次の日、俺は会社を休み、ルカを連れて心療内科の病院に行った。そこで診察を受けさせたところ、鬱病だと言われてしまった。その後、ルカの状態や治療方針などを先生と話し合ったのだが、当のルカは相変わらず話をほとんど聞いていないようで、どうしても不安がわきおこってくる。
入院の必要まではないだろうと言われたので、ルカを連れて帰宅する。色々考えたが、内的要因ではなさそうなので、薬に関しては見送ってもらった。
帰宅した後、お手伝いさんにざっと事情を説明した後、俺は義母に電話をかけ、ルカの状態を話した。鬱病だと診断されたこと、週に一度通院させることになったことを話す。また、治療は長引くだろうと言われたことも。
義母の方は、ハクさんと話したことを教えてくれた。ハクさんが家を出ると言い出したことを聞き、俺は驚いた。
「どうしてそこまでする必要があるんです」
「ハクは、ルカと一緒には暮らせないと言うんです。……ガクトさん、あなたからすれば、辛い話だと思います。でも、ハクにもどうしても譲れない一線があるんです」
正直、俺は面白くない気分だった。ルカとハクさんの間には確執があるのかもしれないが、そもそもハクさんの実母が、ルカの実母を追い出さなければ、この不幸だって起きなかったはずなのに。……いや、これは、言ってはいけないことか。
自分で自分の思考が嫌になってくる。なんだって、こんなことを考えてしまうのだろう。俺は息を深く吸い込み、思考を切り替えた。
「それならやはりミカを預かってもらった方が……」
ミカの方なら、ハクさんが家を出る必要はないはずだ。……多分。
「ルカとミカちゃんなら、私はルカの方を預かりたい。……駄目でしょうか?」
義母は静かにそう答えた。その声には、それだけは譲りたくないという気持ちが現れていて……俺の方から無理を持ち込んで来た側面もある以上、重ねては言えなかった。
俺は義母と、細かい話を詰めた。ハクさんは家を出て、一人暮らしをする。俺たちが家を出させてしまったようなものだから、新居を探す手伝いぐらいは俺がすることになった。経済的な援助も申し出る。義母は少し迷っていたが、結局申し出を受けてくれた。
ミカは俺とこの家で暮らし、ルカは義母の許で、病気が良くなるまで生活する。俺の実家やルカの実家に何か訊かれたら、ルカは病気で静養しているとだけ、言っておく。
「……あの人、何かしら無理難題をふっかけてきたりはしないでしょうか」
途中で、義母は少し疲れた声でそう言ってきた。あの人……義父のことか。
「上手くかわしますよ。お義母さんは心配しないでください」
義父は厄介な人だが、単純な側面もある。俺が、なんとかしないと。
そうして、俺はミカと生活することになった。俺には仕事があるが、お手伝いさんがいるので、家事や日中のミカの面倒は頼める。だから、そっちの問題はなかった。
ミカはまだ幼いせいか、すぐにルカのいない生活に慣れた。……「おかあさん」と呼ぶ存在がいなくなったことを、わかっていないのだろうか。俺に駆け寄って遊んでくれとせがむミカを見る度、俺はなんとも言えない気持ちになった。
義父には、ルカは病気で入院しているので、会社や家庭の行事に顔は出せないとだけ伝えた。義父は不快そうに「入院するような病気にかかるとは」とぼやいたが、見舞いに行きたいとか、病状はどうかとかは尋ねなかった。ほっとした反面、俺は義父に対して、どうにも棘のある気持ちを感じずにはいられなかった。一部は確実に、この人のせいなのに。だが、義父に詳しい話はしないでほしいと、義母からは頼まれている。実際、義父に話したら、問題はこじれるだろう。俺は口をつぐむことにした。
義母からは、小まめに連絡がある。ルカは落ち着いてはいるが、やっぱりぼんやりしているだけで、今のところ、自分からは何もしようとはしないとのことだった。
「今は、ゆっくりさせてやりたいんです。少しだけ、わがままを許してください」
……そして一つ、厄介な余波があった。俺がそのことを知ったのは、ルカを義母のところに預けて数日後、アカイが久しぶりに俺に会いに来たのだ。
「アカイ、どうかしたのか?」
アカイは珍しく、思いつめた表情をしていた。しばらくの沈黙の後、アカイから聞かされたのは、意外な言葉だった。
「……先輩、俺、ハクに振られました」
俺はまじまじとアカイを見つめた。今、こいつはなんと言った?
「振られたって……」
「だから、俺とはつきあえませんって、はっきりそう言われたんです」
「え? お前、ハクさんとつきあってたのか?」
「つきあってませんよ。断られたんですから」
不服そうな表情で、アカイは訂正した。俺はというと、新しい情報で少し混乱していた。何だかよくわからないが、アカイはハクさんにアプローチして、振られたらしい。
「……先輩に言っても仕方ないのはわかってます。けど、俺たち、最近かなり上手くいってたんですよ。ハクもずいぶん打ち解けてくれて、自分の悩みとかも話してくれるようになって、向こうの家にも招待されて……」
ちょっと待て。それでなんで断られるんだ。疑問に思った俺は、アカイにその辺を尋ねた。
「ハク、言ったんです。……自分は一生結婚するつもりはないから、つきあうと時間の無駄になるって」
結婚ねえ……アカイとハクさんが結婚すると、アカイと俺が義兄弟ってことになるのか? それは別に構わないのだが。
いや違う。アカイは断られたんだ。で、なんでその話を俺にする?
「先輩のせいじゃないことはわかってるんですよ、頭では。でもどうしても考えてしまうんです。もしこの前先輩が来なければ、ハクは俺とのつきあいを承知してくれたんじゃないかって」
「……どういう理屈だそれは。ハクさんの恋愛と俺の家庭は別の問題だろう」
そんなことまで、こっちに押し付けられても困る。
「俺だってそう思いたいですよ! でも、ハクは不安になったみたいなんです。優等生の姉が結婚に失敗したんなら、自分はもっと失敗するだろうって」
幾らなんでも理屈が飛びすぎだ。俺は頭を抱え込みたくなった。巡音家の人間は、極端から極端に走る傾向があるのだろうか。
「……なあアカイ、お前、それで納得してるのか」
アカイは首を横に振った。そもそも、納得していれば、こんなところには来ない。
「だったら、もう一度ハクさんのところに行って、その気持ちをぶつけて来い。ハクさんとルカは違う人間だし……お前と俺だってそうだ」
ふと不安になったので、「ストーカーにならない程度にな」と付け加える。恐ろしい結果になっても困る。
珍しいことに、アカイはしばらく迷っていた。猪突猛進な奴だったんだが、こいつもいつまでも同じじゃないらしい。
結局、アカイは「もう一度だけ挑戦してみる」と言って、帰って行った。二人にとって、いい結果になることを祈ろう。
ロミオとシンデレラ 外伝その四十二【いつか道の開ける時が】後編
お待たせしましたが、続きです。
今回はがっくんサイド。
近況
明日からフィギュアスケートのNHK杯なので、観戦前にアップすべいと思っていたんですが、気がつけばこんな時間……。なかなか上手くいかない。
NHKは全部一度に、中継で(ほとんどはBSで、ですが)放映してくれるのでありがたいです。テレ朝はカップルの放映が遅すぎ!
ちなみに、恋愛描写を上達させたいという人は、カップル競技(ペアとアイスダンスのこと)を見てみると、何か閃くかもしれません。
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