように思いますが?」
 もっともなレンの言葉に、キヨテルはそのとおりと言うようにうなずいた。
「その後、一度、彼女を見かけたことがあるんです。街で、すれ違いました。彼女の主人らしい男の人と一緒に…」
「まさかとは思いますが、その人がエクソシスト云々とか、そういうことでは?」
 面倒だというようにレンはため息混じりにいうと、キヨテルは驚いたように目を丸くして、それから笑顔に変わると、
「ご名答です」
 といった。
「今でも彼女の背中の傷が生々しく思い出せます。彼女の安否が心配なのです」
「ただそれだけの関係でしょう? 先生がそこまでする義理はないと思います」
「彼女が言ったありがとうの笑顔が忘れられないんです。…それに、そういうことって、理屈じゃないんですよ」
 少し困ったような、照れたような笑いを浮かべた。頬が少し赤らんだ。
 その笑顔を見て思い出される兄の顔に少々いらだつ。
「どうでしょう、お願いできませんか」
「俺たちである理由は、何か?」
「いえ、うわさを聞いたんです。あなたたち二人はいろいろな厄介ごとに手を出して、なんだかんだで解決をしていると」
 一瞬、二人が固まった。ついでに、レンのこぶしはもっと強く固められた。
「…その噂、発信元誰だ。ぶっ潰す」
「でも、間違いじゃないよ」
 横から言ったリンは、思い切りレンににらまれて、目をそらした。
 それを見ていたキヨテルは少し笑って、それから不安そうになると、
「お願いできませんか」
 ため息をついて、レンはキヨテルに向き直った。
 しばらく、無音の間があった。
「…そうですね、結論から言わせていただきますけど…」
 また、間。
 期待のような、不安のような、微妙な表情をしながら、キヨテルはレンの次の言葉を待っていた。その期待を裏切るように、レンは言った。
「断固お断りです」
 冷酷な氷のような冷たい視線でも、情熱的な炎の剣幕もなかったが、ただ、異様に圧迫されるような空気があった。キヨテルは黙った。目を伏せる。リンがレンを見た。
「俺は使い魔ですから、リンを守らなきゃいけない。先生もさっき言ったように俺たち、結構面倒ごとに巻き込まれて、ひどい目にあってます。その度に俺だけじゃなく、リンにも危険が及んでる。これ以上、リンを危険にさらすわけにはいかないんです」
 その口調は、おこったか意図によくにた、有無を言わせないような空気があった。
「…そう、ですか…。残念です」
 本当に残念そうに肩を落とし、キヨテルは言った。そんなキヨテルのことなど知らないようにレンは席を立ち、
「それじゃあ、失礼します」
「あ、ちょっと、レン!」
 レンの後を追って、リンも席を立つ。部屋を出る直前、リンは軽く頭を下げただけだった…。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

鏡の悪魔Ⅴ 7

こんばんは、リオンです。
本当に遅くなりました。すみません。
ごめんなさい!!
今日は遅いので、この辺で!!

閲覧数:245

投稿日:2010/07/10 01:30:50

文字数:2,711文字

カテゴリ:小説

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