第二章 ミルドガルド2010 パート5

 「ルカ殿、ルータオにはすぐにご出立されますか?」
 ルカとリーンが飲み残した紅茶を無念という表情そのままで処分し終えると、メイコはルカに向かってその様に訊ねた。まだ午後の早い時間だが、今から出発してもルータオ街道沿いにある次の宿場町には間に合わない計算になる。そう計算してから、ルカはメイコに向かってこう答えた。
 「今日はゴールデンシティに宿泊するわ。今から出たら野宿確定だし。」
 「リーン殿は?」
 続けて、メイコがそう訊ねる。
 「この部屋を借りてもいいかしら。私は来た時に宿を確保したけど、この娘は極力外出しない方が安全でしょうし。」
 そう言って、ルカはリーンに向かって優しげな笑顔を見せた。僅かにほころんだ、リーンに良く似た蒼い瞳を見つめながらリーンはルカに向かってこう言った。
 「分かったわ。」
 一歩も外出できないことは苦痛と言えば苦痛だが、外に出る為にまたあのナプキンを身につけなければならないというのも気が滅入る。このままメイコの自宅に籠っていることが一番無難だろう、と考えたのである。
 「構わなくて、メイコ?」
 再びルカがメイコに向かってそう言った。その言葉に対してメイコは軽く頷き、そしてこう言った。
 「構いませんわ。では、私は一度王宮に戻ります。一応報告は必要ですし。」
 その言葉が終わるとメイコはそれまで着席していた、リーンとは向かいにある椅子から立ち上がった。その動作に合わせる様にメイコの腰に据えた大剣が僅かな金属音を響かせる。そのまま歩き出しかけて、メイコは不意に立ち止ると、ルカに向かってこう尋ねた。
 「ルカ殿はどうされますか?」
 「私は買い物の予定があるの。リンとハクにお土産よ。」
 「ハク?」
 ルカがそう言った時、リーンは思わずその様に訊ねた。その言葉にルカは落ち着いた口調でこう答える。
 「リンの親友と言えばいいのかしら。綺麗な白い髪を持つ美人さんよ。」
 「白い髪・・。」
 ルカのその言葉を、リーンはまるで噛みしめるかのように繰り返した。白髪の美人として思い当たる人物は今の所ハクリ以外に存在しない。その人が二百年前のミルドガルドに存在している。しかも、リンの親友と言う立場で。もしかしたら、ハクリのご先祖様かも知れない、とリーンが考えていると、メイコがこう言った。
 「ではルカ殿、途中までご一緒しましょう。リーン殿は暫くこちらでお休み下さい。夕食の時刻には戻ります。」
 その言葉を受けてメイコと同じように椅子から立ち上がったルカは、リーンの肩に軽く手を触れるとこう言った。
 「明日は朝一番に出るわ。長旅になるから、今日はゆっくりと身体を休めなさい。」
 「分かったわ。」
 リーンのその言葉に安堵したような表情を見せたルカは、メイコと連れ添うように小部屋から退出して行った。その背中と、直後に閉じられた部屋の扉を見つめながら、リーンは僅かに溜息を漏らした。この時代には馬か徒歩以外に的確な移動手段がないはずだった。確かゴールデンシティからルータオまでは二百キロ以上は離れているはず。軽く計算しても一週間程度かかるな、という結論に達して、リーンはとりあえず眠れる時に眠っておこうと考え、勝手ながらメイコの寝台を拝借しようと立ち上がった。不思議なことが多く起こりすぎたせいか、酷い疲労を感じていたのである。

