雪が降っていた。
「…?あれ?」
私はぼんやりと辺りを見回す。
ホーム。
私は、私の家の最寄り駅の、見慣れたホームに立っていた。
雪が降っている。その白くけぶる世界の中で、ゆっくりと電車が滑り込んでくる。
ホームに屋根はあるけど風のせいで雪はやすやすと飛んで来て二つに括った髪にくっつく。う、マフラーの下に巻き込んでくれば良かった
かな、と思うものの今はどうにも出来ない。とりあえず電車に乗ってから考えよう。それまでに髪が濡れるくらいになってなければいいんだけどな。
「…さむ」
小さく呟いて、開いたドアに足を掛ける。
…雪のせいなのかな。世界がとても静かな気がする。
適当に席を選んで座って一息つく。
電車の中には意外と人が多いけど、雪だから仕方がないのかもしれない。
徒歩も自転車も使えないからね、と自分で納得。
眠そうなおばさんや疲れたような小学生。いろんな人がいるけど、それが当り前な場所。
駅を過ぎるごとに増えていく人、減っていく人。
なんとなく存在感のない人たちを見ているのもなんだし、結局私はぼんやり窓の外を見ていることにした。
飛び去っていく風景。灰色の景色。混ざり合って、全部が不思議な色彩になる。
こういうのも、嫌いじゃないなあ。
そんな事を思って、ふふ、と軽く笑う。
降りる駅までは結構ある。ゆっくり座っていようかな。
うんうん、と一人頷いて、目を閉じる。
少し寝ていよう。そのくらいの時間はあるよね。
目が覚めた瞬間目に飛び込んできた駅名の看板を見て、私はぎょっとして鞄を手にする。
―――降りなきゃ。
その思いと共に衝動的に席を立って、ホームへと歩いていった。
外の世界では雪が止んでいる。
…あれ、私、何で降りたんだろう?
他に誰も降りる人のいないホームで、私は眼を瞬かせた。
ここ、乗り換え駅でも何でもない。小さな駅で、あんまり人の出入りもない。
なのに私、どうして…?
困惑して辺りを見回す。いつの間にか電車は姿を消していて、代わりに壁際に駅員さんらしい人影が立っていた。
あれ?…さっき、この人、いたっけ?
彼もまた、私を認めて小さく笑った。
「おやお嬢さん、下車されたんですか」
青いマフラーが風に靡く。
それに何となく薄ら寒いものを感じるような…
…ううん、これはきっと風のせい。
心の中で首を振る。そんなドラマチックな事を考えるなんて、私、どうかしてるのかな?
雪が舞うほどの気温だもの、寒くて当たり前よ。
温かそうな格好をした青い髪の駅員は、妙に温度のない、それでも優しい笑顔で首を傾げた。
「しかしよく下車されましたね。危ないところでした」
「え?」
何を言っているのか分からなくて、私は疑問符を浮かべる。
その反応を見て、彼は少し驚いたように眉を上げた。
「おや、意識的にではなかったのですか。では余程勘の良い方か運の良い方か…どちらにしろ、滅多に見ないようなお嬢さんだ」
「勘…運?」
「はい。これをご覧下さい」
示されたのは、駅のホームに掛かっていた路線図。ほとんどの駅名は、何故かぼんやりしていて読み取れない。
違う、読み取れるんだけど記憶に残らない。認識できないんだ。
ぞわ、と背が粟立つ。
やっぱりここ、おかしい―――
そう感じた瞬間。
溶けた。
「!?」
なにこれ!?
叫びたくなる気持ちを堪えて、私はその変化をしっかりと目で捕らえる。
ある駅から先、全体の五分の一くらいの駅名が…まるで泥でできたインクに水をかけて擦ったみたいに、どろり、と溶けた。
黒い染みが広がっていく。
溶けて滲んで広がって薄まって、でもその色は真っ白い紙の上からけして消えることはない。
嫌だ。
私は指先が冷たくなっていくのを感じた。
雪のせいじゃない。風のせいでもない。
これ、嫌だ。
なんだか、そう、凄く不吉な感じがする。
「なに、これ…」
思わず呟く。
別に返事を期待していたわけではないけど、駅員さんは律義に答えてくれた。
「見たままです…とはいきませんかね。まあでも、お分かりなのでは?」
分かる訳ない―――…
そう言おうとして、声に出す前に言葉を飲み込む。
もう一度その不気味な染みを見つめる。
じわじわ、染みと同じような速度で私の頭に広がって染み渡る、冷たい理解。
もしかしたら、私は分かっているのかもしれない。
見知っていた、とか、理詰めで考えた訳じゃない。本能で気付いていたんだと思う。
ただ、それはモチーフとしては余りに陳腐過ぎたから、現実―――今の私と結び付けられなかっただけ。
だって…それこそありきたりじゃない。
ぎゅ、と強張った指先を握り込む。
―――死に向かう列車、なんて。
「ごく稀にいるんですよ、お嬢さんのように途中で気付かれる方が」
青い髪と青いマフラーが風に舞う。
無色の世界に無色の笑み。それは溶け合って曖昧に形をなくしていく。
私は慌てて辺りを見た。
「か、帰らせて!出口は何処!?」
「ここからは出られませんよ」
「嘘!」
「嘘ではないのですが」
駅員さんは首を傾げる。
―――違う、彼がただの駅員なんかじゃないって事には、本当はもう気付いている。
その白い手袋に包まれた手には、きっと体温はない。寧ろ「それ」が何食わぬ顔で人の姿と人の言葉を装っているのは、酷く不気味な事のような気がした。
私の恐怖に気付いているのかいないのか、彼は当たり前のように笑顔で首を振る。
「もっと前の駅に戻らないと、まず無理ですね。それに、戻ったところで出られるかも分かりませんし」
「そんな…」
嘘、と断じたくて、私は走ってホームの端に向かう。
窓の外に広がるのは地上の風景。といっても、線路が高架だったのか地上は少し下に見える。
でもそれだけ。積もった雪は融けているけど、ごく普通の雪の後の街並み。
そこでふと、私はおかしなことに気付いた。
人の気配が、全くない。
道路だけじゃない、家にも全く光が点いていない。曇り空の下だから良く分かる。
温もりを感じない、偽物の世界。
…嫌!
