「ミクちゃんは特別だから」
どこにいたってみんなそう言う。

-特別ってなに?私はみんなと同じが良いよ…-

~キミの手 ミク side~

小さい時から、私は病院の住人だった。私はなんだかカタカナがたくさん並べられた病気の患者らしい。詳しいことなんて知らない。先生は何度も教えてくれたけど、結局のところは『心臓が悪い。長くは生きられない。』に帰着する。そんなつまらないお話、毎回真面目に聞くのは馬鹿みたい。そりゃあ、ちょっと走ったらびっくりするくらい胸が痛むし、大人しくしてても時々息ができなくなるけど、それ以外の時は私はいたって普通のつもりだった。でも。私はどこに行っても『特別』。
小学校のころには、いわゆる普通の学校に行っていた。友達もいたし、勉強だってそれなりに出来てた。それでも発作が起きればみんな怖がるし、長いこと学校を休まないといけない。そんなことを続けている間に、みんな私を避けていった。
「ミクちゃんは特別だから」
そういって、遊びの輪に入れてもらえなかった。
中学生のころには病院の学校に行っていた。病気で学校に行けない子達が集まって勉強をする。そこでも友達ができた。みんなそれぞれ重いものを抱えていて、小学生の時より居心地が良かった。私みたいに小学校に行けた子の方が少なくて、私が勉強を教える係になった。褒めてくれているのはわかってる。でも。
「ミクちゃんは特別だから」
そう言って、先生を任されるのが嫌になった。
高校には行けていない。病院の中にも外にも私が行く高校はない。ただ制服は持っている。少しでも高校生気分を、といとこのお姉ちゃんがお古をくれた。調子が良い時。朝起きて、制服を着て朝の検診が始まる前に病院を抜け出す。制服で外にいる時だけは、『普通』の女の子でいられる気がして。
誰もいない公園。澄んだ空気の中に、自分の歌声を混ぜる。もし、学校に行けていたら、合唱部なんて良かったなぁなんてふと思ってみたり。歌いながら誰かが見ているのは気づいていた。でも嫌な感じはしなくて、そのまま続けてみた。歌が終わって顔を見ようとしたら、そそくさと去っていく青い髪の男の人が見えた。顔はわからない。残念。
それからも何度も、朝公園で歌っていると視線を感じていた。気づけば歌が終わるとすぐに背を向けてしまうその人を見るのが楽しみになっていった。外に出るための自分の体調のボーダーラインを変えてしまうほど。少し前より、公園に行く頻度が上がっていることに、あなたは気づいているかな?


ある日、いつもの時間いつもの公園。公園につくとよく見る後ろ姿。私が見えないせいか、公園の外へ足を進めるその姿につい…
「おにーさん♪」
振り向いて初めて見えたその人の顔。それはもう酷い顔だった。夢でもみてるみたいにぽかんと口を開けている。
「えっと…何かな?」
初めて聴いた心地よい低音。…ちょっと震えているけど。
「いつもこの時間ここを通るでしょ?」
緊張したその姿に少し笑ってしまう。でも彼はその言葉にさらに顔を歪めた。
「バレてたか…ごめんね?気持ち悪かったよね…」
フェイドアウトしていく声に、つい吹き出してしまった。
「気持ち悪い人に1人で声かけに来ると思う?」
自分がストーカーみたいだとでも思っていたのだろうか。変な人相手に自分から話しかける女の子なんていないのに。
「私もいつもあなたを見て…話してみたかったの。」
彼を安心させようと思ったのだけど。言ってみてずいぶん恥ずかしいことを言っていると気づいて、顔が熱くなる。俯いて顔を隠す。
「私はミク!あなたは?」
「カイト…」
顔を上げると、彼…カイトは目を泳がせて呟いた。
「よろしくね♪カイト!」
「うん…よろしく」

ついタメ口を使っちゃった。まぁ怒られなかったしいっか。


それからは毎朝公園に行った。不思議とカイトに会うと思うと、外に出れた。たとえ雨が降っていても。
「寒いでしょ?」
傘を持って小さくなっていると、上から声がする。
「…遅い」
目だけカイトを見て、ちょっと睨んでみる。でも顔が見えたら嬉しくて、多分にやけてしまってる。
「手…握っても良いかな?」
突然の言葉に少し驚いた。…でも、嬉しい。
「いいよ」
答えると、カイトはごそごそ荷物を持ち替えて右手を空けた。
「冷たっ」
その声に反して、右手は優しく私の左手を包んでくれる。
「カイトの手は…あったかいね」
あったかいそのぬくもりをもっと感じたくて、右手を空けてカイトの右手を覆う。
「だから冷たいって!」
「あはは♪あったかーい」
2人で笑う。

