「蓮、惨殺死体だって」
頭の大きな白リボンがトレンドな、金色長髪の美少女・凛は携帯を見つめながら、そう呟いた。二人はお祭りへ向かう人ごみの中。
午後十八時の外は肌寒い。頃はカボチャ色に染まる十月末日。今やクリスマスに劣らない日本の一大祭日へと伸し上がったその日に、アニメや漫画などと言ったサブカルチャーをこよなく愛する人達の祭りは、一週間ぶりの雨明け星空に祝福されて始まろうとしていた。
「最近報告されてるやつか」
同じ金髪を小さく結んだ蓮は興味なさげに答えた。二人は同じ白Yシャツ。一方は可愛いリボン。片割れは小洒落たネクタイ。色はお揃いの黄色。
「うん。毎度同じで一人は全身血に染まっていてもう一人はばらばらだって。前と違うのは近くに金属のバットが落ちていて、更に全身が血に染まった人は頭が潰れてるっぽい」
このセリフにも蓮は、よかったな、とだけ返す。
凛はむすっと膨れた。蓮反応が冷たい、と一喝。けれども、返ってきたのは謝罪の言葉では無く、見事なまでの正論。
「いや、ならイベントの空気楽しめよ!」
「だって、人ごみ苦手なんだもん」
「ならなんで祭り来たいって言ったんだよ」
「コスプレ……」
二人の手には大きな色付きビニール袋。中には魔法遣いのコスプレ。杖も魔女ステッキでは無く、装飾の無い木製のそれ。
「はいはい、分かりましたよ。でも来たんだからしゃあないけど、人ごみでももうちょっと楽しもうな」
「あ、で、なんかばらばら死体の死因はやっぱり大きくて鋭利な刃物らしいよ~。それと死んだ時刻が今までのより早いらしいよ?」
「人の話聞けよ…………はぁ…………」
蓮は重いため息一つ。こんな調子で、更衣室まで一時間、蓮は凛が携帯で見つけたどうでもいい死体事件を聞かされた。それも、ちゃんと返事しないと怒られるという始末であった。


楽しいイベントはあっという間で、気付けばもう終幕の時間だった。アナウンスが流れ、人は川を作って流れ出す。二人は、共演したコスプレイヤー達と今しばらくの談笑に浸った後、更衣室に行き、来た時と同じ格好に戻った。
「楽しかったな」
「でも……」
「ん? あ……」
「人ごみが……」
その通り。行きが混めば帰りも混む。祭りは人よりもずっと好きだけど、混雑は人よりもずっと嫌い。そんな凛の大きな悩みを、蓮は快く受け止める。
「またニュースでもなんでも世間話に付き合ってやるよ」
「え、いいの!?」
「いいよ。付き合うよって了承したのは俺だし」
笑って頭を撫でると、凛は顔を嬉しそうに緩ませて素直に撫でられた。が、しかし、蓮の瞳はもう彼女を見ていなかった。瞳はその後方を食い入るように凝視している。
「どしたの?」
振り返った瞬間、凛の額にも皺が寄った。
そいつはそこにいた。ハロウィンの茶色の、目だけを三角形にくり抜いたカボチャを頭に被り、全身は足元まで伸びた長いマントに隠されて分からない。肩には大きな斧がかかっている。ジャック・オ・ランタンを思わせるようなコスプレ。けれど、コスプレショーには出演していなかったし、もう祭りは終わったし、そもそも今日一日の中でこんな目立つコスプレを見た覚えがない。
「なにあれ?」
「俺にきくなよ」
「そうだけどさ」
二人は驚きに任せて言葉を投げ合う。もちろん答えは帰ってこない。
夜の暗闇が辺りを漂い、人けの無い静寂が辺りを包む。誰も動かない。その中で。
カボチャは動き出した。カボチャはふいに動き出した。静かな足取りで二人に向かっていく。奇怪な、体の上下しない歩き方。カボチャはまるで浮かぶように、二人の横を通り過ぎていく。
はずだった。
それは真横。二人の真横。カボチャはすーっと滑るように、音一つ立てず真横まで来ると、数世代前のゲームキャラのように、動作無くピタリと止まった。そして。ゆっくりと、ゆっくりと、ぎぎぎという音が聞こえそうなほどゆっくりと、首だけを九十度、こちらに向けた。
「こ、こんばんは……すごいコスプレですね」
凛は、動揺を顕にした口調で話しかけた。蓮は、言い知れぬ悪寒を感じながら黙って見つめる。
カボチャは、ゆっくりと、肩の斧を、振り上げた。
「え……」
凛が理解できずに漏らした声には答えることなく、高々と上がった斧は、空気を引き裂いて、振り下ろされた。
ガンッ。
斧は凛を捉えることなく、コンクリートにぶつかる。否、とっさに跳んだ蓮に抱かれて間零髪。髪を数本奪われただけで凛は救われる。
二人はどさりと地面に落ちた。眼を向ければ、カボチャは、また、ゆっくりと、ゆっくりと。振り下ろした姿勢のまま、首だけをこちらへ、ゆっくりと、回す。
そして。

