注意書き
 これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
 ハク視点で、外伝その四十一【好きという気持ち、嫌いという気持ち】から続いています。
 よって、それまでの話を読んでから、お読みください。


 【正しい選択】


 姉さんがおかしくなって、あたしは、色々と決断を迫られた。……って書くと、少し大げさかもしれない。でも、カエさんには悪いけど、あたしは姉さんと一緒には暮らせない。そのことを考えただけで、気分が悪くなってくるのだから。
 それにしても姉さん、このタイミングで厄介事を起こしてくれなくったっていいのに。と、あたしはかなり恨めしい気持ちだった。あたしの計画が全部、潰れてしまった。予定では、もうしばらくここで暮らしながらマイコ先生のところで働き、将来に備えて貯蓄して、アカイさんとのことも結論を出すつもりだったのに。それに何より……あたしが留守番して、カエさんには、リンのいるニューヨークに行ってきてもらうつもりだったのに。これじゃあ、カエさんをニューヨークに行かせるなんてできやしない。
 とにかく、カエさんは姉さんを預かると決めてしまった。どうしてこう、わざわざお荷物を背負い込みたがるんだろう。……うん、わかってる。カエさんはそういう人だ。だからこそ、どう考えても役立たずのお荷物だったあたしのことも引き取って、面倒を見ていてくれていた。
 カエさんの為を思うのなら、あたしは残って、カエさんに協力するべきなんだろう。でも、さっきも言ったけど、姉さんと一緒の生活なんて無理。なら、あたしにできることは、「もう一人でやっていける」ことを見せること。この家を出て、自立することだ。幸い、仕事だけは見つかっているし……。マイコ先生の足手まといにならないよう、頑張らないと。
 義兄のガクトさんが、マイコ先生のアトリエの近くのアパートを探してきてくれた上に、敷金と一年分の家賃を負担してくれた。少し心苦しい気もしたけど、ここで意地を張っても仕方がないので、援助は受け取らせてもらった。
「ハク、本当に大丈夫?」
 引越しの手伝いに来てくれたカエさんは、相変わらずだった。……心配性、なんだから。
「あたしなら大丈夫だってば。ここ、職場にも近いし」
 そうよ、あたしは大丈夫。本当のことを言うと不安はあるけど、大丈夫って言い聞かせる。カエさんには安心してもらわなくちゃ。リンはあたしより先に家を出たんだし、あたしだって大丈夫だ(リンは一人暮らしをしたわけじゃないということは、この際、無視することにする)
 本格的に仕事が始まる前に、新居に引越し荷物を運び込む。あたしと入れ替わりに、カエさんの家には、姉さんが来ることになった。……姉さんのことは、なるべく考えないようにする。
 ……とまあ、そういうわけで、あたしは一人暮らしをすることになった。そして、もう一つ、結論を出さなくてはならないことがあった。


