Spiritoso

  3-1.

 結局、最後までステージにつきっきりになった挙句、後片付けまでやっていたら、家に帰り着いた頃には夜の十一時をまわっていた。
「……ただいま」
 つぶやいてみても、返事は返ってこない。パパとママはまだ帰ってきていないらしい。どこか心地よかったはずの疲労感も、家に着いた時はただの苦痛になってしまっていた。他のみんなは打ち上げをやるといってどこかに行ったけど、私が打ち上げに参加してたらパパとママがどれだけ怒るか予想がついたから、みんなには悪いけど断って帰ってきてしまった。
 私も行きたかったな……。
 本当はそう思ってた。でも、やっぱり私は行けないよね。
 リビングの電気をつけると、ダイニングテーブルにクッキーの盛られた皿が置いてあった。ママの手作りだ。今朝オーブンを使っていたと思ったら、クッキーを焼いていたらしい。
 ママは料理が好きだ。
 でも、家にほとんどいないから食事の時間は家族バラバラだし、顔を合わせることすら少ない。だから、ママが作るのはたいてい日持ちのする焼き菓子だった。
 クッキーを一つつまんでかじる。
 ちょっと多過ぎるんじゃないかと思える砂糖の量に、少しだけ顔をしかめた。ママは甘党じゃなかったはずだ。まだ、私を甘い物が好きだと思ってるんだろう。ママは私のことをなんでも知っているつもりになってる。でも、私のことでママが知ってるのは、私を数値化した学校の成績だけだ。数値化されない部分の私のことは、なに一つ知らない。
 クッキーをかじりながらキッチンを覗くと、案の定、クッキーを焼いた直後の状態で、調理器具は洗われていないまま流しにつっこまれて放置されていた。
 今朝になって焼いてたんだから、出勤時間なんかを考えたら当然といえば当然だ。でも、片付けをする私のことも少しは考えて欲しい。せめて水につけていてくれればよかったのに。
 私は仕方なく、学生鞄を椅子に立て掛けてから、制服のままでキッチンの片付けをすることにした。


 ピピピピピ……。
 片付けが一段落してお風呂に入ろうかと思った頃、ケータイにメールの着信があった。こんな時間に誰だろうと思ってメールを見ると、愛からだった。
[今日はおつかれ~。あれから海斗さんにメールした? あのあとちょっと話したんだけど、海斗さんってすごいいい男。このあたしが保障するわ。あんなにいい男なんてそうそういないんだから、絶対手放しちゃダメよ!]
 そんな文面に、私は思わずケータイを取り落としそうになった。慌てて上着の胸ポケットから紙片を取り出す。少しクシャクシャになってしまったその紙には、男の人にしては意外なほど几帳面な文字で「海斗」という名前が書いてある。
 わ、忘れてた……。
 もう、自分の馬鹿さかげんにあきれてしまう。あれからも忙しかったからって、いくらなんでもひどすぎる。また大失敗だ。
[忘れてた……明日メールする]
 簡潔にそれだけの文章を打つと、メールを送信する。
 と同時に大きくため息をついて、ちょっと呆然としてしまった。なんで私って、こんなに馬鹿なんだろう。そして、海斗さんと話したっていう愛が少しうらやましいと思っている自分が嫌だった。
 愛からの返信は、五分と待たずに返ってきた。
[バカ~~! あたしの未来ともあろう人がいったいなにやってんのよ。いいから、今すぐメールしときなさい!]
 もうすぐ十二時になろうという時間にメールなんて、ちょっと無神経過ぎるんじゃないかな。そう返信したら、またすぐに返ってきた。
[相手は大学生なんだから、そんなこと気にしなくても大丈夫よ。都合悪かったら明日返信してくるでしょ]
 気が引けるけど……そういうものなのかな。
[わかった。メールしてみる]
 そう愛に送信して、手元の紙片を見る。
 海斗さん……。
 あんなにいい人だったのに、私ときたら迷惑かけてばっかりだ。
 悩みに悩んだせいで、書くのに三十分もかかってしまったメールの文章は、悩んだ時間の割に短かった。
[遅くにすみません。未来です。あの、今日は会えてすごく嬉しかったです。ありがとうございました]
 ホントは色々言いたいことや聞きたいことがあったけど、そうするとどうしても長くなってしまう。だから、それは返信がきてから聞いてみることにした。
 メールを送信して、ようやく制服を脱いでお風呂に入ろうとしたら、またメールの着信があった。
 ――海斗さん?
 下着のままで、慌ててケータイに駆け寄る。着信は――愛だった。
 愛には悪いけれど、期待した分だけ肩をがっくりと落として、メールをみる。その内容は、ものすごく簡潔だった。
[……たぶんね]
「メ……グ……」
 もう、海斗さんにはメールを送信してしまってる。今さらそんなメールがきても、手遅れにも程がある。そういうことは、もっと早くに言ってよ。
 数分後に帰ってきたママが、下着姿でダイニングテーブルに突っ伏していた私を叱ったのも、はたから見れば、確かに仕方のないことなのかもしれなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

ロミオとシンデレラ 11 ※2次創作

第十一話。


やっと原曲の歌詞の設定を一つ消化。
でも、読み直してから思ったのは、
「クッキー? キャラメルじゃないの?」ってこと。
・・・・・・我ながら、気づくのが遅い(笑)

閲覧数:398

投稿日:2013/12/07 12:51:24

文字数:2,095文字

カテゴリ:小説

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