忘れ物はない。
思い残す事もない。
予約した列車の時刻までには、
最寄りの駅に着きそうだ。
さぁ、私にとって最後の旅を始めよう。
何処へ行くのかって?
決まってるじゃん。
私は今から死にに行く。
………………
大した理由なんてない。
これ以上生きる必要はない、
一刻も早く終わらせるべきだと思った。
いや、そもそも生まれてくる必要がなかったんだ。
今更気づいた。
周りが当たり前と言っていた道が、
茨の道だったってこと。
人生のハードルも人によって違うのに、
自分は誰よりも劣ってるって、
自分自身を否定するのもこれで終わり。
今日くらいはお姫様気分で、
私にとって素敵な一日にしよう。
私を虐める奴はもう居ないからさ。
もう誰の言葉も聞かなくていい。
自分の正しさを信じていいんだ。
煩い奴らには言わせておけばいい。
だって、私の体は、私の心は、
私だけのものなのだから。
自分自身が一番に自分を愛さないとね。
誰かに聞いて欲しかったこと、
言っても伝わらなかったこと、
色々あったけど、
先ずはここまで頑張ってこれた事を自分自身に感謝しよう。
何も考えられない程に追い詰められていた。
身も心もボロボロになるまで戦ったんだ。
それでも、私が叫んだ想いは、
誰かに届かなくても君の隣で生きてるはずだ。
宿に着いたら何を食べよう?
今流行りの苺パフェとか?
あの頃一番好きだったものがいいね。
夕焼け小焼けに魅了されて、苦い涙が溢れてきた。
世間からも見放され、
言葉すらも奪われて、人知れずに消えていく、
素晴らしい事じゃないか。
幸せな事じゃないか。
もう、砂を噛むような苦い思いをしなくていい。
繰り返される悲劇をこれ以上見なくていい。
電信柱にカラスの群れ。
ようやく魔法が解けた気がする。
さぁ、旅の続きをしようか。
もうココに留まる理由はないからさ。
生きててよかったと思えるくらい、
今までで一番の思い出を作ろう。
その後は笑顔でお別れだ。
さて、これからどうしよう?
とりあえず、列車を降りて宿まで向かおう。
私が泊まる宿は、駅からそう遠くない場所にある。
“月の欠片”という、この辺りでは安めの旅館なのだが、旅館というより古民家に近い内装だ。
私は、旅館に着いて早々に荷物を置き、
畳に仰向けになって倒れた。
荷物はそんなに重くないし、
体力は有り余ってはいるものの、
また外に出て歩き回る気が起きず、
結局何処にも行かずに夕食の時間まで眠ることにした。
……………………………
私は悪夢を見ていた。
懐かしくもあり、
思い出したくなかったあの頃の夢だ。
部屋の隅で母はいつも泣いていた。
母が涙を流すのは私のせいだった。
私は、重い病を持って生まれた。
医師の懸命な治療によって生き長らえた。
母は私を疎ましく思っていた。
直接嫌味を言われた訳では無いが、
母が私を見る目はとても冷たかった。
父親は、私が六歳の誕生日を迎えた夜に家を出ていった。
何故父が出ていったのか、
母に聞いても教えて貰えなかった。
私は、家族が苦しむ姿を見るのが辛かった。
私は、学校で虐めを受けていた。
理由は分からない。
最初は無視されたり、物を隠されたり、
根も葉もない噂を拡散されたり、
いかにも子供らしいやり方だったが、
次第に暴力を振るわれるようになった。
抵抗できない私にカメラを向けて、
ゲラゲラと笑う者もいた。
ネットに拡散された動画のせいで、
私は悪い意味で人気者になった。
虐めの事や家庭の事を先生に相談したが、
先生は私が弱いのが悪いんだと言った。
思春期の秋に飼い猫が死んだ。
同級生に殺された。
私にとって心の拠り所であり、
唯一の味方だったのに…
大人になっても、傷は癒えなかった。
寧ろ、大人になってからの方が苦しかった。
色んな責任が重くのしかかって、
周りに追いつこうとするけど、その行動が仇となって、直ぐに人は私から離れていった。
結局、何をしても周りに迷惑をかけてばかりだった。
縋れるものが欲しかった。
現実逃避に夢中になった。
自分にとって都合のいい世界を考えてみた。
代弁者の言葉に涙を流した。
どれだけ妄想に浸ろうと、どれだけ自分を慰めようと、満たされるのは一瞬で、虚しさだけが残るだけ。
結局私は、何をしても空っぽだった。
……………………………
目的地に辿り着いた。
人気の無い山奥を抜けると、
目の前には断崖絶壁と、沈み行く夕陽に照らされた幻想的な景色が広がっていた。
私は、バックを置いて崖の方へと歩み寄る。
遺書は、自室の机の上に置いてきた。
大丈夫。
私の背中には純白の大きな翼があるのだから。
今だから言える。
私の人生は、私の生き様は、
世界中の誰よりも美しかった。
今までの事は忘れるからさ、後の事は任せるよ。
私は、大切な思い出だけ持って旅立つよ。
行ってきます。
それじゃ、また。
ありがとう。

END

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

死に場所を探して

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投稿日:2024/03/28 18:49:56

文字数:2,035文字

カテゴリ:小説

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