やつは笑った。

くり抜かれてなどいなかった口が突然黒く鋭い空洞を作った。茶色の歯は妙に生々しく赤い涎が滴り落ちている。三角の眼は形一つ変わっていないのに狂気に満ちている。その表情はまるで狂った傀儡人形のよう。その表情はまるで壊れた首無地蔵のよう。何も聞こえないのにそいつは耳をつんざくような甲高い声で。笑っている。笑っている。笑っている。
「凛!」
蓮は言葉と共に彼女の手をとって走り出した。振り返れば怪人が音も無く追いかけてくる。それはあまりにも無音で振り返らなければ分からない。だからこそ一層怖かった。足音は自分達だけなのに、怪人はどこまでもついてくる。走っても、走っても、そいつに疲れは見えない。

「人に助けを求めようよ!」
足の重くなりだした凛は叫んだ。
蓮は携帯を片手に無理だと即答する。
「誰もいないのにどうやって助けを求めるんだよ! 道には一人っ子一人見当たらないし、どの家だって真っ暗だろ! いることに賭けてインターホンを押すか? 待ってる間に追いつかれちまう!」
「じゃあどうするの!」
「もう少しで駅のホームにつく! このペースでいけばぎりぎり電車に飛び込めるはずだ!」
蓮は携帯を掲げる。けれど、凛は不安を拭えない。
「あの怪物が一緒に乗ってきたらどうするの!」
「そこは賭けだ!」
「賭けって!」
「じゃあどうするんだよ! 一向に疲れを見せないあいつから、走って永遠に逃げ続けるのか?」
返す言葉を失った凛の手を強く握りしめて、蓮は安心させるように力強い声で続けた。
「大丈夫。安心しろ。俺がなんとかし…………え?」
言葉は半ばで途切れた。思わず走る足が鈍るほどの驚き。携帯を凝視する。

