ボス走らず急いで歩いてきて僕らを助けてPの「野良犬疾走日和」を、
なんとコラボで書けることになった。「野良犬疾走日和」をモチーフにしていますが、
ボス走らず急いで歩いてきて僕らを助けてP本人とはまったく関係ございません。
パラレル設定・カイメイ風味です、苦手な方は注意!

コラボ相手はかの心情描写の魔術師、+KKさんです!

******

【独自解釈】 野良犬疾走日和 【紅猫編#10】



 洗っても洗っても、手の汚れは落ちていない気がして、いやに石鹸を消費してしまった。小さな窓しかない薄暗い洗面所で、自分のふやけた手を眺めた。妙に白い手の、その色のなさに嘆息して洗面所を出る。外はまだ雨が降っていた。
 こんな気分の良くない日には、大概手紙を書くか、散歩をするかすれば気がまぎれるものなのだが――今となっては手紙を書くような相手もいないし、あの家出以来、少しの散歩にも従者をつけられるようになってしまった身としては、散歩も気を晴らす手段になりはしない。口を突いて出るのはため息ばかりで、それがいっそう気分の重みに拍車をかけた(ため息をつくと幸せがにげる、というのは、もしかしたらあながち間違いでもないのかもしれない)。
 つくづく私は無趣味だわ、と自嘲して、自分の部屋に入る。とても殺風景だ――なんて、前までは思わなかったのに。いつからこんなに感覚が悪い方に悪い方にと向くようになってしまったのだろう。ほら、また自嘲が漏れている。笑うほどおもしろいことなんて、なにもないくせに、笑顔を浮かべるのはなぜだろう。
 からっぽになってしまった人間は、寄る辺にしていたものを根こそぎ奪い取られた人間は、笑いたくなるものなのだろうか。それなら、あの男が常に笑っているのも、からっぽだからなのだろうか。
「……そうだ、本棚」
 整理しなければと思いつつ、そのままに放置していた本棚の一角は、かいとの手紙を焼いたあの日のままだ。床に散らばった本もそのままにしておいてしまったので、何冊かは傷んでいるかもしれない。文箱を隠していた本棚の奥、ぽっかりと空いたその場所を眺めると、ちりっとこめかみに焼けるような痛みが走った。

 つくづく本棚というのはとてもきちんとした入れ物だ、と思う。重厚な木からくり抜いてきたような、強い印象を受ける角材を使ってつくられた本棚だから、そう思うのだろうか。でも、くっきり四角に分けられた口といい、本の詰まったときの見応えといい、やはり本棚はきちんとした入れ物、という形容がふさわしいと思った。
 そうして本を並べていると、きもちまで一緒にきれいに並べられていくようで、だんだん靄が晴れてくる。最後の棚に本を詰める頃には、だんだん作業が面白くなってきて、
「……どうせだから、他の所も掃除してみましょうか」
 拭き掃除・掃き掃除の類は、週に何日か女中たちがやってくれるが、ものの整理は私しかできない(それこそ、本の並びなど、一応これでもこだわりがあるのだ。崩されても怒りはしないが、あまりいい気はしない)。
 いつもは書き物をするために使う机だが、今日、今の瞬間だけは、その役目も忘れてもらおう。
「こんなところ見つかったら大目玉ね」
 天袋を開けると、かびとほこりのにおいがした。よどんだ空気が目にしみる。思わず身を引きそうになったが、机の上に立っている手前、すこし足をずらせば落ちてしまうので我慢した。
 どこの家でもそうであるように、私の部屋でも、だいたい使わなくなったものは天袋の奥にしまってある。でも、私はそれ以外に、捨てるべきなのだけれどなぜか捨てられないがらくたや、両親には見つかってほしくないものを天袋に放り込むことを覚えた。こうして天袋に手が届くくらいの背になった頃には、押入れの上には、父も母も触らないものなのだと知っていたのだ。たとえば、自分が描いた絵や、よその家の軒先からとってきた朝顔の種、道端で拾った硝子の欠片、汚してしまって、捨てろと言われても捨てられなかったお気に入りの財布とか。他にも色々あったはずだが、思いだせるのはこれくらいだ。
 ……朝顔の種が、芽吹いていたらどうしよう。
「まさかね」
 意を決して何年かぶりに覗くその中は、相変わらず暗くてくさくて、あまり好ましいものではなかったけれど、それが、いっそう整理意欲を掻き立てた。

