私は、透明が好き。
無個性な私にはピッタリな色だから。
実家を飛び出して一人暮らしを始めてから、
透明な家具や食器を買い集めて、
それらを眺めながら癒される。
洋服も、パステルカラーやアイシーカラーを基調としたものを好んで着ている。
透明色にハマったきっかけは、
透明をコンセプトにしたBARだった。
「いらっしゃい」
お淑やかな声に歓迎され、
カウンター席に腰を下ろす。
客は、今のところ私しかいないようだ。
辺りを見渡すと、椅子やテーブルのみならず、
壁や天井も白一色に染まっていて、
全体的に明るい雰囲気で私は一瞬でこの空間が好きになった。
マスターの後ろにある棚には、
透明水彩のような色とりどりの瓶が、
横一列に置かれていた。
マスターは年配の女性で、
初対面だというのに、酔い潰れていた私に温かい水をくれた。
「少しは落ち着きましたか?
さぁ、今夜は何にしましょう?」
水色のメニュー表を開くと、
カクテルの他に、アロマキャンドルをプレゼントしてくれるサービスもあるようだ。
私は、一番最初に目に付いたオパールというカクテルを注文する。
限界まで磨かれた埃一つないグラスに注がれて出てきたのは、
鉱物のオパールをモチーフにした透明な液体。
シンプルな名前だが、
中の銀箔が舞っていて、
その名に相応しいほど神々しい。
「気に入って頂けましたか?」
「はい、とても」
私は、グラスの中身を一気に飲み干した。
すると、口の周りが仄かにラベンダーの香りに包まれて、幸せな気持ちになった。
そうこうしているうちに、終電の時間が迫っていることに気づき、大慌てで帰り支度をする。
お会計は七百円。
オリジナルカクテルにしては値段が安かった。
サービスで貰えるアロマキャンドルは、
ラベンダーの香りがするものを選び、
私は急ぎ足でBARを出た。
………………………………………
私は今、廃ビルの最上階にいる。
楽しい妄想は、これでおしまい。
制服姿の女子高生が、
こんな人気のない所にいたら、
間違いなく変な奴に襲われる。
けど、もう関係ない。
今から私は、全てを捨てるのだから。
「なんだ、先客か…」
振り返ると、スーツ姿の男が一人。
襲われるかもと思ったけど、
どうやら、そういう事ではなさそうだ。
「お前もか」
「…」
私は、俯きながら頷く。
「悪いが他を…」
私は涙を堪えきれず、その場で泣き崩れた。
色んな想いが、忘れようと努力していた思い出が、頭の中を一気に駆け廻る。
笑えもしない日々が、嫌というほど鮮明に蘇る。
「そうだよな。
君は十分頑張った。
ボロボロになるまで戦ったんだ」
私は、男に優しく抱きしめられた。
男からは、下心を感じなかった。
男の瞳から涙が零れた。
この人もきっと、苦しかったんだ。
誰にも言えない事や言っても理解されない事が沢山あって、それでも、周りからは強さを求められて、独りで泣いて、独りで戦って来たんだ。
子供の私以上に、きっと過酷な日々を生きてきたんだ。
「悪いが、死ぬなら他をあたってくれないか?
俺は、ここがいいんだ」
私は頷き、立ち上がる。
この場所は、男に譲ろうと思う。
私はまた探せばいい。
そうだね。
もう少しだけ、生きてみようか。

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  • この作品を改変しないで下さい

旅人書房と名無しの本(オパール)

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投稿日:2023/09/15 23:08:43

文字数:1,344文字

カテゴリ:小説

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