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漫画DEATH NOTE単行を読んでいます。
何かストーリーを書くヒントにでもなればと思いまして。
警察官のライト、
アイドルのミサ、
検事のミカミ、
アナウンサーの高田。
正義を司る立場の人間が、皆、悪役というのも
特徴だと思います。

DEATH NOTEとグリコ森永事件、
どことなく似ていると思います。

世間から見て、犯人は不明のままです。

グリコ犯は6名程のメンバーらしいが、
DEATH NOTEのキラを中心とした仲間も、
死神を含めて6名程でしょうか。

グリコ犯は多くの人間に恐怖や不快感を与えるのに、
紙(郵便物)を多用しましたが、
DEATH NOTEでも無差別殺人に紙(ノート)が
使われています。

探偵Lやメロの大好きな甘いものやチョコレート。

そしてなによりも『倉庫』。

『倉庫』とは何でしょうか?
『倉庫』とは物をしまっておく所です。
その中の物を知っているのは、その中の物の所有者だけです。
他の人は『倉庫』の中の物を知ることは出来ません。
秘密、謎、です。
『倉庫』が物語りで小道具として使われた場合、
それは謎や秘密を象徴していると言えるかもしれません。

グリコ森永事件では、
一連の事件の始まりの舞台は『倉庫』です。
真相は謎のままです。

DEATH NOTEでは、
一連の事件の終わりの舞台は『倉庫』です。
真相は謎のままです。

奇妙な偶然の一致もあるもんだと、思いました。

話が変わりますが、、、。

ミサが第二のキラ容疑で逮捕され、
警察の追求が厳しくなった時、
ライトとミサは探偵Lの追及から逃れる為、
デスノートの所有権を一時的に放棄します。
こうする事でデスノートを使っていた時の
『記憶』を消すわけです。
物語を深読みしているだけかもしれませんが、
ライトとミサの『記憶』を消す方法、
『記憶』を操作する方法は、
人間の力を超えた超自然的な力による方法だと
言えるかもしれません。

(良い内容にしろ悪い内容にしろ、
『記憶』を消すことは、並大抵の事では出来ません。
と言うよりも、不可能だと思います。
精神的にも肉体的にも多大な苦痛が生じます。
そのあたりをDEATH NOTEでは
リアルに描いていると思います。
ミサが『記憶』を捨てるのは、
探偵Lにがんじがらめに監禁されて、
精神的苦痛が極限に達したその後です。
ライトも『記憶』を捨てるのは、
自ら監禁の状態に入って、
精神的苦痛が極限に達したその後です。
二人の『記憶』を失う経緯がほぼ同じです。)

この悪事や犯罪に関する『記憶』を消すという行為、
あるいはこの行為に類似の行為は、
犯罪を扱った他の有名な物語の主要登場人物にも見られます。
例えば安部公房の「燃えつきた地図」の登場人物、
田代君がそうです
(田代君は他者を殺しはしませんが、自分を殺します)。
例えばチャールズディケンズの「エドウィンドルードの謎」の
登場人物ジャスパーがそうです。

グリコ森永事件の犯人達は他者を欺くことだけでなく、
自分の良心を深く隠してしまうことに、
あるいは自分自身を欺くことに長けた、
不可解な心理作用の持ち主なのでしょうか?
もしもそうであるなら、
グリコ犯は6名程らしいとの事ですが、
偶然にこの様な心理作用をする人間が
集まるものでしょうか?
この6名程の犯人は、
人間の力を超えた超自然的な力の代わりに、
未知の宗教的な巨大組織との連帯感によって、
自分の良心を偽ってしまった単なる実行犯では
ないのでしょうか?

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安部公房の「燃えつきた地図」と
チャールズディケンズの
「エドウィン・ドルードの謎」について。

安部公房「燃えつきた地図」
  ~行方不明の夫の調査を依頼された主人公の探偵は、
   調査をしていくにつれ、次第に手掛かりを失い、
   最後には自分も探偵を辞める、
   というストーリーです。

   文庫本裏表紙の解説にもあるように、
   読者を強烈な不安へと導きます。

   犯罪、悪。
   これはこれで進化するもの。
   より完全性、秘密性を深める。
   利害や怨恨とは別の目的のための悪。
   悪そのものの快楽を得るため?
   悪から生じる性的快楽を得るため?