「大事な話って?」
 引越しして数日後のことだ。あたしは「大事な話をしたい」と言って、アカイさんを近所の喫茶店に呼び出した。アカイさんは、二つ返事で来てくれて……その事実が、すごく心苦しい。
「あ……はい。ええと……」
 向かい合わせに座ったアカイさんの顔を見ながら、あたしは言うべきことを言おうとしたけれど、言葉が出てこない。どうしよう。ちゃんと、心を決めてきたはずだったのに。
 ……アカイさん、あたしなんかのどこがいいんだろう。あたしの心のどこかが、そう呟く。あたし、はっきり言って、いいとこない。外見だけはいい方に入るけど、いいのがそれだけって、かなり最悪だと思う。
「ハク?」
 アカイさんが、何も言おうとしないあたしを見て、怪訝そうに首を傾げている。あ……う……。
 だから話をしないと。その為にわざわざ、来てもらったんだから。
「あの、アカイさん。前に言ってくれましたよね。あたしとつきあいたいって」
 アカイさんが、微かに赤くなった。あらたまってこういう話をするのは、さすがに少し気恥ずかしいらしい。
「……そうだよ」
 頬を赤らめつつも、アカイさんは頷いた。……わかってる。まだ会ってそんなに経ってない頃に「好きだ」って言われたから。その後色々あって、あたしが抱えているややこしい事情を知ってからは「ゆっくりでいい」とも言ってくれた。
 いい人。
 すごく、いい人だ。それは、わかってる。
「あたし、ずっと、それに対する答えを保留にしてきました。でも、答えを出すことにしました」
 あたしの言葉を聞いたアカイさんが、軽く背筋を伸ばした。あたしは視線を下に落とす。アカイさんの顔を見ることができない。何年もの間、かなり仲のいい友達のような関係だったから、アカイさん、あたしがお断りするなんて思ってないと思う。
 ……なんで、あたしってこう、ダメ人間なんだろう。せめてもうちょっと、ましになりたい。
「あたし……アカイさんとおつきあいはできません。ごめんなさい」
 言いながら頭を下げる。何年も待たせて結論がこれって、本当にひどい。一発はたかれても文句は言えないぐらいだ。
 アカイさんの返事はなかった。おそるおそる顔をあげると、アカイさんはびっくりして固まっていた。やっぱり、こう言われることは予測していなかったんだ。
「……なんで?」
 しばらくして、アカイさんはそう訊いてきた。よっぽどショックだったみたいで、声がものすごく平板になっている。改めて、申し訳ない気持ちが沸き起こってきた。
「アカイさんは、普通の、ちゃんとした人です。将来が見込めないあたしとつきあったりなんかしたら、駄目です」
 あたしの言葉を聞いたアカイさんは、わけがわからないといった様子で、首を横に振っている。
「どういうことだ?」
「だから、あたしとのつきあいは、先がないんです。……あたし、一生結婚しないつもりですから」
 何年も前から、漠然と感じていたこと。あたしには、幸せな結婚生活なんて縁がない。この前、姉さんを見ていて、更にそう思った。
「別につきあうからといって、必ず結婚するというものでもないし……」
「アカイさんは、いい加減、結婚を前提にしたおつきあいをした方がいい年齢です」
 あたしはアカイさんを遮った。同い年のカイトさんが結婚するんだし、アカイさんの両親だってきっと、息子が同じように幸せな結婚をすることを望んでいる。長男がああいう状況にいる以上、きちんとしたところに就職できた次男への期待は高いだろうし。だから、あたしみたいに地雷化する人間とは、関わらない方がいい。
 そういったことを説明すると、アカイさんは困ったような表情で頭をかいた。
「つきあってみたら、ハクだって気が変わるかもしれないだろ。なんでそんな風に思うんだよ」
「幸せな結婚なんて、あたしにとっては夢物語です。あたしの家は、そういう家だから……姉さんですら、ああなりました。あたしじゃ、もっとひどいことになります」
 言いながら、リンのことを思う。リンは、姉さんのことをひどく心配していた。姉さんが結婚して幸せになれるとは思えないって……当時はピンと来なかったけど、今なら、多少の理解はできる。リンには、わかっていたんだ。あの家では、幸せが育たないって。
「だからさ、ハクはハクで、お姉さんはお姉さんだろ。共通点だってそんなになさそうだし……」
「同じ家で育ったんです、あたしたち」
 あたしと姉さんは、一枚のカードの表と裏のようなものだ。
「それに、あたし、姉さんよりずっとデキが悪かったんですよ」
 なんでだろう。おかしくもないのに、笑いがこみ上げてくる。そう、あたしはいつだって、デキの悪い子だった。
「いや、だから……」
「だから、先のないあたしとアカイさんをつきあわせるわけにはいきません。アカイさんはいい人だから、きっと、あたしよりもずっといい人が見つかると思います」
 まだ何か言いたそうなアカイさんを残して、あたしは立ち上がった。これ以上ここにいると、思ってもないことを口走ってしまいそうだったから。
「今まで……今まで、本当にありがとうございました。結論を出すのに、こんなに長くかかってしまってすみません」
 うん、なんで、こんなに長くかかっちゃったんだろう。あたし、本当に駄目人間だ。周りに迷惑、かけてばっかり。
 あたしはお勘定を払って、足早に店を出て、自宅に戻った。玄関のドアを開けて中に入り、鍵をかける。そこで、張り詰めていた何かがぷつんと切れた。靴を脱ぎもせずに、その場にしゃがみこんでしまう。目が熱いよ。
 どうして、涙なんて出てくるのかな。あたし、正しいことをしたのに。泣く必要なんて、ないはずなのに。ねえ、そうでしょう?

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ロミオとシンデレラ 外伝その四十五【正しい選択】

 今回はハクの話。
 もうちょっと続けようかとも思ったんですが、綺麗にまとまったのでここで切ることにしました。

閲覧数:544

投稿日:2012/12/13 19:32:39

文字数:3,586文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました