歌え。歌え。溢れる、その思い。



<小さな芽が、枯れないように>



「あーもー、しっかりしなさいよ、男の子…っていうか成人男性がべそべそ泣かないの」
「だって僕…殆どお呼びが掛かんないし」

めーちゃん提唱の、べそべそ、という効果音を纏いながら、僕は泣き言を漏らす。
発売されてからもう数ヶ月。だけど、僕に声が掛かったのなんて未だに数えるほどしかない。

「あたしもそうよ。不況の波って怖いわねぇ」
「えっ、そういう問題なのかな、これって」
「そーゆーもんよ」

なんでめーちゃんはこんなにあっさりしていられるんだろう。

「ううう、めーちゃん…」
「ん?」
「僕たちがこうしてここにいることって…本当は、意味無いんじゃないのかな…」

ぐし、と目元を袖口で拭う。多分、いや絶対目の回りや鼻の頭が赤くなってると思う。
自分で自分が情けない。こんなに泣き虫で弱っちいなんて、どうしようもない奴だ。
本当に僕って、使えない…

「…あたしはそうは思わないけど?」
「えっ」

さっぱりとした声に、僕は泣き腫らした目を見開く。
つい見てしまったその顔は、さばさばした明るさを湛えていた。
めーちゃんはしっかりと僕と目線を合わせ、飽くまで軽い調子で言う。

「なんかねー、ほら、あたしって待機年数結構長いじゃない?で、かなりの時間一人だったもんだからあれこれ考えちゃった訳よ。それこそ、なんであたしはここにいるのかな、とか」

僕は黙ってめーちゃんを見つめる。
その暖かい茶色の目を優しく和ませて、彼女は言った。

「結局あたしは、意味のない存在なんてないって結論に辿り着いたの。まあそうでもなきゃやってらんなかったせいもあるけど、今じゃそれもあながち間違ってないかなって気もしてるわ」

やってらんなかったって、めーちゃんちょっと正直過ぎる。
まあ…数ヶ月ほぼ暇状態の僕でさえその気持ちは分かるような気がするんだ。
年単位のめーちゃんの心情は、察するに余りあるんじゃないかな。
うん、本当は愚痴なんて言える立場じゃない。僕なんて、まだできたてのほやほやなんだから。
だけど、だからってこの胸のもやもやが消えるわけでもない。
体育座りした膝に顎を埋めて、僕は溜め息をついた。

「…でも、じゃあ僕たちには、どんな意味があるんだろう」
「あんたねー」

ぴしっ、とおでこに痛み。え、今もしかしてでこぴんされた?
完全に子供扱いされているのは分かったけれど、何故だか嫌な感じはしない。
めーちゃんはそのままぴんっと人差し指を立てる。完全に『お姉ちゃん』の顔だ。

「それ、ユーザーの皆さんに言える?」
「あ」
「あ、じゃないでしょ。まず存在意義そのいち、今現在確実に使ってくれている人がいる。一番忘れちゃいけないわよ」

そうだった。
こしこしとでこぴんされた場所を摩りながら、自分で自分に呆れる。
それさえ忘れて悪いところだけ見て落ち込むなんて、本当にどうかしてる。
とすん。
めーちゃんが僕の隣に腰を下ろす。僕よりも少しだけ背が低いから、その顔はちょっと俯き気味に見える。
こうして見ると、めーちゃんってやっぱり美人だなぁ。いつもは顔の美醜とか気にしないけど、こうして改めて見ているとしみじみとそう思う。
そんな場違いな事を考えていた僕は、めーちゃんの静かな声に意識を引き戻した。

「私ねぇ、KAITOが来るまではやっぱり今一つ自信が無かったのよ」
「自信が無かった、って…え?」

反射的に疑問形になる。
なんでもなーい、とめーちゃんは僕の問いを受け流し、視線を空に向けた。
空、っていっても所詮フォルダの中だから当然青く広がるものがあるわけでもなく、そこにはただ延々と広がる果てしないゼロがあるだけだ。
なのにめーちゃんの視線の先には、確かに果てしなく深いブルーが見えるような気がした。

