小説版 Re:present パート8
満からのメールの返信が来た。
『大丈夫。何時?』
それに対して、あたしは正午に自宅の最寄り駅の改札口を指定した。満に合格祈願のお守りを手渡したあの場所だ。あれはあたしのプレゼントの一つ目。もう一つ、どうしても受け取って欲しいものがある。
数ヵ月後に、満が東京に行ってしまう前に。
あたしは満の合格を疑っていなかった。だって、満はいつでも夢を実現してきた人だから。これまでも、そしてこれからも。その夢を、あたしも一緒に追いかけたい。そう願うのはあたしの我儘なのだろうか。そう考えながら、あたしは自宅の窓を見上げた。降りしきる雪の札幌を眺めながら、あたしは満のことを考えた。
満のことを男性だと意識するようになったのはいつからだろう。
ずっと昔からの様な気もする。割と最近であるような気もする。でも、降りしきる雪のようにあたしの心の中に積もった想いの量は変わらない。
あたしは、世界で一番満のことが好きだ。
今日は一日、絶対に笑顔を崩さないと決めていた。思わず流した涙は昨日まで。今日だけは、満に笑顔だけを見ていてほしかった。泣くのは、家に帰ってからでもいい。あたし達が卒業して、あたしが満を見送るまでずっと笑顔で満を見ていたかった。鏡君の双子の妹がそうしたように。だって、あたし達はまるで兄妹の様に育った。血は繋がっていないけれど、もう双子みたいなものでしょ?
「おはよう、満!早かったね。」
だから、最寄駅の改札口、先に来ていた満に向かってあたしは笑顔でそう声をかけた。満の姿を見た瞬間、想いが決壊しそうになる。でも、あたしは耐えた。
「ああ。」
満は軽く頷いた。
「試験はどうだった?」
改札を通り、地下鉄を待つ間にあたしはそう訊ねた。
「上手くいったよ。みのりのお守りのおかげだな。」
「そう、良かった。」
一瞬湧きおこったあたしの嫌らしい想像を振り払うように、あたしはそう言った。浪人してくれればいいのに。そうしたら、あたしと一年長く一緒にいられる。それに、一年もあれば満の考えも変わるかもしれない。
それは、自分が嫌いになりそうなくらいに下劣な想像だった。単なるあたしの独占欲。そんな人間にしかなれないのなら、そもそもあたしは満にはふさわしくない。だから、あたしは話題を変えた。別に会話することなんて考えていない。ただ、満と話していると自然に会話が溢れてくる。満は時々呆れながらも、その会話についてきてくれる。その一瞬一瞬があたしにとって幸せだった。
雪まつりの会場は毎年大通公園と決まっていた。この季節にしては珍しく晴天に恵まれた大通公園に、満と二人で行くのはこれで三度目。そして、もしかしたらこれが最後。東京に行ってしまったら、こうして二人で歩くことも難しくなるだろうとあたしは考えて、僅かに身震いした。
「冷えたか?」
思わず胸の前で腕を組んだあたしに向かって、満はそう言った。少し心配するように、あたしを見ている。違うの。気温のせいじゃないの。
「大丈夫。それより、手、繋ぎたいな。」
あたしはそう言った。満と触れていたら、あたしの不安なんてまるで根雪が解けるように暖かく消え去ってしまうことはもう知っていたから。
「仕方ないな。」
満はそう言って、左手を差し出した。あたしはその左手に向かって、右手を預ける。守られているという安心感があたしの冷えた心を温めていく。そのまま二人で、並んだ雪像を眺めた。意匠を凝らした雪像はまるで芸術品だ。特に巨大なモニュメントは観る者を圧倒させる威力を持ってあたし達に迫る。白一色の像に過ぎないのに、まるでこちら側に飛び出してくるような迫力を持っているのだ。その様な巨大な雪像が五体程、更に大通公園を西側奥へと進んでゆくと市民団体や学生達が製作する等身大のモニュメントが現れる。まさに乱立している雪像は各々が気合を込めた作品に仕上がっていた。
あたし達の周囲では観光客が盛大にフラッシュを焚いていた。札幌市が一番観光客を集めるイベントということも納得できる。本州からだけではなく、海外からの観光客も多い。それがさっぽろ雪まつりなのだ。
だから、あたしは溢れそうな想いをこらえて、満と一緒に楽しもうと思った。やがて日が陰り、気温が急速に下がってゆく。いつの間にか降りだした雪を身体に受けながら、あたしはお別れの時間が近付いてきていることを否応なく実感した。
