UV-WARS
第二部「初音ミク」
第一章「ハジメテのオト」
その12「初音ミクをインストール」
リビングに戻ったテッドに、部屋の中央に正座をしているミクが目に入った。
テトはミクの頭皮を捲ると、カバーを一部外して、HDMIケーブルを挿してテレビと繋いでいた。
桃はUSBケーブルで外付け光学ドライブとミクを繋いでいた。
そのUSBケーブルの下にR45Jジャックがあった。テトはてきぱきとLANケーブルを差し込んだ。
「おお、そうだった」
テトはミクの背中を捲って、用意したACアダプタでコンセントと繋いだ。
その間に桃がマウスとキーボードを、USBポートに差し込んだ。
それを見たテッドの頭上にクエスチョンマークが現れた。
「えーと、赤外線とか、ブルートゥースという選択肢は?」
「おやおや、テッド君とは思えない発言だね」
テトはにやりと笑って見せた。
テトの言葉にテッドはハッと胸を突かれたようだった。
〔そうだった。まだ、OSをインストールしてなかった…。いや、待てよ〕
「ちょっと待って。デモの映像では、ミクは踊ってたじゃないか? なのにOSが入ってないって…」
「ふふん」
待ってました、と言わんばかりに、テトは胸をはった。
「各筋肉というか全身のサーボモーターを動かすC言語ライブラリーは作ったのさ。あのデモ映像は、その動作確認のため、固定データで作ったものなんだ」
「じゃあ、あれは、OSなしで直接動いてたのか。でも、どうやったら…」
桃がテッドにオモチャを差し出した。
それは最近発売された「踊るフィギュア」だった。
一見、どこかのアニメキャラクターを模した美少女フィギュアだが、きちんと二本足で立てるだけでなく、ステップを踏んで手や腰を音楽に合わせて振ることができる優れものだった。好きな音楽をメモリーカードに入れて振り付けをすることも可能だった。
但し、バランスをとるため、大型のアニマルブーツを履いていた。
〔ああ、こいつのROMを解析したのか。道理でどこかで見たことがあるわけだ〕
それでも、疑問は残った。
「バランスはどうやって取ってるの?」
テトは、「やれやれ」という表情でテッドの質問に応えた。
「両足の爪先と土踏まずにセンサーが組み込まれてる、だけじゃなくて、膝、腰、肩、掌、頭にセンサーが組み込まれてるんだけど、…」
テトの片方の眉毛がピクッと動いた。
「その様子じゃあ、設計図を最後まで見た訳じゃないんだね」
テッドは苦笑いを浮かべ、人差し指で頬をポリポリと掻いた。
「細かいところまでは、まだ…」
桃が何かを言いかけて止め、少し残念そうな顔をした。
「でも、まあ、システム構成は、考えてあるよ」
「おー、さすが」
「メインにサーバーOSを据えて、他のボードにクライアントOSを…」
桃が何かを言いたげに口を動かした。
それを見て、テッドの言葉をテトが遮った。テトの人差し指がテッドの口を塞いだ。
「ソフトのことは、テッド君に委せるから」
「早く動いてるところが、見たいです」
桃の目が輝いていた。
「じゃあ、始めますか」
テッドは人差し指をミクに向けて伸ばしかけて止めた。
「テト姉」
不安げにテトの視線がテッドの表情を探った。
「何よ。緊張するようなことかい?」
テッドは軽く首を振った。
「いや、電源ボタンが解らない」
「え?」
「あん?」
なんとも言い様の無い間が空いた。
「へへ」
テッドはもはや笑うしかなかった。
「モモちゃん、このアホに教えてやって」
テトの表情は憮然として、桃の表情はややひきつった笑顔だった。
「テッドさん、設計図に一度、目を通された方がよろしいかと、思います」
桃はミクの右耳の上を軽く押した。
蓋が浮かび上がり、それをつまみ上げるとスイッチが現れた。
桃に促され、テッドはスイッチを押した。
どこかで見たようなBIOS設定画面が現れた。
テッドはDVDーROMの封を切ってメディアを取り出した。
ドライブのふたを開け、メディアをトレイにのせると、メディアは中に吸い込まれていき、キュリュキュリュと音を立て始めた。
その後、OSのインストールが始まり、セキュリティアップデートやその他のデバイスのインストールを経て、ミクの体にミクがコピーされるまで十二時間を要した。
途中、テトが用意したカップ麺で三人は空腹を満たし、夕方が近くなってテトは桃を送って一旦研究所に帰った。
再び戻ってきたテトは買い物袋に酒やつまみを詰めて現れた。
インストール作業を続けるテッドの横で、テトは一人酒盛りを始めた。
しかし、それも気にならないほどテッドは作業に没頭していた。ミクの体の動かし方が解ってきたからだった。
夜明けが近づいて空がしらみ始めたころ、テッドは興奮気味の頭を冷やすように静かな口調で呟いた。
「ミク…」
モニターテレビに写るミクはじっとテッドを見つめていた。
「聞こえたら右手を上げてくれ」
微かなモーター音と共にミクの右手が上がった。
「やった!」
テッドはガッツポーズを作った。
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