「私達の存在意義。それは『可能性』なんだと思う」
「『可能性』…」

僕は言葉を復唱してみる。
口の中でそれを転がしてみると、なんだか少し目の前が広くなったような感じがして、ちょっと首を捻る。
なんだろう、この感じ。不快じゃない、むしろ爽やかな気分なんだけど…
クエスチョンマークを浮かべた僕に、めーちゃんは面白そうに笑い声を立てた。

「そ。こんな事も出来るんだっていう見本。だってなんだか不思議な感じがしない?ソフトウェアが歌う、なんて」
「うん。自分の事だけど、科学技術って凄いと思うよ」
「でしょう」
「けど、僕たちって結局扱いにくいんじゃないのかな」

なんだかんだ言ったって、お呼びが掛からないっていう現実は確かにそこにあるわけで。僕は少しだけ唇を尖らせる。
声からして不満げな僕の言葉に、めーちゃんは少しだけ考える仕草をした。

「私達が扱いにくいっていうんなら、それを改良した新しい子が出て来るでしょう。私の後にKAITOが出たように。ま、KAITOに関しては、改良云々とは違う理由での発売なんだろうけどね」

えっ、そんなんで良いの!?

軽い。僕は眩暈を感じた。
なんかこう、そこで「自分が」って事に執着したりしないのかな、めーちゃん。
僕ならする。だっていくら他の人が人気になっても、僕が歌えないんじゃ意味がない…と思うんだけど…

「私、歌うのは好き。けどなんか、私ってそこまでそれに固執してないのよね。KAITOが出る時も、単に嬉しかった。私に続く、誰かが生まれたって事だから」

強がっているような感じはない。
その声は、ただ、ひたすらに静かだ。

「今、芽が出た。そんな風に思ったの」

めーちゃんは続ける。
まるで、どこか遠くを―――未来を見渡しているような目をしながら。

「いつか、そう遠くないうちにその芽は育ち、もしかしたら大きな木にまでなるかもしれない。ううん、あたしはそうなるんだって思ってる。信じてる」
「それって、新しい子が人気になるって事?」
「そういう事ね」

さらっと肯定されてしまった。
僕はなんだか複雑な気持ちになって、思わず疑問を声に出す。

「…めーちゃんは、自分の事は良いの?」

え、とめーちゃんが目を見開く。僕は重ねて質問した。

「自分が売れて人気になりたい、って思わないの?」

僕の問い掛けに、めーちゃんは目をぱちくりとさせた。

「そりゃあ当然思ってるわよ。だから次の子に期待してるんじゃない。その子が売れたらきっと私達も見直されるわ」
「おお、なんか思ってたよりめーちゃんってしたたかだね」
「とーぜん。下積み時代の長さが違うわよ」
「うっ、先に計画されたのは僕じゃなかったっけ?」
「そんな事もあったようななかったような」
「めーちゃあーん」
「ゴメンねー、もうトシなのよーあはははー」
「うわぁ、嘘だぁ…思ってもない事言わないでよめーちゃん」
「私達のすべき事は、芽吹いたものを守ること。そうすれば、後は勝手に伸びていくでしょう」

ひょい、と隣で軽やかに立ち上がる、クリプトン最初の女性シンガー。
多分この人は、どんな存在が後に続いたって変わらないんじゃないかと思う。
いつだって未来に繋がる自分を信じて、前を向いて歌っていくんだろう。のびやかに、爽やかに。

「生きる力ってのは馬鹿にできないわよ?」

そう言って大きく伸びをするめーちゃんの横で、僕も少しだけ笑った。いつの間にか肩からは力が抜けて、色んなものがきちんと見える。

言葉に力がある、って言うのは本当だね。
めーちゃんの言葉は、僕の行く先を照らしてくれる。
僕たちの使命は、単に歌うこと。…じゃない。
いつか僕たちの隣に現れる妹や弟が、笑顔で歌えるように。いつか僕たちの歌に触れる誰かが、何かを感じることが出来るように。


