扉の先の通路では無数の銃口が俺と特殊部隊の男に照準を定めていた。
 それを目の当たりにした瞬間、一切の思考が空白で塗りつぶされていた。
 「敵だ!撃て!!」
 次の瞬間、乾いた発砲音と共に数十発の弾丸が俺の鼻から数センチの空間を突き抜けていった。
 俺と男は反射的に扉から身を引き、敵の掃射を回避した。  
 「くそッ!」
 男は手にしているライフルを扉から通路に向け、けん制射撃で応戦する。
 通路側から悲鳴が上がる。身を隠す場所が無いらしい。
 「おい!お前、武器は?!」
 男は俺に叫んだ。
 「無い。装備は全て・・・・・・。」
 俺は傍らで気絶している兵士の腕から銃をもぎ取り、通路側に向けた。
 「現地調達だ!」
 そしてこちらへ銃撃する敵兵の一人をサイトの中心に納め、引き金を引い・・・・・・。
 「?!」
 俺は確かにトリガーを引こうと指に力を入れたはずだが、不思議なことに引き金は硬く固定されたように動かない。
 意外な現象に戸惑っていると、眼前の壁に弾丸が着弾した。
 「うぉッ!」
 「何をしている!お前も応戦しろ!」
 ライフルを撃ちながらまた男が叫ぶ。
 「引き金が引けない!撃てないぞ!」
 「何だって・・・・・・!」
 男は俺の援護を諦めたのか大胆に壁から身を乗り出し、残った兵士の体に容赦ない銃撃を行った。
 そして、最後の薬莢が鉄の床で金属音を響かせた瞬間、通路側の敵兵士は、全員血溜まりの中に倒れていた。
 男は淡々とした作業のように、空になったマガジンを新しいものに取替え、レバーを引いた。 
 この男、強い。
 男の体はライフルのフルオート射撃でも微動だにせず、ドットサイトを覗き、敵兵の急所に的確な射撃を行ったのだ。
 それによって、六人の兵士が僅か三秒で絶命した。  
 反撃の隙すら与えることは無かった。
 男が銃を構えながら通路に足を踏み入れると、俺も男に続きトリガーの引けない銃を構えながら、一歩、また一歩と、兵士の血液で染められた通路を慎重に進んでいった。床を踏みしめるたびに、血が水音を立てる。
 そして、技術研究練に続く扉の前に到達すると、俺の前にいる男が、突然俺の方を振り向いた。
 「おい・・・・・・。」
 「?」
 「伏せろッ!!!」 
 ただたならぬ緊張に満ちた声で俺の体はほぼ反射的に行動した。
 一瞬で低く体をかがめると、その頭上を白銀に輝く何かが通り過ぎ、男はその白銀に向けてライフルを放った。
 俺は大きく飛び上がり、空中で身を翻すと男の後ろに着地した。
 振り向くと、そこには俺を襲った白銀の輝きの正体がいた。
 それは、人に近く、しかし人ならざる姿をしている。
 「何なんだこいつは・・・・・・。」
 「やつらの戦闘用アンドロイドだ。」
 戦闘用アンドロイドなら、ある程度の知識はある。
 だが目の前にいるこいつは、俺が今までに目にしたとこの無いものだ。
 全身を銀色の装甲で覆われ、頭部には赤い光を放つ複眼型センサーがある。
 両腕には刃渡り五十センチもありそうな超大型ナイフが装着されており、銃火器を装備していないところを見ると、接近戦闘タイプか。
 上半身は人に近いが、下半身、特に脚が鳥類のように細く、前後四本の鍵爪で体を支えているが、恐らく武器にもなる。
 俺は照準をそいつに向け、敵から奪った銃で攻撃しようとしたが、やはり引き金は引くことが出来ない。
 「下がっていろ!!」
 男がライフルでそのアンドロイドを攻撃するが、アンドロイドは小刻みな運動を繰り返し弾丸を避けながら徐々に男に接近する。
 次の瞬間、アンドロイドの姿が男の目前まで迫り、両腕のナイフが白銀の閃光となって男に襲いかかった。
 「ちぃッ!!」
 だが、突然アンドロイドは動きを停止した。
 そして、俺の足元には男のライフルが転がってきた。 
 「今だ!撃て!!」
 男は両腕でアンドロイドの腕を掴み上げ、まさに身を呈してアンドロイドの動きを封じている。
 俺は即座にライフルを拾い上げ、そして、弱点と思われる頭部のセンサーに銃口を突きつけ、一気にトリガーを引いた。
 引き金は後退し、銃口で眩いマズルフラッシュを輝かせた。
 マガジンに残った弾丸の全てを叩き付けられ、アンドロイドのセンサーは粉々に崩壊し、頭部は無残にも陥没した。
 その瞬間、アンドロイドは頭部から火花が飛散し、蒼白い電流が流れたあと、その場に崩れ落ちた。
 「大丈夫か?」
 男は特に怪我をしている様子も無い。
 だが、どんなに訓練を重ねても人間の力はアンドロイドに敵わないはずだが。 
 「ああ・・・・・・礼を言う。」
 「それはこっちの台詞だ。ほら、返すぞ。」
 俺は男にライフルを手渡した。すると男は慣れた手つきで各部に異常が無いかチェックしていった。
 「こいつで終わりなのか?」
 沈黙したアンドロイドを見下ろしたながら、男が言った。
 「増援が来ないな。警報もなっていない。」
