~ もち ~
秋も深まってきたある朝、珍しくゆかりは時計よりも先に目を覚ました。
「う~ん・・・今日は暖かいなぁ。」
むくむくと起き上がり、ふと窓の外を見る。
「うわぁ~、雪降ったんだ。」
まだ薄暗い家の外はほのかに青白い世界が一面に広がっていた。
「こんなに暖かいのにね~。」
ゆかりが今年初めての雪景色をぼーっと眺めていると・・・
ピピピピッ…
ピピピピッ…
・
・
・
ジリリリリ…
リンゴーン…
ピコピコ…
チャラリー…
目覚まし時計の合唱が始まる。
「だぁ~、うるさい。もう起きてるわよ。起きてるって。」
ドタバタと部屋を走り回り、ゆかりは鳴り響く目覚まし時計を止めてゆく。
再び部屋に静寂が訪れたとき、部屋にはもうゆかりの姿はなかった。
一通りの支度を整えたゆかりが台所にやってきた。
「おはよ~、お母さん。雪、ずいぶん積もったね。」
「あらおはよう。今日は早いわね。もうご飯できてるわよ。」
「は~い。」
ゆかりは椅子に座り箸をとる。
「いただきま~す。」
今日の朝食は、ご飯に味噌汁・ 玉子焼・ サラダ・ コロッケ他。
ふと食べながら窓の外を見て、ゆかりは
「でも、昨日も今日も晴れって言ってたのにね。」
明るくなってきた空は、これ以上ないくらいに晴れ渡っている。
「あとで、お父さんに雪かきしてもらわないといけないわねぇ。」
弁当を詰めながらゆかりの母親はつぶやく。
その後ろの窓では、屋根の上から雪が尾をひいて.
も
っ
た
り
・
・
・
と落ちていった。
(えっ・・・? )
「ほらほら、 ボーっとしてないで。そろそろ出かける時間でしょ。お弁当そこ
置いとくわよ。」
目が点になっているゆかりを母親がせかす。
「は…、ほぁ~ぇ(あ、は~い)。モゴモゴ・・・。」
再びバタバタと足音が響いて…、
ガチャ、…
「い っ て き ま ~ …
うわゎっ!!」
べちゃっ 。
家の外に出たと途端、ゆかりは何かに足をとられて派手につんのめり、その
まま雪の中へ倒れこんだ。
(???。 生 暖 か い ・ ・ ・ 雪?)
あわてて、立ち上がろうとするが、手や服にまとわりついた雪?が糸を引く
ようにのびて引っ張られるのでなかなか立ちあがることができない。
「え~ん、なにこれ~。べとべとくっつくぅ~。おまけに生暖かい~。」
まとわりつく雪に悪戦苦闘しつつ頭を動かす。
(なま暖かいし。べたべたくっつく。おまけにこの感触・・・☆ミ?!)
「もち~~~!!」
さっきまでゆかりが雪だと思っていたのは、辺り一面に積もった餅だったの
である。ようやく立ち上がり、辺りを見渡す。辺り一面の銀世界ならぬ餅世界。
その中で餅に足を取られて動けない、人、自転車、車、犬、猫、鳥、象、etc.
「なんで餅が積もってるのよ~!!」
ゆかりが叫んでいるのを聞きつけて母親が窓から顔を出す。
「もう、朝から家の前でなに騒いでるの。近所迷惑でしょ。」
「お母さん、これ。雪じゃなくて餅が積もってる。ほらほら。」
ゆかりは足元から餅をつまみあげで、のび~っと伸ばす。
「あらあらお餅?・・・今度はお餅に足をとられないように気をつけていって
らっしゃいね。」
「 ・ ・ ・ 。」
そのまま目をそらすようにして母親は家の中に引っ込んでしまった。
「・・・ まったく、お母さんてばこの状況がわかってるのかしら。餅が積もっ
てるのよ、餅が。もっと他の反応があるでしょうに。」
ぶつぶつ言いながら、餅に足をとられないように、のっしのっしと歩く。
「うえ~、歩きづらいよ~。」
積もった餅に悪戦苦闘しながら歩いていると、後ろから声をかけられた。
「よぉ、怪獣が歩いてると思ったら、ゆかりだったのか。」
「誰が怪獣よ 、誰が。 失礼ね。」
振り向くと、隣の家に住む幼馴染、沼田玲が愉快そうにゆかりを眺めていた。
「そういう玲ちゃんはどうなのよっ。 」
「ん、俺?そんな怪獣みたいな歩き方はしてないぞ。」
足元が餅なだけに、少々ぎこちないが普通に歩いてくる。
「な、なんで~。どうしてそんな普通に歩けるの?」
「もちろん気合。」
ゆかりは(うそだ~)という目で玲を見る。その視線に気づいた玲は.