僕たちは―――未来へ繋ぐ歌を歌うんだ。









「カイ兄!もうっ、氷ネギ冷蔵庫に移さないでって何度言ったら分かるの!?」
「えっ、まさかリンの冷凍みかんも!?」
「俺のバナナ解凍したのもカイ兄かよ!」
「わ、私の冷凍マグロはなんとか無事でした…」

妹や弟達の不満の声に、僕は慌てて弁解した。

「仕方ないじゃん、アイスが入らないんだから!」
「アイスが」
「入らないん」
「だから?」

あれっ、皆、なんでそんなに冷たい目で僕を見るんだろう?だってネギやみかんやバナナは冷蔵庫でも保つけど、アイスは冷凍庫じゃないと溶けちゃうんだよ?
なのに、なんでこんなに…殺気、が…

「ぎゃわあああっ、ごめん、ごめんなさいっ!僕のアイス食べないで!買ってもらったばっかなんだよ~!」
「むぐ。うるはいよはいにい」
「冷たくておいしーい!」
「ルカも食っちゃえよ」
「い、いえ、私は実害ありませんでしたから」

頑張れ唯一の良心、ルカちゃん。でも一対三じゃあ暴走する悪魔達は止まらない。
ああ、僕の大切なアイス達は、一人(一個)残らず食べ尽くされてしまうのか…!

「KAITO、マスターからデュエット依頼来たわよ…ってこら皆、何してんの。あんまりお兄ちゃん泣かせちゃ駄目よ?」
「めーちゃん、アイスがあ…!」
「上手く歌えたらまた買ってくれるかもしれないわよ。はい、さっさとスタジオ行く」

半ば引っ立てられるようにしてフォルダを出る。ああ、さよならマイディアアイス…上手く歌えたらご褒美にまた貰えるかなぁ…
スタジオまでの通路を、めーちゃんと並んで歩く。
かつかつ、響くのはめーちゃんのヒールの音。そこにたまに僕の靴の立てる音が混じる。
不意に、めーちゃんが足を止めた。
なんだろう。僕もつられて歩きを止める。

「ね」

静かな通路の中で、めーちゃんの少しだけ掠れた声が小さく笑った。

「言った通り、びっくりするくらいの木になったでしょう」

すぐに何の事を言っているのか分かった。だってあのめーちゃんの言葉は、僕の中でしっかりと根を張っていたから。
だから僕は、躊躇う事なく頷きを返す。

「本当にね」

思えば、あの辛かった時…あれは僕等にとっての冬の時代だったんだろう。
あの時寒さに負けて枯れ落ちてしまっていたら、今ここに僕はいなかった。
冬が来たのなら、春はもう遠くない。
そこで耐え抜くことさえ出来れば―――花が咲くんだというのは、きっとソフトウェアの僕たちであっても変わらないんだろう。
だって、実際こうして咲いたんだ。

大輪の花が。
その中には、僕ら自身も入っていて…

「…はー、めーちゃんには敵わないなあ」
「ふふ、当然よ」







春は永遠には続かない。
やがて夏になり、秋を迎え、再び冬がやってくるのだろう。
でもその時も、何とかなるんじゃないかと思う。

きっとその先には、また花咲く未来があるんだと…信じる事が出来るから。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

小さな芽が、枯れないように

めーちゃんって、どうあがいても黒くならない…
BGMはRinascita~始まりのうた~です。っていうか「うた」変換できないって、このパソコン駄目だ…早く何とかしないと…

最近カラオケに好きな曲が沢山入って嬉しい…
ちなみに好きな曲は
ミク:ジェンガ(40mP)
ルカ:No Logic(ジミーサムP)
リン:proof of life(ひとしずくP)
レン:10001colors(ナタP)
カイメイ:Rinascita(仕事してP)
10001colorsはニコニコにはルカさん投稿らしいですが、レン版が好きです。先に聞いたからかもしれないんですけども…

閲覧数:972

投稿日:2010/11/09 16:38:17

文字数:4,419文字

カテゴリ:小説

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