 ……しかし、やはり出てくるモノは出てくるもので。
「黴ってすごいのね……」
 無造作に放られたままだった「宝物」たちは、ほとんどすべてが黴や埃、もしくは時間と風化の餌食になっていた。朝顔の種は芽吹くどころか鼠にかじられたのか腐食したのかところどころ欠けていて、ただの塵ごみになり果てているし、気に入りの財布だったものは、青と白の黴に可愛い模様を殺されている。
 こんなになるまで放っておく方もわるいのかしらね、と思いながら、つまんで屑籠に投げ入れた(ぼす、と、財布が屑籠の底に落ちる音が響いた)。天袋の中はみるみる整理されていく。大きな箱は入っていないので、取り出して中身をあらためるのも容易だった。
 そして、取り出してあらためた箱の数がそろそろ両手指の数に届くかと思われたころ。あたらしく取り出した箱の中身を見た私は、凍ったように動けなくなった。
 箱の中には、左右で鼻緒の色の違うぞうりが一足入っていた。ぞうりの右足には、赤い鼻緒。左足には、青い鼻緒。
「……捨てたのかと思っていたのに……」
 桃色に染められた革のぞうりに不釣り合いなその青い鼻緒は、もともとそのぞうりについていたものではない。
「まだあったのね」
 ぽつりとつぶやいた声に混じっていたのは、安堵のきもちと、すこしの感傷のようなものだった。