「あはは。実はこれ。」
といって玲は霧吹きを取り出し、靴の裏に透明な液体を吹き付けた。
「お水・・・?」
「そう。よく餅つきで餅を反す人が手に水をつけてるだろ。餅がくっつかない
ように。」
「な~んだ。」
ゆかりも霧吹きを借りて靴の裏に水を振る。
「ちょっと滑るけどさっきより全然歩きやすい。」
怪獣歩きから開放されたゆかりと玲は学校へ歩いていった。
子どもというのは適応が早いもので、道端には雪ダルマならぬ、餅ダルマが
できていた。
「ダルマというか、たれパ○ダだな。」
半分自重でつぶれかけている餅ダルマをみて玲が笑う。 餅うさぎもある。
さすがにかまくらは誰も作っていないらしい。
「ったく、みんなこれがどういう状況だかわかってるのかしら。雪じゃなくて
餅が積もってるのよ、餅が・・・。」
ふと、玲が木に積もている餅を少しつまんで口に放り込むのを目にするゆかり。
「・・・って、なに食べてるのよ。」
「なかなかうまいぞ。」
「おいしいとか、そういう問題じゃなくてっ」
「だってほら。」
玲の指差す先を見ると・・・
「う… 、うさぎが餅食ってる・・・。」
すぐそこの屋根でうさぎがもちを両手でこねて玉にし、それを食べている。
「あすこにもいるよ。」
見ると、木の上でうさぎが餅を集めている。
ビギッ、
ビギッ。
「なんかどんどん増えてるな。」
どこからともなくわらわらとうさぎが出てきて、屋根、道、庭、公園など、
あちこちで餅を集め、食べている。ゆかりは目を白黒させて、
「な、なに、どこからこんなに出てきたの。餅が積もったら今度はうさぎ~?!」
二人が呆然見守る中、うさぎは辺りの餅をどんどん食べていった。
うさぎに食べつくされる餅を見ながら玲がつぶやく。
「でもこの餅がかたついてよかったよな。」
「ほんと・・・。」
「もし、あのまま一週間くらい経ったら・・・。」
ゆかりはその行く末を想像して思わず声を上げる。
あれよという間に餅はうさぎに食べつくされた。
ふと一匹のうさぎが空へと飛び上がり、そのまま西のほうへ空を飛び去って
いった。それに続いて一匹、また一匹とうさぎが飛び上がり、そのまま一列に
なって西の空へ飛んでゆく。
うさぎの飛び行く先には、沈みかかった月が見えた。
「うさぎが、餅食って月に飛んでいく・・・ 。」
ゆかりがつぶやくと、それに答えるように玲が言った
「きっと、月でもちつきしていたうさぎが、間違って餅を落としたんだな。」
「え、なんで?」
ゆかりが玲の方へ振り向くと、玲もゆかりを見て人差し指をたてて.
「だってほら、昔から月でうさぎが餅つきしてるっていうじゃないか。だから
昨日はその餅を間違って落としちゃったんだよ。」
「落とすなよそんなもん!!」
ゆかりは叫びながら月をみると、月でうさぎが頭を掻いていたように見えた。
・・・
約一ヵ月後のある朝
ズシーン
巨大なカニが地面に刺さっていた。
~END~
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