   燃えつきた地図について。
   様々な性的ニュアンスのエピソードがある。
   失踪した根室の妻とその弟(組長)の
   近親相姦的親しさのこと。
   弟(組長)は不法売春をしていること。
   弟(組長)は自分の趣味と実益を兼ねた
   男色ビジネスをしていること。
   根室の部下田代君の女性ヌード写真の趣味のこと。
   労務者の暴動シーンの短い悪魔的儀式の文章のこと。
   図書館で探偵が女子学生を車に誘う話のこと。
   探偵の同僚が依頼者の女性を自殺に追い込み、
   精神に変調をきたして病院に戻ること。

   また、探偵が被害に遭う二回目の暴力シーンについて。
   早朝、
   探偵が根室を知る人がいるかどうか調査するため、
   珈琲店つばきに入ったとたん、
   先客は「新しい客」か「新しい同業者」か
   何も確かめず、
   一言も声をかけず、
   ほとんど一瞬のうちに、
   探偵を襲い、
   叩きのめし、
   店の外に連れだし、
   外の車に荒々しく放り込む。
   誘拐馴れしてるのか?
   誰もそれを止めない。
   相当の玄人じみた手口。
   探偵は相手の顔すら確認不可。
   普通の人間では絶対に不可能な敏捷な暴力。
   つばきに居たのは、ただの運転手では
   ないことの可能性を示す作者の描写である。
   主義や言葉、既成の裏社会の組織には
   落ち着くことのできない人間の群れか?

   作者はこれらのエピソードで何を伝えようとしたのか?
   性的快楽を得るため、残虐な方法で
   男が男を殺すことの可能性?
   海外でも日本でも、現実にはこのような殺人は
   発生している。

   文芸作品では、チャールズディケンズの
   「エドウィン・ドルードの謎」の登場人物ジャスパーが、
   そのような極めて奇怪で醜悪な人物に
   当たるかもしれない。

ディケンズ「エドウィンドルードの謎」
  ~(1)ジャスパーの奇怪さについて。

   この小説は作者の死により未完に終わる。
   エドウィンドルードの謎の失踪事件は未解決である。
   しかし作者の創作ノートや友人等の証言から、
   犯人をジャスパーとする研究者は多い。
   この小説は作者の自由な視点から
   登場人物が描かれている。
   もしも作者が犯人をジャスパーとしていたのなら、
   そのジャスパーの描かれ方は実に奇怪である。

   例えば、不慮の事故や病気から子供を失ったときと、
   過失もしくは故意に子供を死なせたときとでは、
   親の悲しみと苦しみは異なる。
   後の例の場合、親には罪の意識が生じる。
   ジャスパーの場合、
   愛する甥のエドゥインを自ら殺しておきながら、
   かっての楽しかった日々は
   もう決して来ないことを心から悲しみ、
   しかしエドゥインに対する罪の意識が無いのである。
   ジャスパーには他者への哀れみや
   罪の意識が欠如している。

   ジャスパーは、
   「自分は犯人ではない、犯人を必ず見つける」と
   振舞うが、その時のジャスパーの心理が
   実に不可解である。
   演技ではない、
   偽善ではない、
   自分に対して「犯人ではない」と
   暗示をかけているのではない、
   自分の犯行のみ記憶が欠如しているのではない、
   多重人格者なのではない。
   「自分は犯人ではない、犯人を必ず見つける」と
   振舞うが、その時のジャスパーの心理が
   実に不可解なのである。
   ジャスパーの心理をこのように
   不可解なものにする外的要因として、
   ある研究者は2つ挙げている。
   ひとつはジャスパーがアヘンを
   使用していることである。
   もうひとつはジャスパーと殺人組織サグ団員との
   関連性である。

   ジャスパーは邪悪な性的嗜好の持ち主である。
   エドゥイン失踪後、その婚約者であるローザに対し、
   ジャスパーは自分の恋心を打ち明けるが、
   その言葉と表情が実に邪悪でエゴの塊なのである。

   ジャスパーを極めて奇怪で醜悪な人間とする以上の三点。
   ・他者への哀れみや罪の意識の欠如。
   ・邪悪なエゴむき出しの性的嗜好。
   ・自分のしていないことをしたと信じる、
    もしくは自分のしたことをしていないと信じる、
    その心理作用。
   安部公房の「燃えつきた地図」においても、
   この3点が描かれていると思う。

   (2)エドゥインドルードの謎と
      燃えつきた地図の類似点。

   安部公房の「燃えつきた地図」においても、
   この3点が描かれていると思う。
   しかしジャスパーのように、
   ある一人の登場人物を通して直接的に
   描かれているのでない。
   複数の登場人物を通して間接的に描かれている。
   物語そのものという人間社会の縮図を通して
   間接的に描かれている。