夜の雪像のライトアップはカラフルで、それが幻想的なまでに綺麗で、もしあたしがこんな心理状況じゃなければずっと、ずっと眺めているのだろうけれど、あたしは湧きおこる不安に押しつぶされそうになっていた。泣かないと決めたのに、泣きそうになっている。満と見る、最後の雪まつりだという実感があったから。手を握っているのに、満がどこか遠くへ行ってしまったような感覚にあたしは陥った。
そのまま、手を引かれるようにあたしは大通公園の交差点へとさしかかった。そして、満が口を開く。
「みのり、もう帰るか。」
もうそんな時間。思わず時計をみる。既に時刻は九時を回っていた。確かに、もう帰らなければならない時間だった。だけど、だけど。
「満、本当に東京に行ってしまうの?」
どうして、こんなことを聞くの。答えは分かっているのに。
「・・ああ。」
満は困ったような表情で、そう言った。
「そう・・だよね。満には夢が・・あるものね・・。」
そこまでだった。あたしの想いはとうとう決壊した。涙が、溢れる。笑顔でいたかったのに。満の前だけでは泣きたくなかったのに。あたしは記憶する限り、人生で初めて、満の目の前で泣いた。
「みのり。」
戸惑ったような声で、満がそう言った。分かっている。いいえ。分かっているつもりだった。あたしは全てを飲み込んで、我慢して、満を笑顔で東京に送り出すつもりだった。
でも、あたしには出来なかった。
「ずっと、一緒にいて欲しい。」
「そうしてあげたい。けれど・・。」
「分かっているわ。あたしの我儘だって。でも、あたし、やっぱり耐えられそうにない。」
だから、受け取って。あたしの想いを。
あたしからのプレゼントを、どうか、受け取ってください。
「満、あたし、満のことが世界で一番好きだよ。」
流した涙を拭うこともなく、あたしは満を見つめた。満は一つ頷いた。そして。
あたしは満に抱きしめられた。
背中に回された手。顔をうずめた満の胸。満の香り。満の体温。そして、満の言葉。
「俺も、お前が大好きだ。だから、必ず迎えに来る。それまで、少しの間待っていて。」
その言葉に包まれた瞬間、あたしの心は途端にほぐれて、満の中に解けて混じりあっていくような心地の良い気分に包まれた。だから、あたしはもう一度泣いた。
別れに対してなのか、それとも嬉しさからだったのか。それを理解することはできなかったけれど。
冷たいはずの雪が、優しく、そして暖かくあたし達二人を包んでいった。
小説版 Re:present ⑧
第八弾です。
次回が『Re:present』の最終話になります。
では、恒例の楽屋裏でも。
寺本満
『Re:present』を書くにあたって、主人公にふさわしい人間は誰か。そこから考察して選ばれたキャラクターです。この後に続く作品を書くにあたって、『Re:present』はどうしても前作『コンビニ』の登場人物から主人公を出したかった。藤田君は論外。藍原さんいるでしょ。沼田先輩は実家通いにしてしまった。(本当は沼田先輩で行く予定でしたが、曲調にある白い季節を表現するには東京では力不足だと判断し、札幌市を選択したので)鈴木は・・あの能天気なキャラじゃあ作品に合わないなと考え、唯一セリフが無かった(=キャラ設定が無かった)寺本君にスポットをあてることにしました。実際の北海道の人間は北海道から出たがらないので、相当の意志の強さを持つ人間に仕立て上げました。
渋谷みのり
作品のヒロインを設定するにあたって、幼馴染という設定が一番切なくなるなあ、と考えて登場してもらいました。書いている自分が胸が詰まりそうになるくらい、いい女性になりました。本当にありがとう。
山崎
このキャラは適当です。(ごめん)
寺本のバンドの相方として誰か登場させたかっただけなんです。
名前も適当でさ・・名前どうしようかと部屋を見渡した時、たまたま本棚に置いてあった『華麗なる一族』の作者である山崎豊子先生の名字が目に飛び込んできたので山崎に決定。(『華麗なる一族』と今回作品はまったくもって関係ありません。)本当に適当で済みません。
さっぽろ雪まつり
一度は名前くらい聞いたことがありますよね。
というか詳細はピアプロの開発者ブログをご覧くださいませ☆
仕事とお金の関係で札幌を離れて以来一度も訪れていません・・。
ミクの雪像見たかった~!
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