それは、よく有る貴族の小さな集まりでのこと。
まだ若い貴族の令嬢、サリアは金目のものに目が無かった。
実際、綺麗な物や美しい者が大好きだ。
今日も宝石の飾りが付いた髪飾りをつけている。
(はあ、緊張する...)
内心、ドキドキしながら、椅子に腰掛けていると、サリアと同じくらいの若い女性貴族2人が声を掛けてきた。
「まぁ!綺麗な髪飾り」
「本当、よくお似合いですわ」
「ありがとうございます。私も気に入っておりますの」
自分の好きな物を褒められ、サリアは父に感謝した。
サリアの父は元々、大商人の出身だ。
金目のもので成り上がった。
おかげでサリアは男には困っているが、金に困った事は無い。
3人でテーブルを挟んで談笑していると、貴族の1人が言った。
「そういえば、こんな話、御存知?」
「どんなお話ですの?」
「何でも王立美術館に所属してる、画家のミュゼ様が、それはそれは美しい、天上の雫を持っているのだとか」
それだけでサリアの気をひくには充分だった。
集まりが終わり、急いで帰路につくとサリアは父の部屋のドアをノックもせずにあけ放った。
「どうしたんだ、サリア?そんなに血相を変えて...。今日の集まりで何か有ったのか?」
「どうしたもこうしたも、お父様、私、今度開かれる第1皇女様の誕生日パーティーに参加致しますわ!」
「おお...ついに、その気になってくれたか。今まで王立主催のパーティーに参加しろ。と言っても、やれ人が多いだの、私には早過ぎると言っていたお前が...」
父は嬉し泣きをしている。
よもや、自分の娘が宝石目当てで出席するとも知らずに。
かくして、サリアは初めて王立主催のパーティーに参加することになった。
当日。
(ミュゼ様は何処かしら?)
人は多いには多いが、その殆どの貴族が第1皇女目当ての為、サリアに声を掛けてくる者は居なかった。
サリアは王立美術館で見たことのある、ミュゼの自画像を頼りに彼女の姿を探す。
と、程なくして、自画像そっくりの女性が目に入った。
サリアは、よそ行きの声を出した。
「ミュゼ様、ご機嫌よう」
「?貴女は?」
「はい、私、サリアと申します。実はミュゼ様が、お持ちの天上の雫に興味がありまして...」
天上の雫と言う単語を耳にした途端、ミュゼの表情が、つまらなそうになった。
またか。とでもいいたそうな顔だ。
雲行きの悪さを察したサリアは父に甘えることにした。
「天上の雫を譲って下さるのなら、お金に糸目はつけませんわ」
「悪いけど、天上の雫を譲る気にはならないわ。近い将来、あの宝石は王立美術館に展示することになってるから」
それだけ言うとミュゼはサリアに関心を無くした様に去っていく。
サリアは内心、焦った。
天上の雫が王立美術館に展示されたら、手に入れる事は不可能だ。
(どうしましょう...そうだわ)
サリアは考えた末に会場をそっと抜け出した。
城の中にある、ミュゼの私室に忍びこみ、あわよくば天上の雫を奪ってしまおうと思ったのだ。
幸い、パーティーの警護で、薄暗い廊下はほとんど近衛兵がいない状態だ。
サリアは長い廊下を1人、なるべく足音を立てない様に進んで行く。
(確かミュゼ様の私室は...)
考えながら歩いて、角まで来たとき。
「キャッ!」
何かにぶつかったサリアは、その拍子に転んでしまう。
「大丈夫か?」
サリアの頭上から、ぶつかった者の低い声がする。
見上げると、盗賊の様だ。
サリアに手を差し伸べているところを見ると、そんなに悪い人間ではなさそうだ。
初対面の相手を信用するのは危険だが、サリアは素直に手を握った。
男性の強い力で、サリアの身体は、アッサリと立ち上がる。
「ありがとうございます」
「礼なんざ要らないぜ。かわい子ちゃん。今度デートしてくれるならな」
随分、軽い男性だ。
サリアは内心、少し警戒して、その場を立ち去ろうとした。
その時。
「待てぇー!盗人ー!」
「やっべ、追い付かれる。逃げるぞ、かわい子ちゃん!」
「えっ?!な、何で私までー...」
男性に腕を掴まれ、引っ張られる形でサリアは走り出した。
途中、ヒールが両方共脱げ、男性と2人、誰もいない個室に入る。
「ちょっと!」
「しっ!隠れようぜ」
男性は、そういうとサリアをベッドの下に入れ自分も後から入ってきた。
