クリスマス・イヴの今日。
駅の片隅で、一人の彼女を待ち続けていた。
彼女とは幼馴染で、しかも自分の親友の事を好きでいるという、どうしようもない関係の中、彼女の方から珍しくデートに誘ってきたのだ。
人がたくさん行き交う最中、約束の時間はとっくに過ぎて、暗闇を灯す夜空の満月にいつの間にか見惚れている自分がいた。
こんな自分だからか、そんな彼女にも振り回され、どうでもいいような事にお金までつぎ込んでしまうのは自分のダメな所でもあり、男らしくない所でもあった。
長々と明け暮れて、もう心の何処かで諦めようかと思い過ごしていた時、そばでティッシュを配っている女性にふと目を向けていた。
「…お願いします」
何気にその女性が愛らしく感じたのは、薄々まんざらでもなかった。
そして、わざと彼女の横を素通りすると、すかさずポケットティッシュを受け取った。
「ありがとうございます」
ティッシュを受け取る際にふとダンボール箱を覗き込むと、今日中に配れる半端な量ではなかったからか、何とかしてあげたいと心から願った。
「お願いします」
彼女に何をしてあげればいいのか、満月を見ながらひたすら考えていた。時が経つにつれ行き交う人々も数少なく、辺りは無情にも白く染まっていく一方だった。
こんな日にこんな所で二人は空からの祝福を受け、ひたすら冷たく佇んでいるなんて、彼女は何を思っているのだろう。
そして自分もまた、今ここで何をやっているのだろうか。
「あの…」
突然、彼女から声をかけてきた。
「は、はい」
「誰かと待ち合わせですか?」
「あ、いえ」
その時何故か、そうですと言えなかった。
「じゃあ、どうして?」
どうしよう、と思った。
「キミは…」
「えっ?」
「あ、あの、キミはどうして?」
自分の癖。それは問いを問いで返すこと。
「私?」
彼女は少しためらった。
「今日だけなんです、この仕事」
「今日だけ?」
「去年の今日、彼とここで会う約束をしたんです。それでこの仕事を」
「去年?」
その時彼女は、悲しそうな眼をした。
「今日、あと少しですけど…とりあえず待ってみます」
そう言うと、彼女は再びティッシュを配り始めた。そんな自分は何もしてあげられずに、その時をただ呆然と佇んでいた。
やがて、時は明日への鐘をならした。
今日はクリスマス、世界中のみんながみんな神様に祝福をする唯一の日。
「…やっぱり、ダメでした」
励ましの言葉は時折、人を不幸にもしてしまう。
強がる力に負けて、彼女はその場に泣き崩れてしまった。そして、その思いやりの涙は白い粉雪を溶かし月の光をも浴びて、とても煌びやかだった。
「涙が止まらなくても、こんなにたくさんあるから…どんなに泣いても平気でしょ?」
彼女はポケットティッシュで一杯のダンボールの中を覗き込むと、涙混じりの卑屈を吐いた。
「…オレも、実はキミと同じなんだ」
「えっ?」
「フラれるのは時間の問題だった一人の彼女と今もこうして、待ち合わせ…」
足が真っ直ぐに立つのを拒むと、そばにあるダンボールの中を静かに覗き込んだ。
「だったら、一緒だね?」
「うん」
今日はクリスマス。
いつしか見知らぬ彼女と涙を流して、目の前の白い贈り物を二人で分かち合っていた。
月の光がまるで一本のマッチ棒の火先のように思えてくると、次第にその灯りが何もかも夢のように、二人の居場所をそっと照らし出していった。
「…たくさんのこれを繋いで、こうするとさ」
ティッシュを糸状に細く繋ぐと、レイとして彼女の頭にそっと被せてあげた。
「…クリスマス、おめでとう」
「え?」
もう一つそれを繋いで、自分の頭にもそれを被せてみせた。
「クリスマスにはね…誰にでも、平等な幸せが訪れるんだよ?」
そう言うと、彼女はそっと微笑んだ。
「…私のサンタさんに、なってくれたの?」
彼女を見てると、少し微笑んでしまった。
「サンタは赤いから、オレは違うよ」
「でも、顔…すごく真っ赤だよ?」
「え?」
「ふふっ」
そして見上げる空からも、白い贈り物が辺り一面に降り注いだ。
「…粉雪を、少し見てていい?」
「うん」
しばらくの時間が経って、彼女は二人の吐息に包まれながら、雪の舞い降りる空を見つめていた。
「…今日は、ありがとう」
彼女の赤いコートが白く染まる頃、何か言いたそうにしている彼女に気が付いた。
「どうしたの?」
彼女は俯いたまま、こう呟いた。
「幸せはね…平等なんかじゃないよ」
「え…」
夜空の下の白い景色の中で彼女は手を伸ばすと、手先に触れてからもう一度微笑んだ。
「…キレイ事は、済んだ?」
「ああ。オレの事、嫌いになった?」
自分もまた、彼女につられた。
「キレイ事も、たまには良いかもね」
彼女はそう言うと、少しずつ少しずつ消えかかっていった。
「私…成仏できる、みたいだね」
「…」
それから、しばらくして。
一人、夜空から降り注ぐ白い贈り物を見つめていた。
「…あなたの名前は?」
「そんな事より、キミは?」
世の中のそれは、とても不透明で真っ白で見えにくかったりするけれど、それがいかに大切ですぐに見失いそうになるものかを、自分自身がずっとそばにいてあげなくちゃいけないんだ。
「…エミ。笑う、じゃない方の」
「良い名前だね。オレは篤志。とりわけしがない篤志ってやつさ」
白い贈り物。
それは時にキレイで、時にはかないものかもしれないけれど。
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