十枚目:
貧しい家庭に生まれた少女。
父はお酒とタバコが唯一の娯楽で、
自分にだけ暴力を振るってくる。
母は、重度の快楽狂で、
借金返済の為に、自ら喜んで体を売る。
学校では、心身共に傷ができる程の虐めを受け、
教師に話しても笑われる始末。
お前が悪い、お前は恵まれているんだぞ、
世界にはな、お前以上に恵まれない子供がいるんだ、
当たり前に生きれる事に感謝しろ、
その歳にもなって甘えるな、
と言葉を返される。
友達もいない、兄弟もいない、
自分を理解してくれる人もいない、
いつ何があっても匿ってくれる人はいない。
一日の食事はというと、学校の給食だけ。
両親ともに不在な日が多く、だからといって、
金を置いていく事もないし、家には冷蔵庫すらない。
給食をこれでもかと貪り食って、
何とか一日分の栄養を摂ろうと努力する。
それでも足りないなら草や虫を食べる。
授業は真面目に聞いてるし、
宿題もサボらずに提出するし、
休み時間の合間で予習復習も欠かさない。
なのに、学校の成績は悪くなる一方。
徐々に頭が可笑しくなっていく。
次第に全てが馬鹿らしくなる。
生きることが辛くなる。
そして彼女は考える。
幸せについてひたすら考える。
教師が言っていた当たり前への感謝。
母親の言っていた子供は気楽で羨ましい。
父親が言っていた生かされている有り難さ。
近所の人が言っていた大人の苦労。
沢山、沢山考えた。
「幸せ、幸せ、幸せ、幸せ、幸せ…」
彼女の頭の中で、幸せという文字が羅列する。
「私は幸せ、私は幸せ、私は幸せ?私は幸せ、
私は幸せ、私は幸せ、私は幸せ?私は…」
幸せという言葉を繰り返しながら、
認めたくない一心で、
訳もわからずニタニタと笑みが溢れ、
そして何より頭が痛い。
誰もいない道端でしゃがみ込む。
両手で鼓膜を押さえつけながら、
何度も何度も泣き叫ぶ。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
自分の不幸は自分のせい。
他人の不幸も自分のせい。
神様が試練しか与えないのは自分のせい。
母が父に殴られるのも自分のせい。
あの子が自分を虐めるのも自分のせい。
全部、全部自分のせい。
「そうか、私は幸せになっちゃいけないんだ」
すると、前方から一台の車が…
暴走する車に轢かれた少女は、
血を垂れ流しながらその場に倒れ、
息を引き取った。
「幸せ?」
少女の亡骸を目撃して、
気持ち悪いと吐き捨てながら通りすがる主婦たち。
少女を轢いた車は少女を助けずに逃走し、
数時間経っても、救急車の音すら聞こえないままだった。
それでも、動かぬ少女はこれ以上無い程の、
万遍の笑みを見せていた。
死ねたのがよっぽど嬉しかったようだ。
その傍らには、歪んだ顔の女が少女を見下ろしていた。

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名無しの手紙(十枚目)

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投稿日:2023/02/09 14:10:59

文字数:1,144文字

カテゴリ:小説

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