   「邪悪なエゴむき出しの性的嗜好」に関して、
   「燃えつきた地図」ではどう描かれているのかは、
   上記に書いたエピソードの通りである。

   「他者への哀れみや罪の意識の欠如」に関して、
   「燃えつきた地図」では根室夫人の言動によって、
   それとなく暗示されていると思う。
   失踪した根室を探すための手がかりや情報を、
   探偵は根室夫人に何回か求めるのだが、
   その時々の根室夫人の様子は、
   例えばビールを飲みながらどことなく焦点が定まらない
   会話をするという風に、
   無責任な印象を与えることが多い。
   極めて身近な存在である弟の突然の死に関しては、
   その葬式の時に悲しみの表情や涙を見せることもない。
   探偵が根室夫人の部屋を伺う時は、
   その様子が「レモン色のカーテン」と
   合わせて描かれる事が多い。
   例えば40Pには、
   「そのレモン色のカーテンは、、、、、
   闇の侵入をふせぎ、、、、、ぼくを、
   冷笑しているようだ。
   、、、、、彼女を裏切るのも、
   おまえなのさ、、、、、」という
   描写がある。
   この「レモン色のカーテン」は、
   梶井基次郎の短編小説「檸檬」の主人公の
   檸檬を利用した悪戯(?)と
   主人公の心情を参考にすれば、
   人間の破壊衝動を暗示しているのかもしれない。、
   その破壊衝動は罪の意識の欠如に
   一役買っているのかもしれない。
   
   「自分のしていないことをしたと信じる、
   もしくは自分のしたことをしていないと信じる、
   その心理作用」に関して、「燃えつきた地図」では、
   田代君の言動により描かれていると思う。
   田代君は探偵と知り合ってから、
   失踪者根室に関する嘘の情報を嘘と知りながら提供し、
   二日後には自殺するのである。
   田代君は他者を殺したりはしないが、自分を殺す。
   このような田代君には、嘘を真実にしたいという、
   幼稚な激しい衝動があるようである。
   このような狂気の言動をとる田代君とジャスパーには、
   性格的に関連があると思う。

   その他の類似点に関して。

   ジャスパーをエドゥイン殺害の犯人だとする場合、
   多くの研究者はその殺害方法を、
   『エドゥインドルードの謎』の挿絵画家
   ルーク・ファイルズの
   回想を根拠として、絞殺であるとしている。
   『燃えつきた地図』の田代君の自殺方法は、
   首吊り自殺である。

   「エドウィン・ドルードの謎」において、
   エドウィンの失踪事件が描かれているのは、
   クリスマスイブの寒い時期である。
   「燃えつきた地図」において、
   探偵が行方不明者根室を探すのは、
   2月半ばの真冬の厳寒期である。

   「エドウィン・ドルードの謎」において、
   その舞台となる町はクロイスタラムというが、
   作者はその町を「しゃがれ声の大聖堂の鐘の音や、
   しゃがれ声のからすの鳴き声が響く、
   過ぎ去った昔の町」としている。
   「燃えつきた地図」において、
   その舞台となる場所は、自殺者田代君の勤めている会社、
   弟(組長)にゆすられるF町のM燃料店、等のように、
   都市の発展から取り残されていく場所が多い。

   これら2つの物語は共に「失踪」を扱っている。
   事件は未解決である。

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近未来の出来事。
様々な形態の従業員が働く大手企業(業種未定)にて。

劇場型犯罪を遂行するメンバーが潜入。
職場を混乱させようとする。
その大雑把な方法と手順は、
1)偽善
2)勘違い(作業の順序の曖昧さ)
3)粗探し
4)暴露と歪曲
である。

しかしメンバーの悪企みは全て失敗に終わる。
その原因は2つある。

メンバーは業務を上手く出来ない。
メンバーは従業員の粗探しをするが、
模範となる実例や作品を従業員に問われたとき、
何も出来ないのである。

その職場は規模が大きいだけに、
様々なミスやトラブルがあった。
対処には最大限プライバシーや人権が守られた。
そして皆、諦めずに前向きに頑張っている。

このような場所でワルのメンバーが偽善、勘違い、
粗探し、暴露と歪曲の方法を用いて
職場を乱そうとしても、
他の従業員がそれを許さない。

闇のメンバーは働くことの厳しさをしり、
闇の世界から足を洗う決心をする。

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ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

雑文その1

思いつくままに。

閲覧数:207

投稿日:2012/11/15 07:35:22

文字数:5,850文字

カテゴリ:その他

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