君恋る音(きみ・こうる・おと)
2.ハジメテノオト‐③
ささき蒼衣(そうえ)

 取りあえず、『KAITO歓迎会・昼の部』(…夜の部もある、と言う事らしい…)も終了。KAITOは葉月と部屋に戻り、蒼衣(そうえ)に手伝ってもらって、初めての調声をすることにした…のだが。

「―お前ら…なー…」
 KAITOが、ため息をついて、後を振り返る。
 葉月の部屋のリビング・スペース。南側の壁際に設置された音楽用パソコンの後に、ずらっ、と小さいVOCALOID達が群がっている。ソファの座席はもちろん、背もたれの上、床の上、…LDK(リビング・ダイニング・キッチン)一部屋が半分以上埋まってしまっていた。
「他人(ヒト)の調声なんて見て楽しいか?」
「「「「うんっ!」」」」
 揃って答える「弟」、「妹」達に、またため息。モニターの前に座る葉月がクスクス笑う。
「だって、兄ちゃん達の歌の練習なんて滅多に見らんないもん!」
「葉月お姉ちゃんとの始めての練習だもんね♪」
「らぶらぶなトコ、見たいよね♪」
「「「「見たい~♪♪」」」」
 けいと、かいとに続いて小さい初音ミク―名札は「01 咲」―がやたら愉しげにのたまう。
 一糸乱れぬ合唱に頭を抱える。“らぶらぶ”とゆー言葉の意味を知ってて言ってんだろうか、このおちびさん達は。
「“らぶらぶ”もいいけどさ、何やるの?」
 何とかソファに席を確保して、KAITOと子供達のやり取りに苦笑していた蒼衣(そうえ)が、見ていた楽譜から顔を上げた。VOCALOIDの楽曲が、数十曲分。
「…ん~…そーですねぇ…やっぱし最初は“KAITO”の曲が良いか、と思うんですけど…KAITO、ここにある曲、大体歌えちゃうよね?」
 振り返ってこちらを見上げてくる葉月と目が合う。どくん!と胸の奥で鼓動がはねた。頬に、かあっと熱が昇った。
 ――落ち着け、自分!
「―え、と…まあ、そうですね……。けど、“自主練習”のレベルですから、ちゃんとマスターに調声してほしいな、と……。」
「そーだねえ…あ、これは?“マイ・マスター”。」
 何とか、背筋を伸ばして、体の芯に力を入れる。…が、いっそ見事と言えるくらいの無邪気さでこちらを見上げてくる葉月に、必死に組み上げた冷静さもゆらぐ。―ああ、全く、この女性(ひと)ってば……!
「―…あー…そ…れ…はー。やった事ないです……。」
「あ、そっか、じゃこの曲――…え?“やった事ない”?」
 思わぬ台詞に、ディスプレイに向かっていた葉月が、ぐるん、とこちらを振り返る。
「…はい。この曲は、鷹原さんが『〈マスター〉に教えてもらえ』って。…“マイ ・マスター”だから……。」
 しどろもどろになりながらもなんとか答える。頬が熱くなっている事がはっきりと自覚できた。――全く!何て……。
「あ、そっかー。ねぇ、その鷹原さんって、どういう人?」
「アルファたちVOCALOIDの試作機に音楽の基礎を教えた人だよ。ちなみに、ウチの鷹原先生のいとこだってさ。」
「へぇー。」
 葉月の問いに蒼衣(そうえ)が答える。KAITOは、と言うと、深呼吸をしながら何とか気持ちを落ち着かせた。…後で、子供達がくすくす笑っている。
「じゃ、取りあえず歌ってみて。全く自主練習してないわけじゃないよね。」
「…あ、はい。わかりました。」
 葉月の言葉に、KAITOは背筋を伸ばして、息を深く吸い込む。
 “ハジメテノオト”、だ。自分と、彼女の。

