りんごが、ランドセルの中でごろごろと音を鳴らした。体の小さいユキからするとずいぶん重いが、特に入れるものもないランドセルを背負っているのも雰囲気が出ないので、好物のりんごを入れてあるのだ。真っ赤なランドセルに真っ赤なりんごは、ピカピカと光沢があって、いかにもおいしそうだった。
「先生…」
 つぶやくようにユキは言った。すると、キヨテルは振り返って、
「大丈夫ですよ、すぐ戻ってきますからね」
 頭を軽く撫でてくれたキヨテルの頬に、汗が光っていたのを、ユキは見逃さなかった。
 キヨテルは深呼吸をして、もう一度ドアに向かうと、
「開けますよ」
「ええ、どうぞ。一人だけで入ってきてくださいね」
「勿論です。…では」
 ドアを開いた。
 静かに、ゆっくりと部屋の中へ入っていった。
 キヨテルが部屋に入ると、ひとりでにドアが閉まった。驚いてキヨテルが振り返り、ドアノブをまわしてみたが、ガチャガチャと音を立てるだけで、一向に開く気配はない。
「一度足を踏み入れたんです、出られなくても問題はないでしょう?」
 ミキが言った。
「まだ鏡音君が中にいます」
「ああ、そうですね。忘れていました。まあ、気にしないでください。後で良いでしょう」
「話が違う」
「知りませんよ。さあ、座ってください。ゆっくりお話でもしましょう。…人質を仲裁役にでもして」
 勿論キヨテルは納得が言っているはずもなかったが、ここで妙に反抗してレンに何かあるといけない、と思い、おとなしく従った。椅子に座ると、部屋の中にほぼ死角がなくなった。ベッドの上に座った連ののど元に突きつけられた銀色のナイフが怪しく光った。
「さあ、どうします、先生。最後、究極の選択です。彼を取るか、自分を取るか――」
「さっきから言っているでしょう、彼を解放してくれるなら、僕を殺して解体して、闇ルートに売り払ってもかまわない、と」
「本当に? きれいごとを言ったって、終わりは遠のきませんよ」
「わかっています。これは僕の本心です。だから、早く鏡音君を開放してください」
 先ほどから、キヨテルがしっかりとミキの言葉に答えるたび、レンを捕らえる腕に力が入っていくのがわかる。怒りと苛立ちからか、ナイフを持っている手も小刻みに震えているようだ。このままでは、震えのせいで軽く切れてしまいそうだ。
「ミキ…。もう、やめにしないか。こんなこと、これ以上は――」
「黙ってください。私はあなたが嫌いです。世界で一番、大嫌いです。だから、あなたの言葉は聴きたくありません。だって、いつも私が一番聴きたくない言葉を言う」
 今まで余裕を見せていたミキの口調が、途中から妙にしおらしくなっていった。
「ユキちゃんだって、ドアの向こうで怖がっていますよ」
「私だって、ユキちゃんのところに行きたいです。けど、そうさせてくれなかったのは、あなたでしょう?」
 次第に言葉に憎しみがこめられてきて、先ほどまでの振るえとは違う、力がこもったときに出る震えが、ミキの体中を駆け巡るような気がした。事実、レンの首筋に、ナイフの傷跡が小さく残った。

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  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

鏡の悪魔Ⅴ 23

こんばんは、リオンです。
昨日は無理して起きていたもので、部屋の電気つけたまま変な向きで寝てしまいました。
欲望に従うってすごく大事だよ!
睡魔と闘いすぎると、髪の毛にドライヤーかけることも忘れちゃうよ!(ぇ
って、つまり、かけ忘れたんですね。
めちゃくちゃ眠くて…(笑

閲覧数:238

投稿日:2010/07/29 00:50:36

文字数:1,286文字

カテゴリ:小説

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