-あれ以来何度も握ってくれたあなたの手。
何もかも包んでくれるような、暖かくて強くて優しいあなたの手が大好きだよ…-


それから私たちはつき合うようになった。私にとっては初めてのこと。カイトといろんなところに行ってみたい。けど会うのはきまってあの公園。加えてタイムリミットはどんなに頑張っても2時間くらい。
ある休みの日。ふと思い立って三つ編みを編んでみた。幼馴染のリンちゃんが上手で、それにはりあって練習している。…まだ下手だけど。
「あれ?ミク姉?まだいるの?」
可愛らしい声が聞こえる。リンちゃんだ。リンちゃんは生まれつき目が見えないけれど、その代わり耳が良いから、大抵のことはわかる。
「今日はカイトさんとデートなんでしょ?」
みんな心配するだろうから、カイトと付き合い始めたことはほとんど誰にも言っていない。けれど、どうしても話がしたくて、リンちゃんだけには話してしまった。リンちゃんも少女漫画とか大好きで、会うといつも「カイトさんの話して!」ってねだってくれる。二人できゃっきゃ騒いで、すごく楽しい。後ろで双子の弟のレン君がうんざりしているのは申し訳ないけど。
「え?もうそんな時間?」
言われてやっと気づいて、慌てて病室をでる。あーもう、こんなとき走れない体って不便だ。でも無理に走って行けなくなったら意味がない。
「いってらっしゃーい」
「いってきまーす」
後ろから聞こえる声に声を返す。
「あれ?ミク姉?まだいるの?」
デジャブ。先ほど別れた顔とそっくりな顔が目の前に。
「今から行くの!」
「え、うん、ごめん」
レン君が呟く。
「じゃあね!」
呆然としているレン君の横を通り過ぎる。
「あー……うん。いってらっしゃい…」

「ぷっ…あはは!」
いつもの場所についた瞬間聞こえたのは盛大なカイトの笑い声。…レン君の重い声はこういうことか…。
「ひどい!頑張って結んだのに!」
一生懸命な抗議も、暖かい手で髪を撫でられて収められてしまう。
「ちょっとぉ!髪崩れる!」
「もう崩れてる」
なんだか恥ずかしくて言ってみた文句も、優しい低音で返される。もう髪はボサボサ。でも頭の上の暖かさが心地よくて文句が出てこない。…カイトはずるい。つい頬をふくらませる。
「ここ座って」
公園にあるベンチに誘導される。カイトは私の前にしゃがみこんで、優しく髪をほどく。暖かい手に撫でられるがままにしているうちに、綺麗な三つ編みが作られていく。
「うわぁ…カイト上手」
「ミクが不器用なだけ」
ついもらした感嘆にも、手は止まらない。
「…ちょっと編み方きつくない?」
いつもより髪が小さくまとまっている。…もちろん私が編むよりずっと綺麗。
「ミクにはこれくらいじゃないとすぐ崩れるから」
「もう…」
酷い言われようだ。自慢気に微笑むその顔から目をそらす。
「?」
ふと、結び終わった髪が持たれる感覚。
「止め終わるまで動かない」
「はーい」
振り向こうとしたら止められた。もしかして新しい髪ゴムのプレゼントかな、なんて期待とかして止め終わるのを目を閉じて待つ。
「もう良いよ」
「わぁ!可愛い!」
髪についていたのは白いゴムにガラス玉のようなモチーフがついた髪ゴム。すごく可愛い。なんで私の趣味がわかったんだろうと不思議なくらい。
「これもついで。」
そっと首にかけられるネックレス。髪ゴムと同じデザインで、これもすごく可愛い。
「こっちは本物のガラス玉だから気をつけなよ?」
ネックレスのガラス玉を手の平の上で転がす。本物なんだ。壊さないように丁寧に扱わないと。
「ありがとう、カイト」
しばらく真剣に手の上のガラス玉を眺めて、お礼のために顔を上げる。目の前には今までにないくらい近い距離のカイトの顔。綺麗な青い瞳の中に私の真っ赤な顔が見える。さっと顔をそむける。
「…ちょっと何か買ってくるね!」
立ち上がって走り出す。『普通』の女の子になりすぎて、忘れていた。私は『特別』なんだった。
ドクン。
公園を出た瞬間に、「忘れるな」と言わんばかりの心臓の音。胸を抑えて座り込む。幸い公園の公衆トイレの影になってカイトからは見えない。
(もう少し、もう少しだけ時間をちょうだい…。)
私が帰らなかったら、カイトは絶対心配する。そして私と関わるのを恐れてしまう。小学校の時みんながそうだったように…。祈るようにポケットに入れてある薬を飲む。しばらくすると、胸の痛みが収まってきた。ゆっくりと、立ち上がる。
(…大丈夫。)
自分に言い聞かせるように、心の中で唱える。カモフラージュに何か買っていこうとコンビニに入って、ひとつのコーナーが目に入る。…ママや看護師さんたち、レン君はもちろんリンちゃんにも「馬鹿」って言われそうなことを思ってしまった。
公園に入ると、私の姿を見てカイトが駆け寄ってきた。
「座っててくれて良かったのに」
そちらに向かっていくというのに、わざわざ走って来なくても。その行動が嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。
「探しに行こうとしたら見えたから、つい。」
「ごめん。ちょっと悩みすぎた」
それは嘘。袋の中身は1分で決まった。自分のつまらない嘘に苦笑い。袋をさげていない左手が暖かくなる。
「ふふ、あったかーい」
やっぱりカイトの手は暖かい。大きくて優しくて。…こんな時間がもっと続けば良いのに。

