遠距離からの攻撃を得意とするオルトリンデの登場で、戦況は大きく変わってきた。特にブリュンヒルドが、一方的に攻撃できなくなったところが大きい。
ブリュンヒルドはオルトリンデの精密射撃を防ぐためにシールドを展開しているが、ただ防ぐだけでは先の二の舞になってしまう。彼女は常に弾道を計算し、シールドの同じ箇所に当たらないように注意を払っていた。一対一ならば、全く問題にしない攻撃。それが今この場ではブリュンヒルドの行動を大きく制限していた。
オルトリンデの援護を受けて、ジークルーネとゲルヒルデはまさに水を得た魚の如く動き始めた。銃撃に合わせて二人同時に打ち込んでみたり、微妙な時間差を付けてみたり、あらゆる角度からブリュンヒルドを打ち崩しにかかる。
それらに対してブリュンヒルドは大きく動かず、僅かなステップとシールド、ランスでの防御で堪え忍んだ。普通の者なら焦れて飛び出してしまいそうなものだが、ブリュンヒルドは冷静かつ堅実に耐え続けた。その姿こそがブリュンヒルドの真の姿。本当の戦い方である。一見すると地味に見えるが、好機を窺う視線は鋭い。
(そろそろ、いけそうね)
ジークルーネはブリュンヒルドのシールドを値踏みするかのように見つめた。幾多の攻撃に晒されたシールドはさすがに傷だらけで、もう長くはもちそうに無かった。最高の処理速度を持つブリュンヒルドといえど、一度破壊されたシールドの再構築にはそれなりに時間がかかるはず。 お子様なゲルヒルデは何も考えずに攻撃を繰り返しているが、ジークルーネには来るべきチャンスが見えていた。ブリュンヒルドは強い。オルトリンデの言うとおり、今の状態で五分五分なのだろう。しかし、それが崩れる瞬間がもうじきやってくる。ジークルーネは破壊プログラムであるロングソードを強く握り締めた。その行為には何も意味が無い。それでもそういう動作を取ってしまうのだ。そしてそれが致命的な失敗に繋がった。
シールドが壊れる瞬間を狙おうとしたジークルーネの狙いは良かった。しかし、その狙いが連携を遅らせた。隙というにはあまりにも少ない、僅かな時。それでもブリュンヒルド相手に、その遅れは致命的であった。
ジークルーネは何が起こったのかを理解するよりも早く、強烈な何かに吹き飛ばされた。振り下ろそうとしていたロングソードは根元から折れ、甲冑にも打撃の後が残っている。
ジークルーネは咄嗟に目の前を見た。ゲルヒルデが、ブリュンヒルドのランスにまたしても叩かれている様が映る。それを見て理解した。あの時何が起こったのかを。
「アアアァァァァァァァァ!」
ブリュンヒルドは吼えた。ジークルーネの身に生じた僅かな隙。それは好機を見つけたが為に生じたものだ。ブリュンヒルドはそれを見逃さない。彼女は僅かな動作などの物理的な隙だけでなく、精神的な弱さ、油断や怯えさえも感覚的に察知できるほど気配に敏感だ。プログラムでありながら、もはやその感覚は神がかっており、人格というものがどれほどの影響を与えているのか、創った牧信一郎でさえ考えの及ぶところではないだろう。
ブリュンヒルドはランスから手を離すと、シールドのみを両手で掴みジークルーネに向けて体当たりを仕掛けた。今までの僅かなステップを踏むだけだった足が、今は光の速度で宙を蹴る。シールドが砕け散るほどの強烈なシールドアタック。振り下ろそうとしていたロングソードごと、ジークルーネを吹き飛ばす。そしてぶつかった反動を利用し、さらに加速して逆方向にいるゲルヒルデを狙う。もちろん途中でランスは回収済みだ。
「ウルァァァァァ!」
ブリュンヒルドはゲルヒルデの胴をランスで横薙ぎに叩きつけた。今まで溜めてきたもの、全て吐き出した爆発的一撃の前に、もはや生半な防御プログラムなど意味を成さない。ゲルヒルデのピンクの甲冑は粉々に砕け散り、ブリュンヒルドの一撃はゲルヒルデの幼い身体を強烈に打ち付けた。ゲルヒルデがコアを破壊されなかったのは、ランスが本来の使い方である突きでなかったためだろう。
ゲルヒルデを行動不能に追い込み、ブリュンヒルドは最後の相手オルトリンデに向けて視線を向けた。一対一という状況は完全にブリュンヒルド有利である。オルトリンデが時間を稼ごうにも、もはやそれだけの暇さえない。
ブリュンヒルドは口の端を吊り上げた。
オルトリンデは消滅を覚悟した。ブリュンヒルドはランスを投げる体勢に入っている。オルトリンデにはそれを避ける術も防ぐ術も無い。予想していた内の最悪の状況。個の力では到底敵う相手ではない。バランスを崩された瞬間に負けは決まってしまったのだ。
