私はデパートで買った総菜の袋を手に提げて土足で空家に入った。その空家では私の最愛の人が私を今か今かと待っている。
「遅くなってごめんね」
 懐中電灯で照らしながら奥の扉を開けると薄暗がりの中であなたの肩がびくりとはねた。
「いい加減俺を自由にしろ」
 あなたが裸のまま首につけられた鎖をじゃらじゃらと揺らして叫んだ。あなたの嘘つきな愛情表現にも大分慣れてきたよ。だって私はあなたの表の姿も、反対に心の中に秘めた真っ黒な姿も、どっちもずっと食べてきたんだもの。だから私は笑って言った。
「大きな声を出しても大丈夫だよ。こんな廃村の空家、誰も来やしないから」
 するとあなたは今度は俯いて肩を細かく震わせた。泣いているのかしら。可愛い。そんなあなたも大好きよ。
「なぜ俺を閉じ込めるんだ」
「あなたが私以外の人に手を出すから」
「そんなこと言ったって、俺はお前のことなんか何一つ知らなかったんだ」
「嘘つき。会いに行ってあげたじゃない」
「覚えてない。本当に覚えてないんだ」
 私はあなたの言葉に耳を貸さずにあなたの前に置かれたお皿を片付けた。
「全然減ってないじゃない。好き嫌いしちゃだめよ」
 そう言って私は新しいお皿に買ってきた総菜を盛りつけた。チキンにラタトゥイユ。グラタン、サラダ。私はその鮮やかなお皿をあなたに向かって差し出した。
「さあ、いっぱい召し上がれ」

 あなたはずっと私のあこがれの人だった。初めて舞台であなたの歌を聞いた時から私はあなたの虜になってしまった。だから私はあなたのツイッターもインスタもすべてフォローした。頑張って裏アカも見つけた。あなたを丸裸にするみたいに、私は毎日あなたのすべてを見続けていた。
 始まりはあなたのインスタにあげられた一枚の写真だった。新人歌手の女の子と写る楽しそうな一枚。それ以来あなたのSNSにはその女の影がちらつくようになった。
 私というものがありながら、そんな裏切りを許すわけにはいかなかった。
私はあなたのSNSをそれまで以上に必死に監視した。決め手は一枚の写真だった。あなたが自宅で撮ったワインの写真。そのボトルにあなたの家の窓と、その窓から覗く変わった形のビルが映りこんでいた。そこから先は簡単だった。私はマップアプリからすぐにあなたの住むマンションを割り出した。
私に会ったことが無いから、かわいそうに。あなたはあの女で妥協しなくちゃいけなかったんだわ。そう呟いて私は花束を買うと貴方の家に向かった。
 家の前で三時間立ったまま待ったころにあなたが帰ってきた。あの女を連れて。私はその小物は無視してあなたに花束を差し出した。
「会いに来てあげたよ」
 あなたったら恥ずかしがっちゃって、だから私にあんなひどいことを言ったのね。
「誰だ、お前は。家まで来るなんて。次来たら警察を呼ぶぞ」
 そう言ってあなたはあの女の肩を抱き寄せた。SNSでのあなたの虚言癖には慣れていたはずなのに、私もその時はついかっとなって叫んでしまった。
「この裏切ものっ」
 だけどあなたは私を無視してマンションの中に消えていった。あとには花束が折れるくらいにきつく手を握り締めた私が残された。
「何あれ、ストーカー?」
「こわーい」
 周囲で私たちの様子を見ていた奴らが囁くのを聞いて、私はそいつらを睨んでやった。そいつらは言いたいだけいうと目をそらして歩いて行ってしまった。スキャンダルに飢えた乞食たちめ。
 私は深呼吸をして、やっと自分を取り戻した。素直になれないあなたのために私が大人になってあげなきゃね。だって私はあなたのすべてを知っているんだもの。
 それから私はあなたの裏アカを過去まで遡って調べた。癖。習慣。そういったものを探すうち、私はあなたが毎朝家の近くの自販機で同じペットボトルのジュースを買うことをつきとめた。
 三日後、私はあなたがジュースを買う時間に合わせて自販機に細工をした。新しいジュースが落ちてこないようにして、睡眠薬入りのジュースを取り出し口に放り込む。それだけでよかった。
 あなたはやっぱりそうなることを待ってたのね。その日、あなたは疑いもせずに私が仕込んだジュースをごくごくと飲んだ。
 あとは簡単だった。私はふらつくあなたの横に車をつけてあなたを引きずり込んだ。上手く体の動かないあなたを縛り上げて、私たちの愛の巣となる廃村の空家にあなたを連れて行った。
 それから私たちはこうして幸せな日々を過ごしている。

 でも、せっかく私が用意した食事なのにやっぱりあなたは口にしない。俯いたまま肩を震わせるばかり。私は悪い子のあなたをちょっとだけ怒ってあげることにした。
「ねえ、好き嫌いしちゃだめよ」
 あなたが私を睨みつける。でも私は優しい声で続けてあげた。
「私は好き嫌いなんてしないんだから」
 あなたが何か言おうとした。だけど私が包丁を差し出すとあなたはひっと小さな声を出して壁にへばりついた。私は包丁を揺らしながら愛の言葉を囁いた。
「ねえ、あなたの全部を食べてあげる」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい
  • オリジナルライセンス

茨の皇女

柳ナギ様の『荊の皇女』をノベライズさせていただきました。

薄暗がりの中であなたの肩がはねた。
「あなたの全部を食べてあげる」

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▼ノベライズ元の楽曲▼

『茨の皇女』

YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=DlN-NTqFPr4&feature=youtu.be

ニコニコ
https://www.nicovideo.jp/watch/sm37201281

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投稿日:2020/07/30 22:01:52

文字数:2,083文字

カテゴリ:小説

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