「ミク…今何月?」
先ほどまで座っていたベンチに二人で座り、コンビニの袋の中身を見てカイトが一言。まぁ予想はしていたけど。
「10月だよ?…あっ私こっちね。」
パッとメロンアイスを手にとる。取り残されたバニラアイスをカイトが呆然と見つめる。
「カイト、アイス好きでしょ?」
スプーンをくわえて、アイスの蓋を開ける。思いついたのはカイトとアイスを食べること。カイトはアイスが大好きだって言ってた。出来ることはすぐやらないと。…できなくなる前に。
「ありがたいけど…ミク後でお腹壊してもしらないよ?」
心配するのが普通。そんな曇った顔をしないで…。
「壊しませーん」
なるべく明るく言ってアイスを口にいれる。冷たい。アイスを食べるなんて、いつ以来だろう。
ふと隣を見ると、幸せそうなカイトの顔。
「ふふ…」
そんなにおいしいものなのかな。コンビニのアイスなのに。
「…何?」
小さく笑っているとカイトがバツの悪そうに呟く。
「だって…そんな大切そうに食べなくても」
その気まずそうな顔が余計に可笑しい。
「ほら、ぼーっとしてるとアイス溶けちゃうよ」
そう促すと、子供みたいに真剣にアイスを食べ始めた。私も自分の手の中のアイスを口に入れる。正直寒い。でも、カイトの幸せそうな顔や気まずそうな顔を見れたことが嬉しくて。
「寒くなったから帰るね」
食べ終わるころにはすっかり体が冷えていた。また発作を起こすわけにはいかない。
「じゃあね、カイト」
「うん、また明日」
立ち上がり言うと、カイトはひらひら右手を振る。
『また明日』
過去の言葉がフラッシュバックする。『また明日』と手を振る緑の髪の少女…。
「……うん、また明日」
精一杯の笑顔を作って、その場を去る。
(グミ…)
昔のことを思い出してしまった。とても悲しい記憶。そしてとても大切な友達のこと…。

-ごめんね、カイト…。私はあなたにたくさん嘘をついた-

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

キミの手 ~ミク side~ 1/3

自作歌詞http://piapro.jp/t/xamFの小説版です。
KAITO編→http://piapro.jp/t/GD7cと対応しています。
KAITO編より全体的に長いです…
お付き合いいただけたら嬉しいです!

閲覧数:160

投稿日:2012/04/08 23:40:44

文字数:4,918文字

カテゴリ:小説

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