再びあの鉄の箱に揺られ早一分。
 この技術研究連の最深部である地下二階に到達したことをエレベーターのベルが知らせた。
 慎重にエレベーターから顔を出す。
 そこは幅広い空間で、突き当りには大きな食堂が見られる。
 レーダーを見るとここに勤務する者の居住区らしく幾つもの小部屋が並んでいる。
 外見的にも研究施設のような堅苦しくて無機質なものではなく、人が暮らすのに丁度よい雰囲気をしている。
 恐らくここには研究施設の類はないから、一直線に所長の囚われている所長室へ突き進めばいい。
 だが、このフロアにはまだ数人の兵士が巡回を続けている。
 通路の角に身を隠し、出方を伺っていると、無線のアラームが鳴り少佐に呼び出された。
 『デル。地下二階に到着したようだな。』
 「ここに所長が囚われている?」
 『ああ、こちらでは所長の居場所を予測済みだ。そんなに広大なエリアではないから、すぐにたどり着けるはずだ。』
 「そういえば、地下一階に残しておいた網走博貴と、彼と一緒にいたもう一人の生存者はどうなった?」
 『君がエレベーターで降りている途中に、シックスが連れて行ってくれた。彼らのことはもう安心だ。』
 「そうか・・・・・・。」
 あとは、所長を無事にここから連れ出せばよいということか。
 お願いだから例の怪死だけはやめてほしい。
 『任務達成はもう間近だ。最後まで気を抜かないでくれ。』
 「分かっている。」
 『よし。とりあえずそこから奥へ突き進み、所長室に向かうんだ。』
 「了解。」
 無線を追え、俺は早速行動を開始した。
 それほど長くない通路の中に、兵士が一人。
 自分の持ち場を一人で監視しようと視線を張り巡らせている。
 足音を立てず、俺は兵士の死角を通り過ぎた。
 すり抜けるとき、俺と兵士の距離は、一メートル。
 特に身を隠す場所がない場合は、敵を無力化するよりも、気配を悟られずに視界を通り過ぎたほうがいい。
 誰にも見られず、聞こえず、知られない。
 それが工作員のルールだ。
 兵士をやり過ごしたあと、俺はあの通路を迂回するために食堂に足を踏み入れた。
 そこまで広くなく、奥に調理場も見える。 
 その上敵兵もいない。
 並べられたテーブルを見渡していくと、その中の一つに、ある雑誌が置かれていることに気付いた。
 あの本なら見たことがある。確か週刊ブレイクというニュース誌だったか。
 手にとって見るとその表紙は見覚えのある黒いツインテールの少女が飾っていた。
 これは・・・・・・。
 間違いない。FA-1だ。
 何故こんな男性誌に彼女が載っているのだろうか。
 誌面をめくると大きな活字体が目立った。
 「期待の新鋭ボーカロイド雑音ミク。亞北ネルの活動再開を機に新ユニット、Buddy結成・・・・・・大人気新曲を続々発表・・・・・。」
 どういうことなんだ・・・・・・。
 彼女がボーカロイド?
 ボーカロイドなら、俺も前に耳にしたことがあった。
 クリプトンが自社のパフォーマンスとして製造した、歌唱用アンドロイドだが、人間と見分けのつかない姿をして一般のミュージシャンとして活躍しているらしい。俺も彼らの曲は聴いたことはないが、初音ミクや、鏡音なんとかなど、それくらいは聞いたことはある。
 だがFA-1、彼女は全く別物のはずだ。
 確かに、あれは人間と同じ姿をしていたが・・・・・・。
 「誰かいるのか?」 
 後ろから声がかけられ、俺は反射的にテーブルの下に身を潜めた。
 任務中に雑誌など読んでいる場合じゃなかった。
 足音が廊下から食堂まで進入し、テーブルの間を通り抜けていく。
 こういう場合は、このまま兵士が去るのを待つか、背後を向けたところを狙って一気に絞め落とすかのどちらかだ。
 「おぉ!」 
 何かを発見したかのようなその声に、一瞬鳥肌が立った。 
 その兵士は早足で俺が隠れているテーブルまで接近し、兵士の足が目の前で止まった。  
 「こ・・・・・・この本はッ!!」
 感動的な声でそう言うと、兵士は座席に座り、雑誌のページをめくり始めた。
 「おおおハクちゃんだ!」
 こ、この兵士は・・・・・・。
 俺は静かにテーブルの下から這い上がったが、兵士は週刊ブレイクの誌面に掲載されたグラビアモデル、いやボーカロイド、弱音ハクの刺激的な写真に釘付けになっており、俺がすぐ隣にいるというのに気付きもしない。 
 俺は半ば呆れて食堂を後にした。
 
