明るいね、とか。笑顔が可愛いね、とか。しっかりしてるね、とか。頭がいいね、とか。
よく言われる。自分で言ってしまうのもなんだが、間違ってはいないのだと思う。勿論褒めてもらって嬉しい。
頑固だね、とか。気が強いね、とか。負けず嫌いだね、とか。
一生懸命隠してるわけでもないんだけど、そんな面はあんまり見られなくて。
もっともっと、私の中には色んな私がいると思うんだけどな。
探してみても自分じゃ見つからなくて。
誰か、見つけてくれたりしないかな。
【クオミク】浅葱色に出会う春 2【オリジナル長編】
完全に思考停止状態になった私。
「――お前……場所移動するぞ」
数秒経って1番に口を開いたのは久宮くんだった。しかし、さすがの彼にとっても予想外の発言だったのだろう。若干掠れた、溜息交じりの声だった。
我に返った私の手首を優しく掴む。意外と手は大きめ(だが案の定女子のように綺麗)だ。同時に未玖緒くんの腕を力任せに引っ張って、ずんずんと人込みの中を歩き出した。そのまま今未玖緒くんがたった今入ってきた扉を出て中庭へ。
印刷室前には、何が起こったのか私達以上に理解できていない野次馬たちだけが残された。
それから数十秒後、私達3人は中庭のちょっとした広場に出てきた。生徒が自由に使用できる広場なので、ちらほらと休み時間を謳歌する人は見られる。
そんな人たちとは打って変わって苦々しい顔をする久宮くんに、とりあえずベンチに座るよう促される。腰を下ろして顔を上げると、そこには深々と頭を下げる久宮くんの姿。
「ほんっとにごめん! こいつ、いつも寝てばっかで、極端に周りに興味なくて……悪気は無いんだけど、さ」
「いや、あの気にしてないよ? びっくりはしたけど」
「お前も謝れよ!」と他では聞けないような強い口調で、恐らく1番今の状況を理解していないであろう未玖緒くんの頭をぐいっと下げる久宮くん。「いてててー」と到底痛いとは思っていないような声が聞こえた。
「大丈夫だって。ねっ、頭上げてよ。もう1度私が自己紹介すればいい話だし」
「花野井さんは全然悪くないよ、クオが――」
このままじゃ喧嘩が始まってしまいそうだ。ちょっと見てみたい気もするが、私は彼の言葉を遮るように立ち上がり、きょとんとしている未玖緒くんの前に一歩出た。次は自分から彼の目を見る。その本当に表情は変わらなくて、何を考えているか読み取れない。
「えーっと。花野井未来です」
「はな?」
「未玖緒くんと久宮くんと同じ1年2組の生徒で、」
「ん」
「席は未玖緒くんの隣ね」
「……んー?」
「久宮くんと一緒に学級委員もやってるよ」
「ミヤ、と」
「えー、思い出してくれた?」
「…………」
どうしよう、黙られてしまった。しかも何度か首を捻られてしまった。ノリで握手を求めようかと思ったがそんな空気じゃない。きっと彼は今、一生懸命記憶の箱をひっくり返して私のことを探してくれているはずだ。
次にどうしていいかわからず、私は涼しげな彼の顔を見据え続ける。やっと変わったと思った表情は、眉間に小さくシワを寄せてふわふわと視線を宙に浮かせているというものだった。
「ど、どうかな?」
「……。うん、だいじょっ」
「嘘つけ! 絶対わかってないだろ!」
食い気味で叫んだ久宮くんは、パシッといい音をたてて未玖緒くんの頬をそこそこの力で叩いた。頬を女の子のように両手で押さえながら未玖緒くんは「いたい……」と今度は真面目に少し痛そうな声を漏らした。
それにしてもまさかだ。まさか、隣の席なのに覚えられていなかっただなんて。正しくは、覚えていないに限りなく近いうろ覚えだったが。入学5日目、そんなものなのだろうか。……私ってそんな影薄いのかな。どっちかっていうと、少し怖い女の子に目をつけられるぐらいは濃い方だと思ってたんだけど。
