我ながらバカなことを言ってしまった・・・・・・。
 いくら海に来たからって、着替えも水着もないのに泳ごうなんて無茶もいいとこだ・・・・・・って。
 「ほら、ネルも!」
 雑音の体が半分海に浸かっとる!
 自分がどんな格好だか分かってんの?ワンピだぞワンピ!!
 まぁ・・・・・・あたしのせいだけど。
 「雑音ぇ!いいの?!」
 「いいよ。今日は天気がいいから、どうせ服もすぐに乾く。」
 そういいながら、雑音はあたしの手を取った。
 「ほら、海は冷たくない。」
 「ほんとだ・・・・・・。」
 海の水は、どうしてか人肌ぐらいの温度で、これなら泳いでも大丈夫、かな・・・・・・?
 つーかあたし達って水に入っても大丈夫なんだろか。
 「行くぞ。」
 「・・・・・・うん!」
 えーいもうどうにでもなれ!!
 あたしは雑音と一緒に海に潜った。
 海の中は、すごく透き通っていて、きれいで・・・・・・。
 日の光が差し込んで、体がふわっと浮かんで、漂う。
 なんだか幻想的な世界みたい。
 そのとき、体がすーっと前に進んだ。
 な、何?
 まだ何もしてないのに・・・・・・。
 雑音を見た瞬間分かった。雑音があたしの手を引くと、あたしの体ごと雑音に引き寄せられていった。
 雑音はあたしに微笑むと、手を繋いだまま泳ぎだした。
 手も足も使わず、体だけで自由に海の中を泳いでる。
 その感覚は、空を飛んでいるようで、水が体を撫でていく感触がとても気持ちよくて・・・・・・。
 雑音の姿は、まるで、魚。
 ふわりふわりと雑音の動きにあわせて、黒いツインテールが生き物のように踊り、ワンピースのスカートなんか、くらげの様。
 くるりと宙返りしたり、逆さまで泳いだり、雑音は海に棲む生き物みたいだ。
 それに一緒に、あたしは海の中、雑音と踊った。
 あたしは泳いだことなんて無い。だけど、雑音に体を任せると、こうして不思議なダンスを踊っている。海から、不思議な力をもらったのかな。
 時間も、過去も、自分も忘れて、ただこの海という舞台の中で、水のダンスを・・・・・・。
 
 何だろ、この感覚・・・・・・。
 
 海に溶け出してしまいそう・・・・・・。
 
 気持ちいい・・・・・・。
 
 あたしの中に海が入ってくる・・・・・・。
 
 少し進むと、海はだんだん深くなり、日の光も暗くなっていった。
 そろそろ、戻ったほうがいいかも。
 雑音のワンピースを引っ張ると、雑音は泳ぐのをやめて、あたしの方を見た。
 何か言おうにも水中じゃあ・・・・・・。
 あたしは雑音に向かって浜のほうを指差すと、雑音はしょんぼりした顔をした。
 そりゃ、あたしもまだ泳ぎたいけど、長い間水に浸かってると、体に良くないし・・・・・・。
 雑音はあたしをそっと抱きしめた。
 その目は、あたしに何かを語ろうとしてる。
 そのまま、雑音は、ゆっくりと自分の額とあたしの額を合わせた。
 
 ネル・・・・・・。
 
 えっ・・・・・・?
 
 もう少しだけ、ここに・・・・・・あと少しだけ・・・・・・。 

 雑音・・・・・・。

 夜になれば、ネルと離れ離れになってしまう。だから・・・・・・あと少しだけ・・・・・・。

 うん・・・・・・いいよ・・・・・・。

 雑音の声が聞こえた。だからあたしも返事した。
 声は使わなかったけど、なぜか、会話ができた。
 心と心で、直接感じた・・・・・・。
 これも、海の力?
 雑音があたしの体を抱いたまま、またくるりと宙返りすると、水の中の世界が逆さまになった。
 あたしと雑音はそのまま、深い深い海の底へ沈んでいく。
 あれ・・・・・・?
 雑音も、あたしも、いつの間にか髪が解かれていた。
 髪留め・・・・・・どうしたのかな・・・・・・まぁいいや・・・・・・。
 そして、柔らかい砂のクッションに、頭が触れた。
 そのまま、体が倒れこみ、砂の上で一度跳ね上がる。
 ゆっくり、堕ちていく。
 海の、底へ。
 雑音と、一緒に。
 砂のクッションがあたしと雑音を包む。
 夢心地・・・・・・。
 雑音は、なんて考えてるのかな。 
 雑音の額に自分の額をあわせてみた。
 
 雑音・・・・・・。
 
 ネル・・・・・・。

 ねぇ雑音、あたし、このまま・・・・・・雑音と・・・・・・。
 
 わたしも・・・・・・でも、そういうわけには・・・・・・。
 
 どうして・・・・・・?

 約束があるんだ・・・・・・。
 
 ・・・・・・・・・・・・。

 ごめん・・・・・・。

 いいの・・・・・・雑音とここまで一緒になれたから・・・・・・。

 ネル・・・・・・。

 夢のような世界。
 雑音と二人だけの。
 いや、あたしは、海の中で、雑音と一つになっているのかもしれない。
 そうだ。きっと。
 
 ねぇ、ずっと、ずっとこのままでいさせて・・・・・・。
 時間よ、止まって・・・・・・。
 
 大丈夫だ・・・・・・わたしとネルは・・・・・・一つだ・・・・・・たとえ離れ離れになっても・・・・・・ネルのことは、分かるよ・・・・・・。 
 
 本当・・・・・・?嬉しい・・・・・・!
 