 幼いころ、私は頻繁にぞうりを壊した。もともとやんちゃなたちで、ところかまわず走って歩くようなこどもだったのに、かいとと一緒に遊ぶようになってからはなおさらその頻度に拍車がかかった。その頃は、身につけるものに対してお気に入りとか愛着とか、感じることがなかった。だから、このぞうりも、「壊したぞうりの代わりのあたらしいぞうり」くらいにしか思っていなかったのだ。
 その新品のぞうりをおろした日、いつものようにかいとが屋敷に遊びに来た。といっても、屋敷の中では遊べない。私の両親は、かいとと私が遊ぶことを快く思っていなかったから、ほんとうなら、かいとが庭に忍び込んで私を迎えに来ることも、見つかり次第とがめの対象になっていた。だから、いかに人に見つからないように外に出るか知恵を巡らせて、庭を忍んで出るのも、私たちの遊びのひとつだった。
「めーちゃん、はやく。みつかっちゃうよ」
「まって、あたらしいのだから、うまくはけないの」
 縁側で急かすかいとにとっても、怒られるか怒られないかの瀬戸際である。こどもながらに必死な顔できょろきょろとあたりを見回すかいとと、精一杯急いでぞうりに足を通している私。ある秋の日の図は、きっとふつうの家だったならば、微笑ましい光景だったに違いない。
「はけたわ、かいと」
「うん、じゃあいこっか」
「お嬢様――あっ」
 私が、うん、と返事をする前に、家の中から私を呼びとめた声があった。その声はあからさまに驚きの声を上げ、その声が聞こえたときには、私もかいとも走り始めていた。
「お嬢様、お父様に叱られますよ――」
 そう声を掛けられても、振り向くことなんてしない。振り向いたって、それが時間の無駄になるだけだとは、もう既に学習済みなのだ。お待ちください、なんて声が聞こえた気がしたが、言われて立ち止まる子なんていないわよ、と、心の中だけで舌を出した。
 うまく庭から逃げおおせても、屋敷が見えなくなるまでは安心できない。後ろから追ってくる足音がなかったとしても、かいとと私は用意周到に、狭い路地か河原の橋の下、もしくは空き地への近道になる立ち木の茂みに身を隠すまで、走ることをやめなかった。――それがいつもの私たちだったのだが、その時ばかりは事情が違った。河原の橋までたどり着く前に、私は、手をつないでいたかいとの手を離した。
「めーちゃん? どうしたの?」
「なんだか、ぞうりがおかしいの」
 どうにも左足の居心地が悪くて足を止めた。かいとは、私の後方、屋敷の方角に人が見えないのを確認してから、私の方に寄ってきた。
 私はといえば、ぺたりと地面に座り込んで、左足のぞうりを脱いでいた。案の定、鼻緒がとれかかっている。切れかけなのだろうか、妙に布地がぷらぷらしている。
「だいじょうぶ?」
「はなおがきれちゃったみたい。きょう、おろしたばかりなのよ。きっと『ふりょうひん』だったのね」
「ちょっとみせて」
「うん」
 ぞうりを手渡すと、かいとは、ほんとだ、と呟いて、それから、
「じゃあ、ぼくがなおしてあげるよ」
「できるの?」
「うん、おとうさんがこのあいだ、じぶんでなおしていたの、みてたから」
 道端に座り込んだままの私は、靴屋さんでもないのにそんなことできるのかしら、と思いながらも、半信半疑で頷いた。
「でも、めーちゃん、ここだとおしりよごれちゃうから」
 はい、と背中を差し出したかいとに、私は一瞬その意味をはかりかねて、
「なに?」
「あるきにくいでしょ、おんぶしてったげるから、いつものとこまでいこ?」
「ええっ、だめよかいとくん。わたし、おもいのよ? きのうおとうさまにだっこしてもらったときそういわれたもの!」
 昨夜、お風呂に入る前、お父様に抱えられた私は、「めいこも重くなったなあ」と言われたのだ。その時こそ大きくなったとほめられたと思ったのだが、子どものかいとにとっては、きっと重いにきまっているのだ。しかし、妙に強情なかいとは引き下がらなかった。
「だいじょうぶだよ、めーちゃん。ぼく、おとこのこだよ?」
「ほんとうにだいじょうぶ?」
「だいじょうぶ!」
「おもかったら、おろしてちょうだいね?」
「だいじょうぶだってば。ほら」
 おそるおそる手をかけた背中が、予想以上に広かったのを覚えている。

 そして、かいとの言っただいじょうぶ、は、すくなくとも橋の下までの数十メートル間はたしかにだいじょうぶだった。すごいね、かいとくんちからもちだね、と言葉を尽くして褒めても、かいとは「おとこのこだからこれくらいへいきだもん」と、いつものにこにこ笑顔で言っていた(でも、そんなに暑い日じゃなかったのに、額から汗がだらだら垂れていたところをみると、そこそこつらかったのだろう)。
「じゃあ、ぞうりなおすね」
「うん」
 そう言うが早いか、かいとは、おもむろに青い小布を取り出して、それをぴりぴりと引き裂いていった。
「な、なにしてるの?」
「ん? こうやってちっちゃいぬのをね、あたらしいはなおにするんだよ」
「そうじゃなくて、それ、きっちゃってもいいの?」
「うん、だってめーちゃんがぞうりはけないとこまるでしょ」
 たしかにこまるけれど、と私が反論する暇もなく、かいとはてきぱきと赤い鼻緒を外し、青い布で鼻緒をつくっていく。そのあざやかな手つきに見惚れていると、ものの数分で鼻緒はきれいに直ってしまった。
「はい、できたよめーちゃん。はいてみて?」
 そう言ってぽんと手に載せられたぞうりの鼻緒は、きれいなままの右足の鼻緒と寸分たがわぬかたちだった。それこそ、違うのは色くらいのものだ。こわごわと足を滑り込ませると、右足の履き心地とほとんど変わらない――いや、布がやわらかいぶん、かいとに直してもらった左足の方がきもちよく感じた。
 これには、いたく感激した。心地よくて動きたくて仕方がなくて、意味もなく立ちあがってはくるくると回ってみる。
「かいとくん、すごい! くつやさんになれるわ!」
「なおすのしかできないのに、くつやさんはできないでしょ」
「じゃあくつなおしやさんだわ!」
「きいたことないよ、そんなおしごと」
「あら、ないならつくればいいのよ。かいとがおみせのごしゅじんよ、わたしはおくさんね」
 そう言って笑いかけると、ちょっと照れくさそうな顔で、それでもにこにこと、かいとは笑ったのだ。