教室に帰ったらどんな噂が広まっていることやら。事実がそのまま伝わっていても何故か私も恥ずかしいのだけれど、あらぬ方向に歪曲した噂になっていたらこれからの高校生活が失われたも同然だ。恋する女子は恐ろしいパワーを秘めているのだから。
昼休み終了、午後の授業5分前を告げるチャイムが鳴る中。眠そうな半開きだった目を見開き、未玖緒くんは今までで1番力強い声を出した。
「花野井――うん。俺、ちゃんと覚えたから。忘れないから」
「そ、そう。ありがとう……」
結局昼休みの噂は、真実がそのままクラス中か学年中(はたまた校内中)に広まっていたようだ。
そして案の定、教室に3人で戻ってきた時もまた嫉妬の目が向けられた。しかし出て行ったときとは違い、その中には「未玖緒くんに覚えられてなかったのね! 隣の席のくせに!」的な気持ちが嫉妬を追い抜く形で込められていた。
授業が終わり休み時間になると、当然の如く今朝のメンバーがわらわらと私の机を取り囲む。
「昼休み、畔くんと和ノ原くんと一緒だったんだって?」
「いいなぁ。2人同時に見ることは簡単だけど、一緒に話すとか!」
「あー、畔くんが覚えてなかったって本当気にしなくていいよ。天然っていうか、結構変わってるから」
「でも、そういうミステリアスな所がいいよね!」
「そうそう! ――あぁぁ、見てよ、寝てる! マジ天使!!」
今朝以上のテンションで各々が言いたいことをまくし立てる為、完全に口を挟む余地がない。
聞ける分だけ耳に入れながら1人の子が指差した隣の席を見てみると、授業後半辺りからずっと進行形で寝ている未玖緒くんの寝顔が少し見えた。右半分は腕に隠れているため、左半分ほどしか確認できないが確かに可愛い。さらさらというよりふわふわの髪は、撫でたら動物のような感触なのだろうか。
「やっぱ、未玖緒くんっていつもあんな感じなんだ…?」
“未玖緒くん”と聞いた瞬間、6人中3人の目が光った。なるほど、貴方達は未玖緒くん派なのね。脳内の真新しいメモにしっかり記しておく。
「んー、気分屋って感じだね。たまに凄い笑ってたり、冗談とかも言う時あるし。大体ぼーっとしてる感じだけど」
「ああ見えて、運動神経すっごくいいんだよー! どのスポーツもこなしちゃうから、色んな部に駆り出されてたし」
「へぇ、それは意外かも」
細身の体から終始不思議オーラを醸し出している未玖緒くんからは、確かに想像がつかない。まともに走っている姿すら思い浮かばない。失礼な話だが、徒競走でも割と平気で歩いていそうだ。我が道を行く、みたいなね。
それにしても。すぐ隣で女子7人が騒いでいるのに、何故気持ちよさそうに寝息なんて立てちゃいながら寝ていられるのだろう。と、若干羨ましくかつそんな図太い神経に尊敬しつつ、次の授業ギリギリまで友達と会話を楽しんだ。
「じゃあ先帰ってるねー」
「ごめんね。また明日!」
最後、友達が手を振りながら教室を出て行った。数分前には、恐らく久宮くん派の女子達が散々躊躇ったあと渋々帰っていた。その時と同じタイミングで、未玖緒くんが「腹減った」と悲しそうな顔をしながら帰っていった。よって今、この教室には私と久宮くんしかいない。
また担任に仕事を頼まれてしまった。名簿の整理とその他いくつかの雑用だ。2人で30分もやれば終わる量だろうけど、久宮くんと2人きりになって目をつけられることだけは避けたかった。もう手遅れかもしれないが。
「あの先生人使い荒いよね」
「だよね。入学したてで色々あるのもわかるけど、今日は仕事多いよね」
久宮くんと軽く担任の愚痴を言い合いながら、書類を分担する。この何日か一緒に仕事をしていて思ったが、彼は大分プリント捌きというか、扱いに慣れている気がする。そのリーダーシップを生かして中学でも委員会の仕事をしていたのだと思う。図書委員とか似合いそう。
クラスメイトの名前を丁寧に紙に書き込んでいると、久宮くんが珍しく言葉を詰まらせながら話し始めた。
