人間を辞めて、猫になりたい。
猫は良い。
私よりも自由だから。
無条件に愛されるから。
やっぱり、飼い猫よりも野良。
飼い猫の方が幸せなのかもしれないけど、
毎日のように飼い主のご機嫌を取るのは嫌。
確かに、野生の世界では常に恐怖と隣り合わせ。
弱肉強食で、弱いものから居なくなる。
けど、それは人間社会でも同じ事。
私は、誰かの思い通りな生き方はしたくない。
どんなに孤独でも、
どんなに生きるのが苦しくても、
私は私として、自由でありたい。
…………
キーボードから手を離す。
時計の短針は、数字の二を指している。
外は真っ暗で、静寂に包まれている。
涙が、ゆっくりと頬を伝う。
虚しさで心が締め付けられる。
震える手で、安酒を一杯。
必死で生きたあの頃を懐かしみながら、
またキーボードに指を置き、物語の続きを書く。
何やってんだ私は。
こんな薄っぺらい綺麗事を書いて、
なんの意味がある?
とか言いつつ、夢中になって書いている。
これが最後だ。
そう思いながら書いても、
しばらくしたら、また続きを書いている。
私は、野良猫のように自由になれただろうか?
話す相手もいないから、
こうして自問自答を繰り返す。
お酒が足りない。
またコンビニに行かないといけない。
今の私に、そこまでの気力はない。
今度は、冷蔵庫にあった缶ビールを開ける。
これで最後、これで最後。
飲酒も、創作も、人生もこれで最後。
でも結局、寝て起きたら振り出しに戻り、
また同じ事を言ってる。
吐いても、吐いても飲んでいる。
コレがないと私は……
\ピンポーン/
自傷用のカッターを取り出そうとしたところで、
私の部屋のインターホンが鳴る。
玄関の前で耳を澄ませるが、返事は帰って来ない。
イタズラか、私の勘違いだろうと思いながら、
覗き穴で確認すると、
首から上がないスーツ姿の男がいた。
私は、なんの躊躇いもなくドアを開ける。
なんなら、襲われてもいいとさえ思った。
「初めまして、相談員の樋口(ひぐち)と申します。
寒いので、中へ入れて貰えませんか?」
「要件は?」
「貴女の今後について話したいのです」
私は、相談員と名乗る男を無言で招き入れる。
昔ながらのちゃぶ台を挟み、
互いに向かい合って座る。
「それで、何処から来たの?」
「あの世から来ました」
「何それ?」
「単刀直入に申し上げますと、
今日中に、生きるか死ぬかを貴女に選んで頂きたいのです」
男はそう言いながら、一枚の黒い紙を私の前に差し出す。
紙には、白いインクで書かれた質問事項が、
上から下までびっしりと載っている。
「私に死ねというの?それでもいいけど」
「ですから、
その黒い紙に貴女の意志を示して下さい。
今まで通り生きるか、
このまま死ぬかは、その後決めます」
「分かった」
相談員の癖に、要求ばかりしてくる男に呆れながらも、男の希望通り、黒い紙にある空欄を埋めていく。
そして、書き終わった黒い紙を男に渡す。
「そうですか…」
黒い紙を両手で広げ、
低い唸り声を上げながら首を傾げる男。
私の回答に不服なのか?
「分かりました。
では、診断結果は後日お知らせします。
今日は、ありがとうございました」
それから三日後、
あの男から一通の手紙が来た。
見た事ある黒い紙には、白いインクで、
“二年後に交通事故で。” とだけ書かれていた。
来世は、自由な猫になれるだろうか?
私は、嬉しくて笑った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

旅人書房と名無しの本(ラピスラズリ)

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投稿日:2023/09/15 23:10:27

文字数:1,431文字

カテゴリ:小説

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