 ルカと南大通にある南広場で別れたメイコは、そのままの足取りで王宮へと戻ることになった。現在は黄の国王宮と言う名称は廃止されており、ミルドガルド帝国ゴールデンシティ総督府という名称が与えられているその建築物の尖塔を見上げながら、メイコは南正門の警備業務についている帝国軍兵士に向かって一言ご苦労、と声をかけた。ミルドガルド帝国軍は従来の青の国の兵装をそのまま流用しており、赤を基調とした軍服を好むメイコの姿は嫌でも目立つ。将校クラス以上は好きな軍服を着用することを認められているとはいえ、本来が質素な青系統や黒系統の配色を好む軍隊の中でメイコの姿は異端とも言えた。勿論、赤色の軍服を着用している人間はメイコだけという訳ではない。
 「メイコ様、どちらに。」
 その一角がアレク率いる赤騎士団五百名のメンバーであっただろう。訓練の帰りなのか、汗に濡れた髪を靡かせながら総督府一階ロビーに現れたアレクの姿をその瞳に収めたメイコは、丁度いいタイミングね、と考えながらアレクに向かってこう答えた。
 「リン女王のお墓参りに。今日、誕生日でしょう。」
 その言葉に、アレクは失念していた、という様子で瞬きすると、こう答える。
 「そういえば。それでしたらご一緒すれば良かった。」
 「また、来年ね。」
 メイコは何かを誤魔化す様にそう答えた。以前からルカらしき女性がリン女王、正確にはリン女王とレンの誕生日に墓参りをしているらしいという噂を耳にしていたのである。その真偽を確かめたいが為にアレクにも秘密で出かけたことはまだ伏せておこう、と考えたのであった。だけど、ルータオに行くことはアレクには伝えておかないといけないわと考え、メイコはそのまま言葉を続けてこう言った。
 「アレク、今日偶然にもルカ様にお会いしたわ。」
 そう告げると、アレクは僅かに驚いたように瞳を見開き、そしてこう言った。
 「では、ルカ殿が墓参りに来ているという噂は本当だったのですか。」
 「そうみたい。それで、ルータオに行くことになったの。」
 「ルータオに?」
 不思議そうな表情をしたアレクに対して、メイコはどうしようか、と考えた。念の為アレクには総督府に残っていて貰いたい。その為には事情を正確に伝えておく必要があると考えたのである。ミルドガルド帝国成立から既に四年の月日が経過してはいるが、その程度の年数で、表立っては噴出しなくても旧青の国と旧黄の国の軍人たちに停滞する五月雨の様に降り続けている不審感が消え去る訳がない。メイコがゴールデンシティを離れている間は信頼できる人間に残ってもらう必要があると判断したのである。だけど、いずれにせよこの場所で話せる内容ではないわね、と考えたメイコは、慎重に声を落とすと、アレクに向かってこう言った。
 「後で全部話すわ。今日の晩、いつもの場所で。」
 その言葉に、アレクは神妙な顔つきで頷いた。アレクとの待ち合わせにはこれ以上の言葉は不要である。これが俗に言う逢瀬というやつなのだろうか、と先程ルカに言われた言葉を反芻しながらメイコはアレクと別れると、そのまま総督府の謁見室へと続く螺旋階段を踏みしめ始めた。四年前の反乱時にルカによって破壊されたロビー上空から吊り下げられているシャンデリアは以前よりも豪華さを増した形で再現されている。黄の国滅亡の象徴としてカイト皇帝が予算をつぎ込んだ為であった。そのシャンデリアを軽蔑する様な眼差しで一瞥したメイコは、自身の私室がある第三層を越えて第四層へと向かうことにした。この時間ならゴールデンシティ総統であるシューマッハは謁見室にいるはずだと考えたのである。その謁見室の両開きの扉の前で警護の任についていた兵士に用件を伝えてから待つこと数分、二名の兵士が大げさな動作で開放した、人の身長の二倍はありそうな巨大な扉の先にはふんぞり返るような姿で玉座につくシューマッハの姿が見える。本来なら今もリン女王が腰を落としていたはずのその玉座にシューマッハが腰をかけていることに対して未だに違和感を覚えながらも、メイコは堂々と謁見室に敷かれている赤く、そして毛深いカーペットの上を歩いた。丁度協議中であったらしく、シューマッハの傍で資料を片手にしたグミの姿も視界に収めながら、メイコは声の届く十分な距離まで近づくと、直立不動の体勢を保ってからシューマッハに対してこう告げた。
 「シューマッハ総督、本日は申し上げたいことがあり参上いたしました。」
 王族ではないシューマッハに対して跪く必要はない。メイコは常にそう考えているのである。そのメイコに対して苦笑するように口元を歪めてから、シューマッハはメイコに向かってこう告げた。
 「珍しいな、メイコ殿。」