「あのさ……昼休みさ、本当ごめん」
「え? 未玖緒くんのことなら気にしてないよ」
「そうじゃなくて。や、それもだけど」
「ん?」
ペンを走らせていた手を止め、手元のプリントから顔を上げる。頬が僅かに赤かった。彼は小さく自嘲的に笑いながら、私の頭に浮かんだ疑問符を取り除いた。
「言いにくいんだけど、……その、さ。変に注目集めちゃって」
「ああ、そういうこと」
要は、自分で「自分のせいで嫉妬させちゃってごめんね!」と言っているのだ。いつもはきはきとものを言う久宮くんが詰まってしまうぐらいには言いにくい。
まあ、かっこいいもんね。さすがにあそこまで熱狂する気持ちは理解できないが、彼の魅力は十分伝わってくる。久宮くんが悪いってことは無いと思ってるし、あまり責任を感じさせたくないので軽く笑った。
「全然平気。女子が怖いのは女子が1番わかってるし。中学でも結構そういうこと多かっ……うー、今の聞かなかったことに……」
「はは。本当に花野井さん可愛いと思うよ。大変でしょ?」
ニコニコしながら、微妙な距離を保って失言を掬ってくる。半分冗談で彼が腹黒じゃないかと疑っていたが、案外マジかもしれない。けど、まだ裏をひっくり返す時ではない。全然平気、と豪語してしまったが今日は思っていた以上に精神削られたし、そんな事をして余計に環境をややこしくしてる場合ではない。
作業を再開し、また手を動かしながらゆっくり返す言葉を考える。変な事言うとすぐ拾われそう。
「可愛いっていうのは、うん、いいとして。私結構言いたいこと全部言っちゃうから、すぐに喧嘩売っちゃってね。今はスタートだし気をつけてるけど」
「我慢してるんだ。うずうずしてるもんね」
「わかっちゃう?」
「うん。そういうとこも無理させちゃって悪いなって思って」
「むしろ、しばらくストッパーになってくれると助かるよ」
久宮くんに気があるわけでは決して無いが、かといって逆に意識して離れるつもりもない。別に私が彼と仕事をするのはそれこそ仕事なのだから仕方のないことだし、久宮くん派の女子が怖いからって彼と距離を置くなんて負けたも同然。私のちっぽけなプライドが許さない。
と、言っている傍から頑固な部分が出てしまいそうになっている。あういう子たちの思い通りになるのも悔しいんだもん。
「もし周りの目が気になったり、直接嫌がらせ受けたりしたら教えて。上手くやるから」
「ありがと。でも、私意地っ張りなところあるから、あんまり頼らないと思うよ?」
「そんな事言わないでさ」
向かい合って座っている彼は困ったように笑う。対して私は不敵ににやついてみせる。
机はぴったりくっつけてある。たまに、相手側の資料を見ようと互いに手を伸ばす。そしてしっかり手を動かしながらも弾んでしまう会話。ふと零れだしてしまう笑い声。軽やかな所為で静かな教室にはよく響いた。
あ、何か青春って感じ。思いついた単語をぽっと口に出すと、彼は本気で呆れたようだった。一瞬見開いた瞳は紛れもない素の色をしていた。
これ、こっそり見られてたりしたらヤバいなぁ――何度も何度も考えながら、会話は途切れさせなかった。
【クオミク】浅葱色に出会う春 2【オリジナル長編】
こんにちは、つゆしぐれです!
さてさて、第2話です。未玖緒はこのまま不思議キャラを突っ走るのでしょうか。
わかるかと思いますが、未玖緒は久宮のことを『ミヤ』、久宮は未玖緒のことを『クオ』と呼んでいます。……ミヤ呼び、流行らないかな(
昨日はミクの誕生日でしたよね! 何もお祝いできなくて悔しいです……おめでとう、ミクヽ(´∇`)ノ
今日からテスト期間に入るので、ちょっと更新はできなくなりそうです。一応何話か書き溜めているので、様子を見て上げるかもですが!
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