「……私は奥さん、ね……」
 今更ながら、その言葉の意味を反芻して、胸が締め付けられた。
 幼いころにはかんたんにできると思っていたことが、今こんなにもままならない。大人になれば、なんでもできると思っていたあのころが、いかに自由なときだったか。
「なりたかった、のに、な……」
 ねえ、かいと。私は大人になったら、なにもできなくなってしまったわ。涙が落ちる前に箱のふたを閉めるくらいしかできない、弱い女になってしまったわ。
 どうして、私はこの涙をもこらえないといけないのだろう。どうして、すきなものをすきだと言えないのか、すきなひとにすきだと言ってはいけないのか。
 こうして思い出すたびに、泣いていては、この先なんてやっていけるはずもないのに。そう思いながらも、こらえきれないものがあふれて、頬を濡らした。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

【独自解釈】 野良犬疾走日和 【紅猫編#10】

ボス走らず急いで歩いてきて僕らを助けてPの「野良犬疾走日和」を、書こうとおもったら、
なんとコラボで書けることになった。コラボ相手の大物っぷりにぷるぷるしてます。

******

めいこさん、かいとくんとの思い出を反芻するの巻。

かいとは器用貧乏だったらいいよね! っていうぷけさんのひとことに燃えた結果。
なんて男前なんだ幼少かいとくん。そりゃ幼少めーちゃんもテンション高くなるよね!
ちなみに、天袋に朝顔の種を入れておいた話は、私の実話です。なにやってんだ。
でも、5年以上前の朝顔の種を蒔いても発芽した時は感動したんだ!

あと、メールではぷけさんちの子とうちの子の話題で、妄想が炸裂してました。
ぷけさんといい桜宮さんといい……よそさまの子が可愛すぎるんだもの!

青犬編では、かいとくんにお手紙が届いたようなので、こちらも是非!
とりあえず、私はまたぷけさんと握手しなければ(つ´ω`)ノ

******

かいと視点の【青犬編】はたすけさんこと+KKさんが担当してらっしゃいます!
+KKさんのページはこちら⇒http://piapro.jp/slow_story

******

つづくよ!

******

おや、前のバージョンになにかあるようだ。
合言葉は、じゃすてぃーす! だよ!

閲覧数:509

投稿日:2009/10/09 00:53:25

文字数:5,347文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

  • 関連動画0

  • つんばる

    つんばる

    その他

    コメントありがとうございますー!

    いやいや、よく考えたらぷけさんの書くかいとを幼くしたらこうなっただけでした!
    このかいとくんのかっこよさはぷけクオリティです。
    きゅうっとなりましたか! せつない姉さん目指して書いてたのでうれしいです!

    勝手にお名前出してしまってすみません、でもすごく盛り上がったんだ……!
    あれですね、ただの想像じゃなくて妄想であることがミソなんですね(笑
    肝に銘じてがんばりまする!

    2009/09/19 12:05:12

  • 桜宮 小春

    桜宮 小春

    ご意見・ご感想

    どうも、桜宮ですわっふー!
    幼少かいとくん、確かにかっこええ……! めーちゃん泣かないで……!
    切なくて、胸がきゅうってなります。感想の表現が乏しくてすみません……orz

    と思ってたらあとがきとおまけに私の名前があってぶっとびました(笑
    言ってましたね、ちょっと前に(笑
    想像力じゃなくて妄想力ってとこが重要なんだそうですww
    バクマンは私も好きです、面白いですよね^^

    2009/09/19 09:08:20

ブクマつながり

もっと見る

クリップボードにコピーしました