 「そうか・・・・・・ところで、さっきお前がこいつの攻撃を回避したとき、かなりの反射神経だった。さすがアンドロイドだな。陸軍だそうだが、今までは何をやっていた?」
 その言葉に疑問を感じた俺は、視線のみで男を睨み付けた。
 何故この男はそこまで詮索するのだろうか。
 いくら味方とはいえ、そんなことを聞き出すのは不自然だ。
 だが、ここで口を紡いだらどんな反応が返ってくるか分からない。
 「一年前・・・・・・俺が製造されて基本的な教育を終えたあと、陸軍で計画中だった次世代特殊部隊の計画に参加させられた。訓練前には、概要部分のみを脳内に読み込ませ、基本的な知識を覚えてから訓練に臨んだ。」
 「次世代特殊部隊・・・・・・兵器類全てにコンピューターを搭載し、情報を共有したり、GPSや無人機による索敵など、デジタル化された戦場に対応する部隊か。・・・どんなミッションだ?」
 「・・・・・・仮想空間による訓練が主で、ウェポンミッション、スニーキングミッション、アドバンスド・・・。」
 「仮想空間?VRFTか?」
 男が意外な言葉で俺の発言を遮った。
 この男、陸軍でもまだ機密扱いのVRFTを知っている・・・・・・?
 俺は構わず話を続けた。
 「あれはほぼ実戦と変わらない。訓練を受ける者の脳をコンピューターで接続することで、リアルな仮想空間で訓練を行う。」
 「VRFTでは人は負傷しまい?陸軍では、毎年訓練で数名の死者を出している。お前の、脳に直接情報をダウンロードし、基本的な情報を得るのも、兵士の育成としては不十分なはずだ。実際に銃を握らないと分からないこともある。」
 「VRにも現実感はある。痛みや疲労、人間が感じるもの全てをシュミレートする。ただ現実では起こっていない、それだけの違いだ。」
 「それが、陸軍のやり方なんだよ。」
 男の言葉はどこか嫌味のようだが、俺は怒や苛立ちと言うより不信感のほうを感じる。
 「?」
 「それだけVRFTなら、当然被弾時には流血するし、肉体損壊までもが描写されるだろう。」
 「ああ・・・・・・。」 
 確かに、そういった状況に遭遇することもあった。
 訓練中、手榴弾の爆発に直撃した敵は粉々に吹き飛び臓器を撒き散らしたり、車両に轢かれれば正視に耐えられない無残な姿となる。まさに何もかもがシュミレートされていたのだ。 
 「仮想空間はあくまでも仮想だ。そうやって流血や贓物、自らの手で人間を殺めることに慣れた兵士は無論殺人に対するショックは殆ど無い上に、痛みや死に対する恐怖も飽和される。実際の戦場でも同じだ。殺人を恐れず、死も恐れない、まさに最強の兵士養成のためのプロジェクトかも知れんな。」
 男はまるで世間話をするように言い放った。
 しかし、俺から見れば今まで数多くこなし、最も信頼していた訓練を小馬鹿にされた気がして、流石に苛立ちを覚えた。
 「VRFTが、マインドコントロールだと言うのか?!」
 男に語調強く言い返したそのとき、脳内に無線のアラーム音が響いた。
 『どうした?!デル、何があった!』
 少佐の慌しい声が聞こえた。
 「突然倉庫練が爆発したため、技術研究練に退避した。」
 俺は男に一瞥を送った。
 男から見れば、俺が突然背を向けたように見えるだろう。
 まさかナノマシンの存在まで知っているのだろうか。
 だが、この男、何かがおかしい。
 『大丈夫か?』
 「体はなんとか。」
 「ナノマシンによる体内通信か・・・・・・。」 
 俺の背後で、男は呟いた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

SUCCESSORs OF JIHAD 第十六話「奇妙な会話」

そういえば最近のゲームもすごくリアルになりましたね。
crysisとか知ってる人いないかなぁ。


「VRFT」【架空】
 陸軍で研究中の仮想現実軍隊訓練(virtual reality force training)の略称。VR訓練と略される場合がある。
 使用者の脳とコンピューターをマン・マシーンインターフェースで接続し、コンピューター内に構築された仮想現実空間で行う訓練。
 実際に痛みや疲労などを伴い現実とほぼ区別のつかない訓練であり、実際の訓練のように兵士が負傷、あるいは死亡することはなくより効率のよい訓練を行うことが出来る。
 主に特殊工作員などの養成に用いられ、様々な状況に対応できるための課題が与えられる。
 特に特殊部隊の訓練では、歴史上で実際に起こった作戦を訓練として再現したり未来に予想される作戦をシュミレートする場合もある。

閲覧数:141

投稿日:2009/06/18 20:52:30

文字数:3,530文字

カテゴリ:小説

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