その齢十四の少女は手の中にある小瓶を握りしめる。
 彼女は走りだした。向かう先は。

   街はずれの小さな港
   一人たたずむ少女
   この海に昔からある
   ひそかな言い伝え

  「願いを書いた羊皮紙を」
  「小瓶に入れて」
  「海に流せばいつの日か」
  「思いは実るでしょう」

 私は思い出す。
 昔、私とレンは毎日のようにこの港に来ていた。
 レンは毎日ここで、羊皮紙の入った小瓶を流していた。

「本当にレンは律義ね」
 ある日、私は言った。
「そんなので願いがかなう訳ないじゃない」
 その言葉にレンは微笑んで返す。
「お嬢様もやってみませんか?」
 私はそっぽを向いて答えを返す。
「そんな庶民的な遊び、私にはやる必要がないわよ」
 そして。
「だって……」
 レンがこちらに振り向く。
「私の願い事はレンが全部叶えてくれるじゃない」
 レンは少し驚いて、そして、優しく笑ってくれた。

 こんなにこの風景が綺麗なことはなかった。
 私は笑ってしゃがみこんだ。
 そして、小瓶を流す。
 
   流れていく ガラスの小瓶
   願いを込めたメッセージ
  
 遠くを見つめる。
 雲ひとつない青い空。
 澄んだきれいな海。
 私はまた思い出す。
 
「毎日、そんなに熱心に何をお願いしてるの?」
 ある日質問した私に、レンは静かに答える。
「リン様の胸が大きくなりますようにって」
「な!?」
「ウソです」
 驚き慌てる私の顔を見て、レンは無邪気に笑って答えた。
「お嬢様がいつまでも幸せでありますようにって」
 その言葉に私は手を後ろで組んで返す。
「そう思うなら、ずっと私の側にいてよ……」
 レンは少し驚いて私を見る。
 私は顔を少し赤めてレンを見つめ返して、続ける。
「私連と一緒にいる時が一番幸せなの」
 レンも呆然と顔を赤らめて、私を見つめる。
「……そう……」
 ぽついとレンは言う。
 そして、遠くを見つめて、レンは言った。
「できたら嬉しいなぁ……」

 今までの私とレンを、私は次々に思い出す。
 紅茶を注ぐレン。
 お菓子を作るレン。
 周りのいろいろな世話をするレン。
「君はいつも私のために何でもしてくれたのに」
 私は遠くを見つめる。
 駄々をこねる私。
 イタズラをさせる私。
 緑の娘を殺すように言う私。
「私はいつもわがままばかり、君を困らせていた」

   願いをかなえてくれる君
   もういないから
   この海に私の願い
   届けてもらうの

 目の前の景色がぼやけていく。
 そして、私の頬を涙が一粒。
 二粒、三粒、四粒。
 私はまた泣き出した。
 止めどなく涙は流れる。

   流れていく 小さな願い
   涙と少しのリグレット
   罪に気付くのはいつも
   全て終わった後

 水が、波が、当たっていることも気にせず、私はひざまずく。
 泣きながら私は言う。
「ごめんなさい」
 泣きながら私は叫ぶ。
「ごめんなさい」
 謝る相手はレンか、それとも神か、それは私も分からない。

   流れていく ガラスの小瓶
   願いを込めたメッセージ
   水平線の彼方に
   静かに消えてく

「神様……どうか……」
 泪を流しながら。
「お願いです」
 手を組む。
 私はひたすら祈る。
 私はひたすら願う。

  「もしも生まれ変われるならば…………」
  「                 」






 レンは意識を取り戻す。
「ここは?」

   目覚めたとき僕はひとり。
   黒く塗りつぶされた部屋
   何も見えず 何も聞こえず
   一人震える闇の中

「ここはどこ?」
 僕は戸惑う。
「僕はどうしてここに?」
 まったく思い出せない。
 自分が今までどこにいたのか。
 自分が今までどんなことをしてきたのか。
 覚えているのは自分の名前がレンであることだけ。

   天井には大きな穴
   よく見ればそこには巨大なぜんまい
   その先から突如響く
   得体の知れぬ不気味な声

  「罪深き少年よ」
  「お前はこの先永遠に」
  「この部屋からは出られぬ」といった

 女性の声?
 どこか聞き覚えのあるようなその声。
 その声に僕は震え、そして、その意味するものを、伝えることをハッと理解する。

   瞬間 思い出した全ての記憶
   自らが重ねた罪の数々を
   ここにいる理由と結末に気づいた
   もうあのころには戻れないのだと
 
 僕はここから逃げ出そうとした。
 気づいても信じたくはなかった。
 あのころに戻りたい。
 楽しくリンと過ごしていたころに。
 だが、走りだそうとした瞬間。
 ジャラ。
 音のなったところを僕は見る。

   気づけば両腕にはめられた赤い手錠
   それはきっと誰かの流した血の色
   両の足首には青い色の鎖
   それはきっと誰かの涙の色

 るりらるりら。
「歌声が……聞こえる」
 僕は聞こえてきた歌に呟いた。
「だれが歌う子守歌だろうか?」
 暗闇の中、僕ができるのは立つことか座ることだけ。
 歩くことさえも足枷がそれを阻む。
 
「どれぐらいの時間が過ぎたんだろう」
 僕は動かぬぜんまいに尋ねる。
 どこからともなく聞こえてくる歌声だけが、僕を癒す。
 突然、ぜんまいの隙間から小さな光が僕の前に落ちてきた。
 それはきっと。
 君からのメッセージ。
 僕はそう思った。
 そのときだった。
 ぜんまいは廻り始める。
 