 
 「おい。お前何やってるんだ。」
 「あ・・・・・・その、つい。」 
 「お、その本、俺にも読ませろ!!」 
 「おおおハクちゃんだ!!」(×2)
 
 
 食堂を抜け、一つ扉を抜けると居住区へ侵入した。
 レーダーを見ると、この先階段を下りて少し抜けた場所に所長が囚われている部屋がある。 
 もしかするとまたコンクリートで塗り固められている場合がある。
 今度はそう都合よくダクトが見つかるとは限らない。
 かといってこの施設内でニキータをブッ放したらどうなるか。
 言うまでもなく、レーダーはノイズに塗りつぶされサイレンが鳴り響き、俺の元へ完全武装した応援部隊が来るに違いない。
 では、どうするか・・・・・・。
 考えている間に徐々に空間は狭まっていき、俺は小さな階段を駆け下りていった。
 そこから先は、今までに来た道とはまるで別空間だった。
 蛍光灯ではなく、柔らかい肌色の間接照明が、大理石の床を輝かせている。
 壁は木目鮮やかな木材が使われており、研究所というよりも、ホテルや美術館と言われたほうが納得できる。
 俺は、一瞬この施設にいるということを忘れていた。
 この空間には、会議室の類があるに違いない。恐らく所長室も。
 細い一本道を抜け、角を曲がると、目の前にはアンティーク調の扉がそびえていた。
 だが・・・・・・。
 俺は足元から凄まじい電磁波を感じ、視線を下ろした。   
 所長室とプレートがつけられた扉の下には、そこまでに至る通路全体を覆い尽く装置が絨毯のように敷き詰められていた。
 「これは・・・・・・。」
 そのとき、無線アームが鳴り響いた。
 だが、その無線は仲間が通信するものとは違い、送信先が分からなかった。
 「誰だ?バースト通信ではないな。」
 『聞こえるか・・・・・・。』
 その声は少女のものだったが、どこか大人しく凛としていて、語尾までしっかりとした発音だった。
 なにより、どこかで聞いたような・・・・・・。
 「お前は?!」
 『さっきはごめん・・・・・・わたしは気がおかしくなっていた。本当にごめん・・・・・。』
 「FA-1か!!」
 『・・・・・・デル。君の前には、電気の通っている床がある。一歩でも踏んでしまうとひとたまりもない。』
 「何か策があるというのか。」
 『ああ。その床に、電気を送っている機械がある。それを壊すんだ。』
 「配電盤か?」
 『そうだ。』
 「それはどこにある?」 
 『今君がいる場所の近くに、配電盤がある部屋がある。でも配電盤のある部屋は、自動扉が壊れてしまって入れないんだ。』
 「じゃあどうしろと?」
 『君をわたしから助けた、あの人から貰ったものがあるだろう。それを使うんだ。』
 彼女が言っているのは、シックスの部下から手渡されたニキータのことか。
 『配電盤のある部屋にはダクトが通ってる。だから、別の部屋から君の持っているミサイルを操って、配電盤まで送り込むんだ。』
 「分かった。例を言う。」
 すると、無線は彼女から途絶えた。
 なるほど・・・・・・そういうことだったのか。
 シックスの部下が、俺にニキータを手渡した理由。 
 それはこれのためだったのか。
 ようやくこのニキータの意味を理解し、納得することが出来た。
 俺はニキータをバックパック取り出すと、適当な部屋を見つけ、そして足元近くにあるダクトに向け、ニキータの発射準備を開始した。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

SUCCESSORs OF JIHAD 第二十七話「通告」

至高の陽動アイテム、雑誌!敵を誘い出すにはコレだ!
至高のキーアイテム、ニキータ!配電盤を壊すにはコレだ!

元ネタ分かる人、挙手。


「週刊ブレイク」【架空】
雑誌や専門誌を出版している玄読書店より、毎週水曜日に発売される週刊誌。
内容は、主にニュース、特集、コラムやグラビアアイドルの写真等で構成されている。
クリプトンが運営している民間総合メディアセンター「ピアプロ」との連携で、ボーカロイド関連の記事が多く、広告や特集のモデルはほぼMEIKOや弱音ハクが務めており、時には彼女達がグラビアアイドルとして誌面を飾ることもある。 

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投稿日:2009/07/04 23:30:09

文字数:3,291文字

カテゴリ:小説

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