 そして、メイコに言葉を促す様に軽い視線をメイコに向かって投げかける。まだ信用はしていない。その視線からその意図をくみ取ったメイコは、こんな時は単刀直入に告げるに限るわね、と考えながらも、慎重な口調でこう言った。
 「地方視察の許可をお与えください。」
 「視察。」
 メイコの言葉にシューマッハは思案する様に右手を額に当てながらそう答えた。四十代半ば、壮年の年頃であるシューマッハの眉間にしわが寄ることを視認しながら、メイコはシューマッハの次の言葉を待つことにした。だが、先に口を開いた人物はシューマッハの隣に控えていたグミである。
 「この時期に、視察ですか?」
 その言葉に、メイコは思わず零れかけた苦笑をようやくのところで押さえ込んだ。あの子はまだまだ子供だ。実力があることは分かるけれど、その分早く他人に認められようとして行動を早まるところがある。今この場所にいるのも、おそらく政治関連の提案書を持ってシューマッハに対して進言を試みたのだろう。この四年間、熱心に勉学に励んでより良い国造りの為に奔走していることは総督府の人間であれば誰もが認識している事実であったからだ。
 「そうです。ようやく内政も落ち着き、次の発展へと向けるべき段階に来ていると判断致しました。その為に一度視察に出掛けるべきだと考えたのです。」
 そのメイコの言葉に、グミは思わずと言った様子で資料を持ったままで手を叩いた。それと同時に分厚い洋紙が軽く籠った音を立てる。
 「良いアイデアです、メイコ様。私もそろそろ地方経済を知りたいと考えていました。」
 グミは嬉しそうにそう言うと、続けてシューマッハに向かってこう言った。
 「シューマッハ総督、是非、私もメイコ様にご一緒して地方視察に向かいたいと思います。」
 妙なことになった。思わずメイコはそう考えた。グミはリンに対して私怨を抱いている。元々仕えていた緑の国の女王ミクを殺害したのは確かに実質上リン女王なのだから、その感情は当然といえば当然なのだが、グミまで連れて行けばリン様と再開した時にややこしい事態を巻き起こすことは自明の理であった。ではどうしようか、とメイコが考えていると、議論を中断させるように軽く手を振ったシューマッハが二人に向かってこう言った。
 「グミ殿はまだゴールデンシティの案件が残っているだろう。ここはメイコ殿一人で視察に赴き、後ほどグミ殿がメイコ殿から報告を受ければ良い話ではないか。」
 シューマッハのその言葉に、グミは明らかに不機嫌そうに眉をひそめた。だが、その表情を無視するように右手をもう一度額の上に翳したシューマッハは、メイコに向かってこう言った。
 「それで、出発はいつだ。」
 「明日にでも。」
 妙な援軍に珍しくシューマッハに対して感謝しながら、メイコはそう答えた。その回答に対してシューマッハは一つ頷くと、メイコに向かって退出を促す様に扉に向かって軽く顎をしゃくってみせた。その態度に嫌悪感を覚えたものの、とりあえずは自身の希望が叶ったことに安堵したメイコはほんの少し軽くなった足取りで謁見室から退出して行く。
 そのメイコの赤髪が閉じられた扉の向こうに消えると、シューマッハは気を取り直して内政に関する提案の続きを行おうとしたグミに向かって重々しくこう告げた。
 「グミ殿、ジャノメを呼んできてはくれないか。」
 その言葉に、グミは不思議そうな表情でシューマッハの瞳を見つめ返した。ジャノメとはゴールデンシティ総督府に属する、ミルドガルド帝国でも一二を争う腕前を持つ密偵である。なぜジャノメを呼ぶ必要があるのか、グミには理解できなかったのだ。だが、そのグミをたしなめるような口調でシューマッハは言葉を続けた。
 「グミ殿、メイコ殿は信頼すべき人物であるかね?」
 「私は信頼すべき人物だと考えておりますが・・。」
 戸惑った様にそう答えたグミに向かって、シューマッハは更に言葉を続けた。
 「儂にとってはまだ信用出来ぬ人物だ。何しろ、黄の国の重鎮であったにも関わらずメイコ殿は黄の国を裏切った。その内カイト皇帝をも裏切るつもりかも知れんぞ。」
 「では、メイコ殿の視察は虚偽であると?」
 途端に落ち着きを無くしたグミの表情を眺めながら、シューマッハは思わず子供は扱いやすいなと考え、そしてグミに向かってこう告げた。
 「なに、あくまで念の為に尾行させるだけだ。グミ殿は安心して職務に励むといい。」
 或いは、何か尻尾が掴めるかも知れないが、とシューマッハは考え、その瞳の奥に暗い光を僅かに瞬かせた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説版 South North Story 23