 ――と、次の瞬間。
「わー、ちょっと待ってぇ;;」
「待てませんっ!!マスターってば、のんびり過ぎっ!」
 トーンの高い女性の声と、それよりはトーンは低めではあるが…怒気荒く、と言った方がいい、もう一人分の、若い女性の声。
 LDKの扉が開く。先程、アーネストが使っていたのと同じと思しき台車付のホログラム・プロジェクター(三次元映像投影装置)を、同じく先程の小型ロボット達が押している。
 そして、その上には、艶やかな栗色の髪にガーネットのような赤茶の瞳、赤い襟付きのハーフトップの上着に赤のミニスカート、足元は茶色のショートブーツという、気の強そうな顔立ちをした17、8歳くらいの美少女が浮いていた。
「「「エミリーお姉ちゃんっっっ!!!」」」
「あれぇ、エミリーちゃん!?」
「――やれやれ。」
「―…エミリー…お前、アーネストはどうした?」
 小さいVOCALOID達が一斉に声を上げ、葉月が驚いたように目を見開く。
 蒼衣(そうえ)が肩をすくめ、……KAITOは右手で額を押えた。
「ま…待ちなさいって、エミリー……(はあ…はあ…)」
 後から駆け込んできた春奈が肩で息をする。自分のマスターに振り返り、軽く肩だけすくめてみせたエミリー―CVR00-01α〈MEIKO〉Personal type №.09―は、KAITOに向かってひらりと手を振った。
「お久しぶり、アルファ兄さん。…アーネストはねー、何か用事があるとかでー…」
「―何が『用事がある』だっ!!人の事ムリヤリ部屋に押し込めてからにっ!!」
 KAITOに良く似た声で怒号が響く。
 と同時に、ホログラム・プロジェクターから浮かび上がった青い輝きが、瞬時にエミリーの隣で人型になり―KAITOと同じ姿の少年となった。
「あら、アーネスト、もう抜け出して来たの、早かったわねー♪」
「“早かったわねー”、じゃないだろっ!―ったくっ、アルファ兄さんは今日、こっちに着いたばかりなんだぞっ!いきなり押しかけるなっ!!」
 けらけら笑うエミリーに、アーネストが詰め寄る。二人を横目に、キッチンコーナーで水を飲む春奈が肩をすくめる。相変わらずの“仲の良さ”を発揮する二人に、KAITOが苦笑して声をかけた。
「ほら、アーネストも落ち着けって。丁度良かったんじゃないか。これから歌ってみるところだから、さ。」
「え、ホントですか!?曲は何です?」
「“マイ・マスター”。」
「えっ」
「きゃーっ、あの曲!?アルファ兄さん、熱心に練習してたわよねっ♪」
 目を瞬かせるアーネストの横で、エミリーが胸の前で組み合わせてはしゃぐ。
「あ…ああ。そ、だなー。」
 KAITOは、何処とはなしの居心地の悪さに頭をかいた。
「あー、んじゃさー、その練習の成果、聴かせてよ~。」
 子供達に席を譲ってもらってソファに座った春奈が、息を整えながらもきゃららとおねだりする。
 ―アーネストやエミリーに対しても、こうなんだろうか、この人は?
 ふと浮かんできた疑問や、居心地の悪さを脇に押しやって。
 KAITOは、改めて背筋を伸ばし直した。

