こんな事なら車でもバイクでも、免許くらいは取っておけばよかった……。

そう後悔しながら、デルは足を動かし続けている。
昔は運動系のハクと同じくらい体力とかスタミナがあったものの、それもすっかり落ちてしまった。
もっと速く自分の身体を動かせと脳に命じさせ、ただひたすら、がむしゃらに走り続ける。

病院とデルの働く会社は同じ市内にはあるのだが、走るとかなりの距離があるように感じる。
実際、もうどれくらい走ったろう?多分、まだ3割程度と言ったところだ。
それなのに、もう息が切れ始めている。

息を吸ったり吐いたりを急速に繰り返しながら、時に咳きこんだりした。
やがて体力は限界点に達し、デルは近くの電柱にもたれかかってしまう。

昔はこんなんじゃなかったのに。
病弱なハクとまるで同じだった。体力がこんなに落ちてしまうなんて自分でも思ってもみなかった。

あぁ、多分、二十歳すぎてから煙草吸うようになったからだな。
俺の場合、病弱なわけじゃなくて、自分の身体を自ら弱らせているんだ。
禁煙もしとくべきだったな……。ルカに注意された事も度々あったけど、全然反省なんてしてなかった。

胸ポケットにいつも入れているお気に入りの煙草を、片手でくしゃりと握りつぶし、そのまま地面にたたきつける。
ふと空を見上げると、依然として曇った空が目に映り込む。
朝に比べて、雲の灰色が増しているような気がした。それから数秒もしないうち、ぽつりと空から滴が落ちてくる。

あぁ、とうとう降ってきやがった。

一つ雨粒が落ちてくると、途端にその雨足は強くなる。
徐々に落ちてくる雨粒は多くなり、まるでゲリラ豪雨みたいな激しい雨になった。

……確か去年もこんな感じだったな。"春のゲリラ豪雨"……。

雨が降れば気温も低くなる。しかし今日は元々気温が低いのだ。そこに雨が降るとすれば、間違いなく気温は氷点下に達してもおかしくはない。
今まで走ってきて、デルの身体はヒートアップしているのに、徐々にその体温は下がっていく。

病院までの道のりはまだまだ遠い。
虫のような息で呼吸をしながら、時計を確認すると、まだ会社を出てから10分程しか経っていなかった。

通常、歩いても40分はかかる所だ。走ったって20分以上はかかるはずだ。
ここで立ち止まっていたらもっと時間がかかってしまう。
動き出そう。せめて一歩だけでも歩きださなくては、と思うが中々身体が言う事を聞いてくれない。


『地道に一歩一歩、人は進んでいくんですよ。人生という、長く続く一本道を』


ふと、そんな言葉を思い出す。
いつだったか、誰だったか、そんな言葉を言っていた人がいた。


『未来はいつだって濃霧に包まれていて、先を見通す事なんて出来ない。未来がどれだけ残酷なものだとしても、来るべき時が来たら人はそれを受け入れなければならない。後戻りはもちろん、立ち止まる事も出来ない。ただひたすら、地道に一歩ずつ進むだけ。まるで将棋の歩兵みたいに……。って、ちょっとデルさん、聞いてます?』


そうだ、確か中学の時、ルカが言っていた言葉だ。
どうしてそんな話になったのかは忘れたけれど、何故だかルカが真面目に人生について語りだしたものだから、その時の事は当時はとても印象に残ったんだ。

あの話をされたのは、確か学校の教室。
時刻はたしか、もう放課後の事だった。

そうだ、ハクと出会ったのも、確かあの日の事だった。
――……。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

三月の雪 7/9

今日で全話うp完了です。 ※話に誤字、矛盾など見つけたらご報告ください。

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投稿日:2011/04/06 22:38:52

文字数:1,438文字

カテゴリ:小説

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