 お互いに心で会話しながら、あたしは、雑音と唇が重なった。
 
 
 「・・・・・・どう?乾いたー?」
 「うん。まぁまぁ。ネルは?」
 「まだちょっと・・・・・・湿ってる。」
 夢のような世界から戻ったあたしと雑音は、砂浜に流れ着いていた。
 一度海に入って砂を洗い流したあと、二人で服を着たまま乾かした。
 西の空には、真っ赤な太陽が水平線の果てに沈もうとしている。
 今となっては、あの時のことは、夢だったのかなと思ってしまう。
 取れてどこかに流されてしまったはずの髪留めも、いつの間にか髪をもとどうり留めていたていた。
 いや、別の世界だっただけで、ちゃんと起こった出来事なんだ。
 雑音も、そう思うでしょ?
 夕日を見つめる雑音は、とても、凛々しく見える。
 ・・・・・・今日の、夜には・・・・・・。
 「さぁ、もう暗くなった。帰ろう。」
 そう言って雑音は振り返った。
 そのとき、
 「あ!」
 すっかり乾いた雑音のワンピのスカートが、風でふわっと舞い上がった。
 「え・・・・・・!」
 「どうした?」
 とうとう見てしまった・・・・・・正面から・・・・・・。
 つ、つけてないのは、し、知ってたけど・・・・・・。
 ま、まさかね・・・・・・。
 「ううん・・・・・何でも・・・・・・そんなことより、早く帰ろう!」
 「ああ。」
 あたしと雑音は、また手と手を取り合った。
 この手を離したくない。でも・・・・・・。
 いや、大丈夫。
 あたし達は、いつまでも、こうして一緒だから。  
 離れていても・・・・・・心は・・・・・・。
 今日、海の中で、それを知ったんだ。
 
 
 夕方が過ぎて、夜になった。
 約束の時間、十二時が近づいていく。
 雑音は動きやすい服装に着替えていた。
 今は、こうしてソファーに座ってあたしの手を握ってくれているけど、雑音は何も言わない。
 あたしも何も言わない。
 話なんかしたら、余計に別れづらくなるから。
 だから、手を繋いで、肩を寄せ合っているだけでも十分。
 時間の過ぎ方は、残酷なほど正確に、十二時に向かっている。
 
 
 「ごぉ・・・・・・よん・・・・・・さん・・・・・・にぃ・・・・・・いち・・・・・・ポチっと。」
 
 
 時計の針が十二時を指した瞬間、玄関のチャイムが鳴った。 
 ついにこのときが来てしまった・・・・・・。
 雑音は黙って立ち上がった。
 「雑音ぇ・・・・・・!」
 「ネル・・・・・・行ってくる。」
 あたしと雑音は玄関に歩いていった。
 あたしは、震える手で、扉を開けた。
 「どうも、こんばんわ・・・・・・雑音さん。亜北さんも。」
 そこには、ミクオと、サングラスをかけた黒いスーツの男が二人、立っていた。
 「準備は、よろしいですね。」
 「ああ・・・・・・。」
 雑音は静かに答えた。
 「ああ、ちょっと待ってくれ。」
 雑音はそういうと、あたしに振り返った。
 「それでは、一分間、だけですよ。」
 「分かってる。」
 雑音は、その腕で、あたしを強く抱きしめた。
 「雑音ぇ・・・・・・雑音ぇ・・・・・・!!」
 悲しみで、涙があふれてくる。
 雑音も、瞳から涙が溢れ出してる・・・・・・。
 どうして・・・・・・涙が出るの・・・・・・。
 どうして・・・・・・どうしてこんなことに・・・・・・。
 「ネル・・・・・・大丈夫。必ず、必ず帰ってくる。だから、泣かないで。わたしとネルは、ずっと一緒だ。」
 「当たり前だよぉ・・・・・・!!」
 涙で、声がうまく声にならない。
 雑音はあたしにキスすると、顔を上げ、涙を拭いた。
 涙が消えてなくなった瞳は、とても力強く見える。
 「それじゃあ、ネル。行ってくる。」
 「雑音・・・・・・!」
 雑音の腕が離れていった。
 雑音は靴を履くと、ミクオと黒服の男と一緒に、玄関から出て行った。 
 そして、扉の向こうで、車のエンジン音が遠ざかっていくのが聞こえた。
 あたしは、腰の力が抜けて、玄関の前で座り込んだ。
 
 雑音・・・・・・いったんだね・・・・・・。

 絶対・・・・・・帰ってくるよね・・・・・・。
 
 また・・・・・・一緒に歌えるよね・・・・・・。
 
 
 ああ・・・・・・もちろんだ・・・・・・。
 
 
 雑音・・・・・・!


ライセンス

  • 非営利目的に限ります

I for sing and you 第三十六話「ずっと一緒」

閲覧数:109

投稿日:2009/05/09 17:26:53

文字数:3,952文字

カテゴリ:小説

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