初対面の異性と身体を密着されなくてはならない事態に文句の1つも言いたくなるサリアだったが、今、声を出すと追っ手に見つかりそうで大人しく静かに隠れていた。
「どこに逃げた?!」
「まだ遠くには行ってない筈だ。追え!」
バラバラと多くの足音が近付いてきて、遠のいていく。
どうやら、上手くまけた様だ。
サリアと男性は、匍匐前進でベッドの下から這い出した。
「貴方、何しでかしたの?」
「俺はブラッド。見ての通り、イケメン盗賊さ」
普通、自分でイケメンなんて言うだろうか。
盗賊と言うことは、何かを盗んだところを見つかって追われていたのだろう。
それって、まさか...?
「貴方も天上の雫を狙っているの?」
「その通りだぜ、かわい子ちゃん。だが、ミュゼの私室を漁ったが、出てきたのは、これだけだった。やるよ。俺は直に天上の雫を手に入れる。それが在れば、交渉の類には使えるだろ。まぁ、せいぜい頑張れよ。じゃあな、かわい子ちゃん。今度、デートしようぜ」
それだけ言うとブラッドは窓を開け、外に飛び出した。
「ちょっと?!ここ、4階...!」
サリアは慌てて下を覗く。
すると、階下の中庭にブラッドらしき人影が走り去っていくのが見えた。
「はあー」
溜息をついたサリアはブラッドから渡されたものを見る。
絵筆だ。
『まぁ、せいぜい頑張りな』
ブラッドの声が頭の中を反芻した。
翌日。
サリアは絵筆のおかげで、ミュゼとの謁見を許された。
しかし、絵筆を返されたミュゼは言った。
「サリアさん、と言ったかしら。残念ですこと、天上の雫は、ついさっき、王立美術館に持って行ってもらったわ。悪いけど、国王直々の御命令でも有るから。悪しからず」
サリアは絶望した。
しかし、サリアは諦めなかった。
国王の命令ならばと直談判で、王立美術館ごと買い取ると言ったのだ。
国王は美術館は王立だから、買い取れないが、サリアの大胆さを気に入り、彼女を王立美術館の館長に任命したのだ。
(やったわ、ブラッド)
自室で何故かブラッドを思い出していたサリアは、流石に目の前に彼が忍び込んできた時は悲鳴をあげそうになった。
「聞いたぜ、かわい子ちゃん。王立美術館の館長になることで、天上の雫を手に入れたんだってな。そこで、相談なんだが...」
続くブラッドの提案にサリアは口の端を釣り上げた。
翌日。
ブラッドが王立美術館から天上の雫を盗み出したと、上流社会中に知れ渡った。
「うっ、うっ、何て事でしょう...!」
大粒の涙を流し、慟哭するサリア。
ある者はサリアに同情し、また、ある者はブラッドから、天上の雫を譲って貰えないかと画策
した。
そんな折、ブラッドから、貴族たちへと挑戦状が届いた。
自分の暗号から、天上の雫の在り処を突き止めた者に、それを譲ると言うのだ。
貴族たちは、自分たちの名にかけて天上の雫を手に入れようと色めきたった。
アーロンと言う名の男性貴族はブラッドの暗号をアッサリ解くと隠されていた天上の雫を手に取った。
そこへブラッドが現れる。
「あんたには、その偽物が似合ってるぜ、おっさん」
「やはり、これは偽物でしたか。まぁ、良いでしょう。此方も楽しませて頂きましたからね」
それだけ言うとアーロンは去って行く。
彼と入れ違いに暗号を解いた貴族たちが、続々とやってくる中、ブラッドは、何処か哀しげにその様子を眺めていた。
後日。
サリアの自室で暫く匿われることになったブラッドに本物の天上の雫を愛でながらサリアは言った。
「なかなか面白い余興だったわ」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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天上の雫

世界に1つしか無い天上の雫と言う宝石を巡り繰り広げられる人間のドラマ

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投稿日:2017/07/09 19:15:21

文字数:3,372文字

カテゴリ:小説

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