■『エネと終末実験開始』 8月14日 『実験都市』内 11:20。

 このフラスコの底にあるような都市で暮らし始めたのはいつからだったろう。
 今から丁度、一年前位だったような気がする。
 その頃には、私の中にもおぼろげながら『疑問』がいくつか漂っていたように想う。
 例えば、最も身近な所では、私の『父親』と『母親』、つまり、私の『家族』は一体誰だったのかという事がまるで想い出せない事だ。
 更にはこの『都市』で生活する中で、何度も何度も、『あれ、私の暮らしていた所はこんな場所だったっけ?』と首を傾げる事が多かった。
 しかし、そんな『都市』には普通に『学校』があり、『病院』があり、『教会』がある。ゲームショップもCDショップも本屋も小さな映画館もある。
 三ヶ月も暮らせば、私にも『ユノ』と『マグ』という親しい友人が出来た。
 だから案外、この何か薄っぺらい『都市』の生活に欺瞞を感じながら、私はそれに馴染んでいて。
 この環境が最早当たり前なのだ、と享受していた。この『赤い目』もいつしか当たり前と受け入れた。

 8月と言えば私のような花の女子高生たちに取ってみれば、全国的に『夏休み』である(私たちの都市には一つずつしか、小学校、中学校、高校、大学がない事は取り敢えず脇に置いておく)。
 私は8月もとうとう明日で半ばになってしまう事を嘆きながら、やりかけの参考書を机の上にほっぽり出し、ソファーの上にうつ伏せに寝そべって、今やそのバージョンがとうとう『100』を越えた、日本では伝説と化している国民的龍種狩猟ゲームで遊んでいた。
 ユノはアクションが駄目なのでこのゲームはプレイしていない。なので私は、マグと一緒にネット通信で『飛龍』を狩って遊んでいた。
 私は『静かな環境』というのが苦手なタイプで、少々人が集まっていてざわざわと音を立てている環境の方が落ち着く。
 ゲームのボリュームも心なし大きめにしているのだが、それだけだと何となく頼りないので、テレビの上に置かれた年代物のラジオで、今はニュースを流していた。
 『飛龍』にそろそろトドメを刺してやろうか、と想った段階で、唐突にゲームのネットワークが切断され、同時に画面もフリーズしてしまった。
「おいおい、何だよ、これー」
 不貞腐れて呟きつつ、携帯ゲーム機を一旦スリープさせる。
 すると、今まではBGMに過ぎなかったラジオが、私の耳に飛び込んできた。
 慌てたようなアナウンサーの声。
「米国大統領によりますと、各国が今まで保ってきた小康状態を一気に緊張状態に陥らせ……。
 すいません、現地から中継! 同時通訳入ります!」
「『我々はとんでもない誤ちを犯してしまった……米国軍事の最先端兵器を取り扱う機関がつい一時間程前にハッキングを受け、我々は完全にコントロールを失った』。
 『核兵器が世界各国に照準され、その中には日本も含まれている……大国はこれを米国の宣戦布告と判断し、更に核兵器が米国に向けられた』。
 『情報が錯綜し、混乱を生み、現在では貧国すらも配備している粗悪な核兵器が今や全世界余す事なく、その照準を終えている』。
 『私は後悔している……この立場にいながら、止める事が出来なかった事を……』。
 『端的に言おう。核兵器は……(同時通訳者の翻訳)……日本時刻で今日の12時です! ……発射される。ハッカーたちの目的は不明だが、この情報は全世界のネットに流布された』。
 『(日本時刻で今日の12時に)世界は終了する。地球は……滅ぶ』」
 すぐにラジオはノイズを撒き散らし何も聞こえなくなった。
 私は「おい!」と叫びつつ、『思考停止』状態のまんま、何度も殴ったり、ダイヤルを回してみるものの、ラジオが吐き出すのはノイズばかりだ。
 ラジオを呆然と見つめる私の頭に最初に浮かんだのは、『どんな陰謀論だ』だった。そして実際に呟いた。
「核兵器? 全世界に照準? おいおい、今日はエイプリルフールじゃないんだぞ……」
 私は玄関から顔を出してみた。すると、周囲のざわめきが段々と大きくなってくるのが聞こえる。
「マジかよ……」
 そして、トドメのように、都市内の放送が鳴る。
『皆さん、落ち着いて行動して下さい。この『都市内』には安全に退避頂ける設備が御座いません。まず慌てずに『都市外』に避難して下さい。そこでは『人数分の核シェルター』をご用意出来ます』
 落ち着き払ったその声が、逆に『住人』たちの焦りを増させる。周囲のざわめきのボリュームが一気に上がる。
 私は取り敢えずこの状況に付いて友達と連絡し、話し合おうと考えた。このまま一人でいたとしたら、パニックに陥ってしまうだろう。