   廻り始めたゼンマイは静かに語る
  「罪は決して許されることはない」

 ぜんまいは一人の天使に変わる。
 僕は驚く。
「でも、罪に気付き、悔いたとき、神もそれに慈悲を掛ける。神は非情ではない」
 天使は静かに語る。
「あなたにも罪はありますが、ここに閉じ込め出られないようにしたのは、あの王女に反省してもらうためです。そして、王女はもう十分に反省したようです」
「リン!」
 僕は反省などしたことも謝った事もないリンを思い出す。
 あのリンが反省したの?
「あなたの魂を死者のいる国に連れて行くこともできますが、それがお望みですか」
 天使の言葉。
 その言葉が意味することに、隠された意味に、僕は気付く。
「もし……もし戻れるというなら…………僕は……僕はリンの元に帰りたい!」
 途端。
 
   赤い手錠外れ 僕に語りかける
  「これからあなたは生まれ変わるのよ」と
   青い足枷外れ 僕に話しかける
  「今日が君の新しいBirthday」

「あなたに新しい命を授けます。姿も年齢もすべてが前世と同じまま。さあ、君の大切な双子の元にお戻り」
 ぜんまいだった天使は静かに言う。

   すべてが廻りそして白く染まる
   もうすぐ君に会いに行くよ


「僕たちまた双子が良いね」
 その声にバッと私は振り返る。
「――――!!」
 そこには、そこには。
 私は驚きを隠せない。
 それ以上に、この光景を信じられない。
「レン!?」
 そこには、私の片割れの召使が立っていた。
「レン……なの?」
 私はまだ信じられない。
 でも。
「はい、リン様」
 レンのいつもと変わらない笑顔と声が私を信じさせる。
「どうして?」
 その言葉に、レンは首をかしげた。
「どうしてレンが? だって、レンは、レンは……」
 その瞬間。
 ふと、目の前に、何かが舞い降りた。それは……天使?
「レンは確かに一度死にました。ですが、天使の一人セーレのお慈悲で彼の魂は死者の国には運ばれませんでした。そして、神は王女が自分の今までの行為を後悔し、心から反省したならば、もう一度チャンスをあげると言ったのです」
 天使は静かに語った。
「私……許されたの?」
 その言葉に天使は静かに答える。
「罪が許されることはありません。ですが、慈悲というものはあります。恩を忘れずに生きていればいいのです。セーレのお慈悲、セーレの恩を忘れないでください」
 そう言うと、天使は消えた。
 私はまだよく理解し切れていない。
 ただ、分かったことは。
「レン」
「はい、リン様」
 レンがまだ私の側にいられること。
 私たちがまだ一緒にいられること。
 また、どっと涙が流れだした。
「リン様。もう泣かなくてもいいのです」
「レン!」
 私は、嬉し涙を流している。
 今までに私がそんなものを流したことがあるだろうか?
 すべてに満足しきっていた私がうれし涙を流したことがあるだろうか?
 涙が止まらない。
「リン様。心配をかけてすみません」
「レン! ごめんなさい! ごめんなさい! わたし……わたし!」
 私は心から謝った。
 自分の犯した罪。
 いままで、迷惑ばかりかけていたこと。
 レンを死に追いやったこと。
 もう謝り切れないほど。
「リン様、もういいのです。僕はしっかりここにいます」
 静かな変わらないレン。
「もうあなたのそばを離れません。僕はずっとリン様と一緒です」
 そう言って、レンは優しく微笑んだ。
 私は、耐えきれずにレンに抱きついた。
「リン様……!?」
 驚くレン。
「約束よ。この先ずっとよ」
「……はい」
 レンは静かに答える。
 そして、分かったことはあと一つ。
 
 私の願いが少し届いたこと。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

姫という鳥 城という鳥籠  -悪ノシリーズ-  2/2

こんにちは
ヘルフィヨトルです。
これは悪ノPさんの歌「悪ノシリーズ」の歌詞二次小説です。
悪ノPさん、ほんとうにありがとうございます。
前半を見てない人は前半も見てほしいです。

今回は
テーマ……歌詞を使用しての、二人の物語
目標………うまく本篇につながるようにする・二人のうまい視点変え
結果………多少満足、視点変え満足
でした。

リンとレンをあまり知らないので、性格も話し方も違うと思いますが、許してください。
これも一応「AuC 金のダイヤモンド」の外伝です。
なので、これからお姫様リンと召使レンの短編を色々出すと思います。

最後にこれは本当にいい出来にしたいので、誤字、脱字、意見、アドバイス、指摘、感想、お待ちしています。

読者の皆様にワルキューレが微笑むことを

閲覧数:1,173

投稿日:2009/08/03 09:12:13

文字数:3,860文字

カテゴリ:小説

  • コメント14

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  • 吏都

    吏都

    ご意見・ご感想

    おぉ~!
    リンちゃんとレン君大好きなんですっごい楽しみですッッ(>□<)

    2009/08/21 21:26:14

  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    涙、ありがとうございます!
    私自身バットエンドに耐えきれなくてハッピーエンドにしてしまいましたw
    これからこの二人のその後を色々と書く予定です(もう悪ノシリーズとほとんど関係ありません><

    2009/08/21 21:08:35

  • 吏都

    吏都

    ご意見・ご感想

    レン君生き返って欲しいなー…って思って悪ノシリーズを聴いてたから最後泣いちゃいました(>_<)

    2009/08/21 20:57:28

  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    え!?
    残念ながら神じゃないんです
    ワルキューレなんです(無視してくださいw

    おほめの言葉をありがとうございます
    ですがこれは本元を作った悪ノPさんに感謝すべきです!
    私はそれをもとに作った歌詞二次小説にすぎません。
    悪ノPさんのすばらしい作品がなければこんな作品作れません><

    これからも感動できるような作品を頑張って作ります!

    2009/08/21 16:26:56

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