―――式豊線運転見合わせ―――

「――っ!」
その九文字を撃鉄に、異変に気付いた。蓮は辺りを見渡す。
誰もいない。猫一匹、見当たらない。辺りに物音はせず、聞こえるのは葉の揺れる音だけ。家々にも、明かり一つ付いていない。生活感がないように、服も干されていない。明るいのは夜空の星だけ。そして、振り返れば怪人が、寸分変わらず疲れを見せない走りをしている。けれど。
「そんなわけない……そんなわけないんだ」
「蓮? 急にどうしたの?」
「なんで誰もいないんだよ! 今日はイベント日なんだぞ! あれだけいた人ごみはどこ行った!? なんで家に誰もいないんだよ! 服も干されてない! 一週間ぶりの晴れだぞ!? それに、それにだ――」
一息おいて、零すように言った。
「なんであの怪人は追いつかない?」
「え……?」
凛は理解できない様子で怪人に振り返った。
「あいつ疲れてるように見えるか?」
「見え……ない」
「あぁ、俺にも見えない。だけど俺たちは、特にお前は、すごく疲れてきている。走り出したときに比べれば相当遅くなってる。なら普通は距離が縮まってるはずだ。なのに、なんでそうなっていない?」
言い切ると、蓮は答えと言わんばかりに立ち止まった。
振り返れば、怪人もマントをはためかせるのをやめて、あの浮かぶような歩きに戻って近づいてくる。
「どういうことなの?」
凛の声には、不思議な動揺が顕になっている。
「俺にも分からない。けど、一番近いと思う答えは……自動機械」
蓮は怪人の歩く速さと同じ速さで歩く。凛もそれに合わせて歩く。
「なにそれ?」
怪人の速さは変わらない。
「つまり、こいつは俺たちが早く逃げれば同じ速さで追いかけてくる。そしてこっちが遅い場合は自分の速さで近づいてくる」
「じゃあ逃げ切れないってわけ?」
凛は不安に満ちた表情で尋ねる。けれど、蓮はというと、不安は微塵も無かった。
「たぶんな。けれど逆に言えば。こいつの、このそこまで速くない速度に合わせれば、かなり長い間逃げ続けられるわけだ。その間にゆっくりと解決道具を探せばいい」