 しかし……。私はまた「嘘だろ……」と呟いた。呟かざるを得なかった。スマートフォンは圏外になっていた。しかし、一件だけ、メールを受信していた。
 『マグ』か……?! と想いながらメールを開くも、全く知らないアドレスからの物だった。アドレスの一部に『shirohata』を含んでいる。そのメールには添付ファイルが付いていた。
 私は落ち着かない気持ちのまま、その添付ファイルを開く。タイトル不明の音楽ファイルだった。周囲のざわめきは最早家に居ても耐えられない物になっていた。
 私はスマートフォンとお気に入りのヘッドフォンを繋ぎ、その正体不明の音楽ファイルの再生ボタンを押しつつ、ヘッドフォンを耳元に当てた。
「はーい。終末の気分はいかが?」
 幻聴か? 明らかに何か気持ちの悪い女の声が聞こえたような気がするんだが……。
「待て待て待て……私が再生したのは音楽ファイルの筈だ……」
「音楽ファイルに偽装した、通信ソフトよ」
「じゃあ……お前は何者なんだ?」
「『地獄に垂らされた蜘蛛の糸』って所かしら」
「?」
「私の声で、何かを想い出さない?」
 実の所、その声に非常に違和感を感じる原因には薄々勘付いていた。『自分の声』という物は、自分では内側からの振動も加味して『聞こえる』物なので、単純に『外側の振動』のみとして聞こえる『相手に聞こえる』自分の声と『自分自身が把握している』自分の声にはかなり差異があったりする。
 以前、カラオケでマグが私の声を勝手に録音して、再生した『私の声』には異常な違和感があった。このヘッドフォンの声の主の声はまるでその時の……。
「ようやく気付いたね」
 ガラリと声の調子が変わる。
「おい、いきなり雰囲気が変わったんだが」
「まあ、今までのはチュートリアルだから。こっちが私の地だから」
(あの気持ち悪いキャラは演技だったのか……)と私は内心想わずにはいられなかった物の、あんなラメ入りの声をずっと聞いてたら私の耳が腐る。まあ、その点は『良かったと思い込む』事にして……。
「お前さっき、蜘蛛の糸って言ったな。つまり、お前は『核シェルターのないこの都市という地獄』の中で、お前は何とかする方法を知ってるって事だな?」
「なかなか頭の回転が早い、と褒めてあげたいけれど。だけど、君はまず『この都市から出る方法』を知っているかい?」
「え……?」
 考えてみれば、いや、今までどうしてそんな事を思いつかなかったかすら分からない。
「確かに……私にはこの都市から出る方法が分からない……」
「君は第一段階をクリアした。この混乱状態で『正体不明』のメールを開き、かつ、『自分と同じ声』に気付いた時点でも『私を拒否』する事なく通信を続けている。
 ……だから、私は『丘の向こう』へと君の事を案内しよう」
「『丘の向こう』?」
「そこで……全ての虚偽は明かされ、君は『真実』を目にする。その時に君の『疑問』は解かれるだろう。

 ――さあ、急いで。世界の終わりまで、あと、25分しかないよ――」

 まあ、怪しいとは想った。正直、怪しすぎる。普段の私ならば、十秒で通信を切断していたに違いない。
 しかし、この『案内人』はこの『危機的状況下』でも冷静な声で会話をしている。それは私の今でも狂乱に陥りそうな精神を不思議と鎮めてくれた。彼女が『私と同じ声』である事を影響していたのかもしれない。まるで『自分と自分で会話』しているようだ。
 一番大きかったのは、私の思い切りの良さと悪運の強さかもしれない。何故か私は、テストの選択問題では勘で答えると正答し、傘を忘れた際に小雨の内に家でダッシュで帰り、家に着いた途端に豪雨が襲ってくる、というような、私にはそんな所があった。
(それが私に与えられた『特異性』だからな)
 あれ? 今、私は何を考えていた? 少しの間違和感が頭の中に蟠ったが、私はそれを忘却し、とにかく地面に足を叩きつけた。

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  • この作品を改変しないで下さい

カゲプロ想像小説。第2話。

 ヘッドフォンアクター

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投稿日:2013/12/17 17:09:29

文字数:3,572文字

カテゴリ:小説

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