7月4日

 クリプトン学園中等部では期末考査真っ最中で、生徒は皆頭を抱えているが、下旬に始まる中体連の準備に追われている生徒たちは、もっと頭を抱えている。勉強しなければ高等部への進学は難しくなるし、練習しなければ大会は後悔の大海だ。記録か、成績か。なかなか二兎を追うのは難しいものだ。
 そんな中、レンは割り切っていた。自分の学業成績が平々凡々たることは充分に自覚している。一方、練習中の200mは記録を狙える位置にまで来た。走りに懸けた方が良いに決まっているじゃないか。・・・ただ、ここのところはその記録が伸びていない。工夫が足りないのか、基本を忘れてしまっているのか、それとも限界なのか?キャンパスの真ん中に聳える、大好きな桜の巨木を取り囲むベンチのひとつに深めに腰掛け、両足をピンと伸ばして投げ出し、両手は左右それぞれの太もも外側のベンチの前端を掴んで、ぼんやりと思案していた。眼は前方のどこか一点を注視しているようではあったけれど、見るために見ているのではなかった。
 梅雨の合間の、暑いけれど爽やかな、木漏れ日たちがレンの足下で輪舞する、練習日和の午後二時。

「レン君」
左上後方からの、よく知っている声。
「めいこ先生…」
「ここ、いいかな」
めいこ先生はレンの左隣を指さした。
「どうぞ」
めいこ先生はレンから40cmほど間を空けて足を組んで腰掛け、肩に掛けていたトートバッグをレンとの間に置いた。
「大会、いつからだったっけ」
「…取りあえず、最初のは夏休みに入ったらすぐです。下旬…」
レンは訥々と答える。
「最初の?」
「はい。そのあと、夏休みの終わりにもう一つあって」
「なるほどぉ。取りあえず、の方があと3週間くらい」
「はい」
「優勝狙っているわけ?」
「いえ、順位とかは別に…」
「ふーん?」
「それよっか、記録の方を…何とか出したくて。それが…ちょっと、止まってしまってるというか…」
「そうなんだ?」
「あとコンマゼロ5…いや、ゼロ6縮めたいんですけど、…今は限界というか」
「今の君の記録って?」
「21秒41」
「ふーん?でも、君の年代って伸び盛りだから、あっという間に達成しちゃうでしょ、コンマゼロ6くらい」
「いえ、それはちょっと…」
随分と軽く言い切ってくれる人だ。記録もそんな風に軽く破れたら苦労しないさ。レンは少々あきれた。表情には出さないが。
「まあ、何かが足りないのは確かなのかもね」
「そうです。何かが足りない…練習量か、工夫か、…経験…」
「ミネラルとかね」
「…えっ?」
カラダの成分の方か?よくスポーツ番組とかで話題になることがあるけど、自分に関しては、正直そっちは考えてなかったな。そうか、栄養学とかは必要か…。正しいかどうかの疑問は残るにせよ、なんだか腑に落ちたものを感じたレンだった。

 めいこ先生がトートバッグの中をまさぐりながら話しかける。
「実はね~、さっきコンビニへ行ってミネラルウォーター買ってきたんだ。カナダのね、氷河から出来ているのよ。私のお気に入り。ほら、これ飲んで、足りないものを補って」
そう言うとめいこ先生はトートバッグから水の入った入れ物をレンに押しつけた。
「あ、ありが…あっ」
受け取ったレンが何かに気づいた。
「ほら~、コレ飲んだら記録達成なんてあっという間」
めいこ先生は脳天気にコマーシャルに励む。
レンは手にした入れ物をめいこ先生にかざしてみた。
「先生、これ」
めいこ先生は聞く耳持たぬ風で自分の分も取り出す。
「私の古里のね、井戸水みたいで、すっごい自然に体に染み渡っていくわよ~」
レンは声量を大きくしてみた。
「先生、これ」
レンに構わず入れ物のふたを開けるめいこ先生。
「おいしーわよー」
「先生!これ!」
めいこ先生が入れ物に口を付けたその瞬間、
「それはエチルアルコール15.5%、コハク酸、乳酸、コウジ酸…」
透き通るようなメゾソプラノの美声とともに白衣にくるまれた長くしなやかな腕がレンとめいこ先生の間に滑り込んできて、レンが持っていた入れ物を奪っていった。保健担当のハク先生だった。
「え?…きゃっ、何コレ!」
ようやく気づいためいこ先生は、あわてた拍子に持っていたコップ酒を放り上げてしまった。入っていた酒は飛び散り、そこら中に日本酒の匂いが漂いだした。
「はぁー、びっくりした。どうしてお酒の方を出しちゃったんだろう?」
自問するめいこ先生。
レンは明らかにあきれていた。
(ってか、なんで酒持って来てんだよ)
ハク先生が言葉を挟む。
「女教師がコップ酒片手に白昼堂々と少年をかどわかす…三流週刊誌にネタ提供ですか…」
めいこ先生は笑い顔を作って
「いやあ、失礼をいたしましたぁ。ついうっかり…」
言い逃れしようとしたが
「うっかりでは済みません…めいこさんのことだから…まだあるでしょ!お出しなさい!没収します!」
バッグを奪い取ろうと手を伸ばすハク先生。めいこ先生は慌ててハク先生の手を防ぎながら
「いやぁ、待ってまってぇ、もう二度と間違えませんからぁ」
哀願するめいこ先生を振り払おうとするハク先生。絡みつくめいこ先生。なんだかじゃれあっているように見える。いや、本当にじゃれあっているのかも知れないな、俺との話も忘れて…もう、ミネラルウォーターはいいや…
 レンはため息をついて立ち上がり、「走ってきます」とどちらに言うともなく呟いて、グラウンドへと駆け出した。