そうして二人の探索は始まった。一人が辺りを見回し一人が怪人を睨む。廻って廻って廻って廻って廻る。袋小路に入ってしまって冷や汗を掻いたこともあったが、なんとか一撃を貰わずに三時間探した。
手元には、金属バットといくつものバッティングネット。
蓮は冷静に分析していた。思い出したのはイベントへ向かう人ごみで聞かされた、最近連日で起きている奇怪な事件。血に染まった死体。バラバラの死体。惨殺。金属バット。潰れた頭。今までよりも早い死亡時刻。
おおよその答えはこうだ。
二人組は蓮と凛のように突然カボチャの怪人に襲われた。普通の通り魔と異なるのは、先述の通り相手がハロウィンのコスプレをした怪人であることと、なぜか辺りの人けが全くなくなることである。誰一人いない。人が必要なものは何も動いていない。コンビニ、電車、自動車。そして電話をしても、警察ですら鳴り続けるだけで誰も電話に出ない。だが、圏外というわけでは無く、インターネットも普通に繋がる。今までの人は逃げきれずに殺されたのだろう。イベント前に聞いた直前の人達はどうやら金属バットで応戦をしようとしたようだ。けれど、返り討ちにあって殺された。
だから蓮はバッティングネットを集めた。それを細い道に並べる。袋小路に何度か入ってしまったために気付いたのだが、怪人は凛を優先的に狙っている。ならば簡単な話で、凛には怖い思いをさせるが、囮になってもらって、その間、罠作りに専念する。幸いにも二人の間では電話は通じるようだ。
用意を終えてダイヤル一つ。凛が怪人を引き連れて歩いてくる。
帰り討ちにあわない方法。それは、細い道に誘い込んで叩くこと。万全な対策をして蓮はバットを握りしめる。万が一透かしても、凛を狙っている限り再度挑戦できるため、危険回避も完璧である。けれども、一点だけ解けない謎が陰りを作っていた。
蓮は時計を見る。刻は午前四時になろうとしている。それは前件を抜いた多くの人が死んでいった時間帯。体力に限りが無い怪人と、いずれ疲れ果てる人間。いつかは怪人の歩みにすらついていけずに追いつかれ切られるのだろう。しかし、だとしても皆が同じ時間帯に死ぬのはおかしい。人によって体力も異なれば逃げ方も異なる。なのに、なぜ皆が四時代で死んでいく?
四時になった時計から顔を上げたとき、一抹の不安は現実となっていた。
蓮を見つけて安堵した凛の後ろで、やつは走り出していた。斧は高々と振り上げられている。
「凛! 走れ!」
蓮の剣幕に事態を察したのか、凛は画面を蒼白にしながらも走り出した。
凛に迫る怪人。罠に迫る凛。命がけの鬼ごっこ。ネットの僅か前で、斧は首を横薙ぎにするために動いた。
「飛べぇ!」
叫び声に呼応するように凛は宙を舞った。人生二度目の間零髪。斧にあるまじき鋭利さで、はためいた金髪は、首元から空に舞い上がった。
三年間伸ばし続けた髪。それを代償に、凛は怪人を罠にはめた。
「くらえええええええええ!」
地に倒れ込む凛の頭部すれすれを超えてバットはカボチャ頭を直撃した。
砕け散るカボチャ。球のように一度浮き上がって地面に落ちる肢体。コンクリートの上で暫く痙攣するように動いてから、怪人はその活動を止めた。
蓮と凛は漸くの緊張から解かれて、深く息をついた。空は白み始めている。携帯で電車を調べてみると、運行が再開されたようだ。
「親に怒られるかな? 髪も切れてるし、説明しても分かってくれないよね?」
凛は困った顔で短くなってしまった自分の後ろ髪を撫でる。
「まあ、死ぬよりはマシだろ?」
「確かにね」
くすりと笑って凛は歩き出す。蓮は最後に、ハロウィンの夜に起きた怪事件を心に刻み込むように、振り返ってもう動かない怪人を一瞥した。
「え…………」
砕け散ったカボチャが形を取り戻し、漆黒のマントと共に宙を浮いていた。そして、動かぬ死体は、潰れた頭以外も真っ赤に染まっていた。
反応する間も与えず、頭はカボチャに埋まる。
「蓮、始発って何時か……ら……」
振り返った凛が見つけたのは、いつもの蓮では無くカボチャ頭の怪人。そして、斧は既に振り下ろされていた。
ベチャリ。
嫌な音と共に右腕は地に落ち、鮮血は吹き上がる。あ……ぁ……と、痛みすら現実だと分からずに凛は虚しく声を漏らす。再び振り上げられた斧は、横に薙ぎ払らわれた。首が綺麗な放物線を描いて地面に転がる。怪人は、崩れ落ちた胴体を楽しむように、斧を上げては、振り下ろす。上げては、振り下ろす。
何度も。何度も。
何度も、何度も、何度も、何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
その度に体は一つ一つの部分に切断されていく。手。前腕。上腕。胸部。腹部。腰。尻。太腿。膝下。足。返り血はやがて蓮の体を真っ赤に染め上げた。
満足したのか怪人はマントを羽織り、浮かぶようなあの動きで、闇の中へと消えていった。


――ニュースです。本日未明。岩浜駅周辺の細い路地裏でバラバラの惨殺死体と頭の潰れた真っ赤な死体が発見されました。近くには金属バットが落ちており、またバッティングネットが何枚も並べられていたとのことです。警察は死体の身元確認を急ぐと共に、連日起こっている怪事件と同じ犯人である可能性が極めて高いと見て、調査を進めています――

「ねえ、また惨殺死体だって」
女性は男性に、携帯を見つめながら、そう呟いた。二人はお祭りへ向かう人ごみの中。
午後十八時半の外は肌寒い。頃はカボチャ色から抜けた十一月初日。血祭りは、星空に祝福されて始まろうとしていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい
  • オリジナルライセンス

ハロウィンは終わらない

 鏡音ハロウィン参加作品 http://kgmn1031.uunyan.com/index.html

 私のピアプロ復帰記念作品です。
 今後もどのぐらいのペースかは分かりませんが、なんかやっていきます。

 
 使ったときは、事後報告で構いませんので必ず連絡してください。
 改変・転載自由。掲載場所・掲載の仕方不問。

閲覧数:173

投稿日:2014/11/18 23:11:25

文字数:5,867文字

カテゴリ:小説

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