「う~ん……悪くは、ない、んだけどなあ~?」
 一曲歌い終わって、葉月が首をひねる。
「KAITOさ、緊張してる?」
 見上げられた瞬間に、鼓動がはねた。しかし、“貴女に見つめられているせいでドキドキしています”と言う訳にもいかない。
 確かに、緊張はしている。けれど、葉月が感じたであろう違和感は、それが理由では、ない。
「―確かに、緊張はしているだろうけど、今の…何ていうの?“ロボっぽさ”っていうのは、それが理由では、なさそうだね。」
 頬を紅潮させて立ち尽くすKAITOを見やりながら、蒼衣(そうえ)が言う。…静かな口調に、研究室が思い起こされる。
「…アルファ兄さん、もうちょっとハメはずしてみたら?」
 奇妙に難しい顔で黙り込むアーネストの横で、エミリーがいたずらげに笑って、顔の前に立てた右手の人差し指を振ってみせる。春奈もそれに続けて、
「ん~、そうなんだよねぇ…アルファ君さ、ピッチを外すまい外すまいとして、抑えすぎてない?」
 首をかしげつつ、さらりと言われた。
 ―ギクッ、とした。正に、それこそが理由。
「あー、やっぱりかぁ~!兄ちゃんに限んないけど、“KAITO”って、最初は、ピッチを外さないようにして、逆に下手に聞こえるのが多い、って言うもんなー。」
 自分にも覚えがあるのだろうか、けいとが右手で青い髪をかき回す。アーネストが、音になって聞こえるほどの深いため息を吐いた。
「…そうだな…―無理はないですけどね。僕達VOCALOIDにとって、“マスター”は、特別な存在だから。どうしても、緊張してしまう。」
 苦い笑い。『その時』の彼、CVR00-01β〈KAITO〉Personal type №09/アーネストの顔と、相方―CVR00-01α〈MEIKO〉Personal type №.09/エミリーの物言いが視える気がして、KAITOもそっとため息をついた。
「うん、ぼくも一番最初そうだった。……マスターが同じ歌歌ったら、もっと音外してたから、逆に肩の力抜けちゃったけど。」
 けいとの横でかいとも苦笑する。ルイーザ・メイが隣で肩をすくめる。聞いた葉月が、驚いたように声をあげた。
「えーっ、月島君も音痴…じゃない、歌下手だっけ?」
「下手なんですよ、葉月お姉ちゃん。」
 かいとが腕組みをしてうんうん、とうなずく。かいと―CVR00-01β〈KAITO〉H.F.R. type №01のマスターである月島立樹という男は、音楽の才能もあり、もちろん音感も良い―のだが。
「あんまり人前で歌いたがらないからねー、月島君。」
「聞いた音が“ド”だとか、#(シャープ)だとか、♭(フラット)だとか、そーゆーコトはあたし達よりよく判るのにねー。何だって、ああも自分の歌う歌が音外すんだか。」
「えー、月島君ってそんなに歌ヒドイの!?だっていっぱい曲とか作ってるし……」
「インストゥルメンタルとかね。」
「だから、ぼくに“嫁に来てもらった”んだ、って、マスター言ってた。自分じゃどーしても“ズコー”にしか歌えないから…って。」
 蒼衣(そうえ)と春奈の会話に、葉月がすっとんきょうな声をあげる。かいとが照れくさそうに肩をすくめた。
「……へー……。」
 呆気に取られたような葉月の顔を見下ろしながら、KAITOは思った。
 自分は、どのようにして、葉月の為に、歌を紡いでいけばいいのだろう?
「―ね、KAITO。肩の力、抜いてていいよ。もっと楽に行こう。そんなに緊張しなくて、いいから。」
「――え…?」
 立ち尽くすKAITOを見上げて、葉月が微笑う。深い茶水晶の瞳が、柔らかくKAITOを見つめる。
「要するに、自分で自分を追いつめるな、って言う事だよ。マジメなのもいいケドね、物事には限度ってモノがあるんだから、さ。」
 蒼衣(そうえ)が、ニヤリとKAITOに笑いかける。
「兄ちゃん、深呼吸、深呼吸!」
「大丈夫だよっ!お兄ちゃん、あたし達の誰より、いっぱいお歌の練習してるんだから!」
「そーだよー!多少“ズコー”でもごアイキョウ、ってヤツ?」
 小さいVOCALOID達の励ましに、ふっと肩の力が抜ける感覚を覚える。…緊張している自覚はあったが、自分で思っている以上に硬くなっていたらしい。
(……ああ、なるほどね……。)
 数時間前に、葉月に言ったばかりではないか。『自分だけでは歌えない』―と。
 一緒に紡いでいくのだ。――葉月と、二人で。
 目を閉じて、深呼吸する。背筋を伸ばして、逆に肩からは力を抜く。
「――マスター・葉月。もう一度、お願いします!」
 目を開けて、葉月に伝える。
「O.K.!」
 葉月は、鮮やかに笑って、KAITOにウィンクした。

 ――やがて、伸びやかな歌声が部屋に流れ始める……。

 ――世界中に ただ一人
 貴方のためにだけ
 この唇は開かれる
 だから その手を止めないで
 My Master ――


〈君恋る音(きみ・こうる・おと)2.ハジメテノオト― fin.〉

ライセンス

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君恋る音(きみ・こうる・おと) 2.ハジメテノオト‐③

…前の作品(「君恋る音」1-1の修正を投稿してから、6ヶ月、以上。
なんでこんなに間が開くんだっ!!(…大震災のせいではありません;;)
…取りあえず、3はもう少しペースを早めたいなー、と。

2011.8.22 1話目から通しで読めるよう入れ替え直しました 

閲覧数:159

投稿日:2011/08/22 18:10:45

文字数:4,821文字

カテゴリ:小説

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  • 日枝学

    日枝学

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    ハジメテノオト―①からここまで読ませて頂きました! 作品を読んでいて、作品の背景に緻密に作られたリアルな世界観を感じました。リアルな――といってもフィクションがないという意味ではなく、近未来的なフィクション要素を、もしそのフィクションが現実にあったらどうなるか、ということを考えてしっかり作りこまれているような印象を受けました。こういうフィクションは、実現出来るかどうかはともかく、読み手にとっては目の前に本当にそういう世界が広がっているような気持ちになるので良いですね。
    世界観だけじゃなく、登場人物一人ひとりのキャラも、その一人ひとりの人間関係も、現実から乖離しない緻密な描写をしているような印象を受けました。
    上の二つの影響か、読んでいて作品の中に引き込まれました。ただ温かい展開というだけの話なら誰でも書けるのかもしれませんが、展開だけじゃなく緻密な描写と文の一つひとつから温かさを感じるのは凄いと思います。自分はこの作品を読んでいて、そういう印象を受けました。
    他にもいくつかこのシリーズで書いているのですね。今度他も読んでみようと思います。良かったです!

    2011/08/14 22:50:10

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