呆気ない幕切れに少々拍子抜けだが、全てはオルトリンデ自身が決めたこと。
ブリュンヒルドの手からオルトリンデに向けてランスが放たれる。速度を上げ、光の矢と化したランスがオルトリンデへと迫る。それでも彼女は簡単に諦めたりはしない。二挺のパイソンを構えると軌道を逸らすべく連射する。12発の光弾は狙い違わず同じ箇所に着弾した。それでもブリュンヒルドの渾身の一撃は12発の光弾全てを飲み込み、オルトリンデを刺し貫こうと迫り来る。
いよいよオルトリンデに命中か。そう思われた矢先、突如黒い塊が光の矢に衝突した。ブリュンヒルドのランスはオルトリンデを外れ、はるか彼方へと消えた。
ブリュンヒルドは慌てるでもなく、目の前で起こった事態に対して、少しだけ感心した素振りを見せた。
「心根だけは一流ね。ジークルーネ」
「あなたに褒められるなんて、悪い冗談だわ……」
ランスにぶつかってきたのはジークルーネだった。オルトリンデは九死に一生を得たが、代わりにジークルーネの左腕が肩から無くなっていた。先程の体当たりによるものであり、ジークルーネは深刻なダメージをまたしても負ってしまったのである。
「私のミスでオルトリンデを死なせるなんて、後味悪すぎだわ」
「どうせみんな消えるのよ。順番が早いか遅いかの違いだけ」
「理屈じゃないのよ。動けるなら動くわ」
負傷したジークルーネを守るようにオルトリンデがそばに寄ってくる。
「ジークルーネ、助かったよ」
「フンッ。たまたまよ! それよりも早くここから逃げなさい。私やゲルヒルデと違って、あなただけなら逃げ切れる可能性が高い。時間稼ぎくらいはまだやってみせるから、むざむざ巻き添えで死ぬのも馬鹿らしいでしょ。遥にはよろしく言っておきなさい」
ジークルーネはブリュンヒルドを睨みつけた。ゲルヒルデは先の攻撃により完全に無力化されてしまっている。自分も深いダメージを負い、勝ち目は完全に無くなった。
「残念だが逃げられそうに無いな。それに背中を向けて逃げようとした頃には、あなたはズタズタにされているだろうしね」
オルトリンデは肩をすくめて見せた。
「何よ、あなたもあのアニメを見ていたの?」
「ああ、劇的な最後だったぞ。その様子じゃ、最後まで見ていないんだろう。あれを見ずに消えるのは惜しいな。是非見ておくべきだ」
「それは勿体無いことをしたわね。機会があれば見ておくことにするわ」
ジークルーネとオルトリンデは、正面からブリュンヒルドと向き合った。もはや消える覚悟は決まった。後は自分達の生き方を貫くだけである。
ブリュンヒルドの手の中で新たなランスが形を成していく。彼女には慈悲などない。あるのは主への忠誠心のみである。
ブリュンヒルドが真新しいランスを構える。何度となく見てきた姿であるが、その揺らぐことのない真っ直ぐな想いが体現したかのごとく落ち着いた構えであり、兜から流れる白い髪が怖いほどに綺麗だった。
まさにブリュンヒルドが動き出そうとした時、その音が聞こえた。低く耳に突き刺さるような鋭い音。それは数秒のことであったが、この場にいる誰の耳にもきつく残った。
「これは何?」
ジークルーネは首を傾げた。この世界で、Eエンジェルに対してこの様に介入できる存在は、同じEエンジェルしかいないはず。それならばこの現象は一体……。
呆然とするジークルーネとオルトリンデ、そんな二人とは対照的にブリュンヒルドだけはいつもと変わらぬ冷静さで動いていた。ブリュンヒルドは何も言わず慌てた素振りも見せず、ただ何事もなかったかのように宙を蹴り、この場から去っていった。ここまで追い込んでおきながら、ジークルーネもオルトリンデも眼中にないかのような動き。彼女の周辺に何か起こったというのだろうか。
後に残された二人は、何が起こったのか全く理解できずその場に立ち尽くすのみであった。
「ど、どういうことよ」
「まるでシンデレラだな。鐘の音と共に去ってしまうなんて」
オルトリンデは似合わない冗談を口にした。この場では全く笑えない冗談であった。
「それ、つまらないから……」
ボソリと呟いたジークルーネであったが、その心中はただただ生き延びることが出来た安心感でいっぱいであった。
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