 入れ違いに、落ち着いた印象の紳士がベンチに近づいてきて、じゃれあっている風な二人の女教師に声をかけた。
「先生」
大人の男性の声にはっと我に返る二人。
「あっ、園長先生!」
思わず直立するめいこ先生、髪の乱れを直すハク先生。
園長は微笑んで、
「可愛いですね、お二人とも。来期はあなた方のような女性職員を大量採用しようかなって思っちゃいました」
「えっ、いやっ、そんな…」
答えに窮するめいこ先生と、うつむいて頬を紅潮させるばかりのハク先生。二人とも、先ほどのじゃれ合いで息が少しばかり乱れている。
園長は、飛び交ったコップ酒についてはあえて問わず、レンが走り去った方向を見やりながら、レンのことを話題にした。
「さっきまでここにいた少年は…」
めいこ先生は息を整えながら答える。
「ああ、はい、加賀峰蓮です。3年1組の」
「ああ、そうそう、レン君だったね。日本陸上界期待の星の」
「え?」
めいこ先生は少し驚いた。元々体育系には疎く、中体連の大会を規模の大きな校内体育祭程度にしか捉えていなかったからだ。一方、ハク先生の方はうつむいたまま黙って二人のやりとりを聴いていた。
「あの…彼って、…速いんでしょうか」
「おや、めいこ先生はご存じない?」
「はい…中体連に出るんだってことは存じておりますけど…」
「速いんですよ。200mの日本中学生記録まであとわずかだとコーチの先生が仰ってました。来月末の全国大会が楽しみです」
めいこ先生は更に驚いた様子で園長先生に質問した。
「えっ、日本記録?あっ、あのっ、日本中学生記録って…」
「21秒36」
「ええっ!?じゃ、じゃあ、彼は、あと…」
「はい。日本中学生新記録まで、あとコンマゼロ6」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

【小説 桜ファンタジア】 0.06

桜ファンタジア制作委員会というのがあって。。。
http://piapro.jp/a/content/?id=nxq2li06a3xwwxam

そこに参加して、petnokaは歌詞を担当させていただいているんですけど、歌詞ばかりではなくファンタジアの設定資料まで作ってしまって。
http://piapro.jp/a/content/?id=h3yv7v4kqyo0w4zl

その流れというか、勢いだけ(笑)でリンレンショートストーリー"ズ"を書いていこうと思っています。。。

コレはその第一弾。
日記形式っぽく書いていって、リンレンの卒業式で完結できれば、
コラボ作品【桜ファンタジア】も完結できるかな…

お暇でしたらば笑って読んでやってください <(_ _)>
あっ、できましたら先に設定資料をお読みになっていただいてから。

閲覧数:761

投稿日:2008/02/21 11:43:00

文字数:2,972文字

カテゴリ:小説

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  • petnoka

    petnoka

    ご意見・ご感想

    お読みいただき感謝申し上げます <(__)>

    >レン君可愛い…レン君可愛い…と画面の前でたいそう気持ち悪いことになっているとりの自重…。
    表現の自由な国のはずですから、どうぞご自分の精神を解放なさって(笑)

    >ハク姐さんがめいこ先生に対して強気なのが意外でしたぜー。
    petnokaの中の姉様は、「邪」に対しては強そうです(^^)

    2008/02/24 09:50:51

  • 鳥野ささみ

    鳥野ささみ

    ご意見・ご感想

    小説版ktkr!
    とニコニコしながら拝読させていただきました。
    レン君可愛い…レン君可愛い…と画面の前でたいそう気持ち悪いことになっているとりの自重…。
    ハク姐さんがめいこ先生に対して強気なのが意外でしたぜー。
    続きもニコニコ待っていたいと思いますー。

    2008/02/21 13:20:05

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