心の中でそう叫んだ瞬間、足元が滑った。
ぽかん、と眼を見開いた私の前で世界が反回転する。
柵が、無かった。
私は高所にある駅のホームから足を滑らせて―――…
「それではお嬢さん、また後ほどお会いしましょう」
優しい声。
場違いにも、掛けられたのはその言葉だけだった。
それだけ。私はバランスを崩しながら、それでも一瞬だけ彼を振り返った。
…そう、当たり前のこと。彼は決して私達に関わろうとはしない。
だって、どうでもいいんだから。
きっと、彼と何万年話していたって、その心に同情や連帯感が浮かぶことはないんだろう。
その死滅した感情。
それは例えるなら、不毛の荒野に似ている。
生きた気配が何も無い、それでも知らん顔でそこにある無情の大地。
ただ、問題はそこではなくて…
私は、心の中に一気に恐怖が押し寄せてくるのを感じた。
―――ああ、なんて、恐ろしい。
そして、絶望的なまでの浮遊感。
落ちる―――――……!
「いやあ……っ!」
「ミク!」
「―――っ!?」
ぱち、と目を開けた先には―――暗闇が広がっていた。
な…に!?ここはどこ!?私、どうなったの!?
私は瞬間的にパニックに陥る。
「あ、ああ、あああああ」
「しっかりして、ミク!」
はっ、とその声に気付く。私を呼ぶ、聞き慣れた声。
恐慌状態になりながらも横を向き、そこに大切な姿を見つけた。
「…クオ…!」
無我夢中でその温もりにしがみつく。
肌から伝わる鼓動の感覚。血の熱さ。
私はそれを確かめたくて、必死にその体に顔を押し当てた。クオの動揺が伝わるけれど、ごめんなさい。今は何も言いたくない。
怖かった。
あの世界には温度がなかった。そしてただ、無音だった。
駅員の人はいろいろ話をしてくれたけど、あの世界では彼の言葉は音には入らなかったんだと思う。だって彼は、いわば世界の一部だったんだから。
温度もない、音もない、選択肢もない、そんな場所。夢だと分かっているのに、単なる夢で終わる場所じゃなかったんだと私の中にいる本能が告げている。多分、動悸がおさまらないのはそのせいだと思う。
行きたくない。
二度と行きたくない、あそこには。
何が怖いといって、あの場所には本当に怖いものが何一つなかったのが怖かった。不気味だけど穏やかでぬるい温もりがあって、けして居心地は悪くなかった。
でもあれはきっと、麻酔を深くかけるのと同じなんだ。
深すぎる麻酔は延髄の呼吸中枢を麻痺させ、患者を死にいたらしめる。それと同じ。途中までは痛みなんて感じなくても、そこに確かに存在する戻れない一線を越えたら全てが終わってしまう。
『それではお嬢さん、また後ほどお会いしましょう』
穏やかで優しくすらあった、あの声が蘇る。
同時に、最後に垣間見えた穏やかな笑みが思い出された。
ぶわ、と広がる鳥肌。
―――最期の旅は、急行で済ませてしまいたい。
「…ミク、どうしたの」
「…怖い夢、見ただけ…」
あの何もない場所で穏やかに笑う彼にだけは、二度と会いたくなかった。
理由なんてない。
でも、次に会ったら。
次に会ったら―――…
あの笑顔の下に隠された感情を、読み取ってしまいそうだから。
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歌唱: 初音ミク×巡音ルカ×鏡音リン
映像: 檀上大空
BPM: 200
※絵文字なし歌詞
オリジナル(絵文字あり)はこちら↓
https://docs.google....おきゅインカ帝国! - Shu feat. 初音ミク×巡音ルカ×鏡音リン
Shu
ゼロトーキング / はるまきごはんfeat.初音ミク
4/4 BPM133
もう、着いたのね
正面あたりで待ってるわ
ええ、楽しみよ
あなたの声が聞けるなんて
背、伸びてるね
知らないリングがお似合いね
ええ、感情論者の
言葉はすっかり意味ないもんね...ゼロトーキング(Lyrics)
はるまきごはん
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