みのり「ということで・・お待たせしました!第二十三弾です!」
満「人様からお預かりした挿絵の投稿だけで今日は良いじゃんというレイジを叩きながら書かせてようやく完成だ。」
みのり「それで、また変なオリキャラが・・。」
満「蛇の目(某ミシン工業とは無関係です。)→ジャノメ。そのままだが。」
みのり「本当は図形や紋章を現す言葉なんだけど、なんとなく発音がおどろおどろしいから勝手に密偵にしました。」
満「ということで、続きも楽しみにしててくれ、と言いたいんだが。」
みのり「実は今、pixiv進出を考えてて、そちらの準備も並行してやっているの。もしかしたら今日はこれだけ・・かも。」
満「できればもう一本投稿したいところだな。」
みのり「そうよね。では次回もお楽しみに!もう一本投稿出来る様に頑張ります☆」

閲覧数:336

投稿日:2010/08/01 16:17:27

文字数:5,257文字

カテゴリ:小説

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  • ソウハ

    ソウハ

    ご意見・ご感想

    こんにちはー
    ものすごい楽しみでしょうがなかったです。
    日曜日がくるまで夏休みの宿題やっていたんですが、なかなか終わりません。というか量が多いです。
    レイジさんは仕事とかで体調崩したりしてませんか?
    夏は特に夏風邪とかがひどくなるのでご注意です。
    あと雨が多いのでそれもご注意ですよー。
    あ、感想言い忘れてました。(あ、この場合書き忘れただ)
    今回のもとてもよかったです! 楽しみにしていたかいがありました。
    あ、長々とすみません。
    えーと、更新頑張ってくださいね。自分のペースを崩さないのが一番です。
    小説って書いていると自分の更新ペースが崩れる時がありますから。(実際、自分も小説サイト開いているので)
    では、ホントに長々とすみませんでした。
    それでは頑張ってください。

    2010/08/01 16:31:23

    • レイジ

      レイジ

      早速ありがとうございます&宿題お疲れ様です☆
      いや?そう言って頂けると本当に嬉しいです☆

      実際仕事はハードで大変なのですが、体調はなんとかなってます。(少なからず寝不足ですが・・。)お言葉頂いた通り、自分のペースで書いていきたいと思います。
      労わりの言葉、本当にありがとうございます。

      と・・小説を書かれているのですね!
      是非読んでみたいです。(という無責任な言葉を吐いて時間がなくて読めなかったりするのですが・・orz)

      良かったらURL教えてください!

      では、夏休みとは言え宿題に苦労される日々が続くと思いますが、ソウハさんも頑張って下さいね!
      では、次回またお会いしましょう☆

      2010/08/01 17:41:40

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