―それは、遠い世界でのお話。
ある所に、魔女に「他人の顔を見ると死んでしまう呪い」をかけられた女の子がいました。
彼女は呪いのかかった日から、ずっと独りで薄暗い日々を暮らしており、親にも友達にも、もう何年も会っていません。

なので、彼女の話し相手はたった一人。
水面に写る、自分の姿だけでした―



今日も湖は穏やかに私の姿を写している。
私が「エシラ」と彼女を呼ぶと、湖に写った私が微かに笑った気がした。
あの日から私の顔に張り付いた仮面は、恐ろしいほどに醜く感じるけれど、隙間から覗く青い瞳が、硝子玉のようで、自分でも綺麗だと思う。

生まれた町から、目隠しをされて連れてこられたこの森。
もう、ずいぶんと長い間、私とエシラ以外の人は見ていない。
私のことを知っている人など、きっと、もう誰もいない。
だから、私も、誰のことも知らないの。

「エシラ、私には貴女だけよ」
「アリス、私にも貴女だけよ」

別れの時に母にもらった懐中時計の針が、十五を指す時だけ、エシラは私の前に現れる。
ここに来てから、何度この針が十五を指したのかは忘れてしまった。
この短い時間が、私の唯一の生き甲斐なのだ。

「私は、私が嫌いなの」

誰かに向けて叫んでも、返事なんかない。
誰かに向けて笑っても、仮面で見えない。

私はたまに、自分で自分が嫌になるの。

「パリィカムヅィラロミラニカ」

そんな時、エシラは呪文を唱えてくれる。
意味こそわからなかったけれど、それはとても優しくて、いつも私に勇気を与えてくれた。

「エシラ、貴女のおかげで私は毎日笑えるわ」
「アリス、貴女の為ならなんだってしてあげる」

いつも、私はそれを聞いて笑顔になるのだけど、エシラは少しだけ悲しそうな顔をしていた。


それは、いつものように穏やかな日。
湖を覗く私に、エシラがふと問い掛けた。

「寂しくないの?」
「どうして?」

誰にも縛られないし、気を使わなくて済む。
私は自由よ。風船より身軽で気分が良い。
それに、友達なんかよりも私を理解してくれる、もう一人の私がいるのだから。

「何も、何も、寂しいことなんてないわ」

いつもの笑顔で言う私に、エシラはやっぱり、悲しそうな顔をして一言だけ呟いた。

「本当に、そう?」

その瞬間に針は十五を過ぎ、エシラは消えた。

残された私の瞳からは、涙が絶え間なく流れてきた。

ずっと、我慢していたのに。
これで良いと納得していたのに。
どうして、あんなことを言ったの?
涙はぽたぽたと水面に落ちていくけれど、誰も何も言わなかった。

私は、時計の針が何周しても泣き止まなかった。
聳える木々も、私と一緒に泣いているかのようにザワザワと騒がしく風に揺れている。

ふと、気が付くと、どこからともなく鈴の音が響いていた。

「ワドラフュヅィラムニラミカ」

鈴の音に混ざる、優しい呪文。
私が泣くのをやめると、木々もピタリと静かになった。
何かを探し回るかのように世話しなく鳴る鈴。
やがて、泣き止んだ私の背後で、鈴の音も鳴くのをやめた。

「誰?」

膝を抱え、顔を伏せたままの姿で、私は背後にいる誰かに問い掛けた。

「僕は、ただの旅人だ。
君の噂を聞いて、会いに来た」

予想もしない出来事に、私は夢を見ているんじゃないかと疑った。
他人が私に会いに来てくれた。
でも、振り返れば私は死んでしまう。

「帰って。
そして、もう二度と来ないで」
「君を救いたいんだ」

そんな簡単に救われるのなら、こんなにも長い時間を一人で過ごすはずがない。
私は更に顔を深く埋めると、再び溢れてくる涙を止めることに必死になった。

「私は一人でいい。
独りじゃないから、一人でいい」

そう吐き捨てた私に、彼は鈴の音と共に再び口を開いた。

「じゃあ、君はどうして泣いているんだ?」
「アナタがそこにいるからよ」

「僕はここにいちゃいけないのか?」
「そう、だから消えて」

「嫌だ」
「・・・」

「君も一緒に行こう」
「嫌よ」

「・・・」
「お願いだから、二人きりにして」

救いたいだなんて、なんて安い台詞なんだろう。
私は笑った。いつの間にか現れたエシラも笑っていた。
気が付いたら時計の針は十五を指している

私のことなんて、何一つ知らないくせに。
今はただ、情に流されてそんなことが言えるだけ。
次の町に着く頃には、私のことなんて忘れるくせに。

「お願いだから、こんな所で泣かないでくれ」
「もう、やめて」

私は彼に背を向けたまま立ち上がると、湖に向かって駆け出した。

「エシラ、私もそっちに連れていって」
「あぁ、アリス、待っていました!」

暗い水面に足をつけた私に、エシラは嬉しそうな声でそう叫んだ。
普段は穏やかな水面も、エシラの喜びを表すかのように波打っている。

「行ったら、駄目だ!」

後ろから暖かい手が私を掴んだと思うと、彼は私と仮面を引き裂いた。
自分を包む温もりの中、さっきまでそこにあった光を探したけれど、すでに世界は真っ暗だった。

「ここは灯台の麓?」
「え?」

「とても暗くて・・・どうしてか心地好いの」
「・・・そうか」
「君の目はもう・・・」

私はエシラのことを思い出して、彼女の名前を叫んだ。
彼女は、私のすぐ側にいた。

「やっと、この日が来たわね、アリス。
他人の顔を見てしまったけれど、貴女には私がいる。
私が代わりに逝くわ」
「待って、エシラ!
何も見えないの!どこにいるの!!」
「呪いは解けた訳じゃないわ。
だけど、安心して。貴女の瞳は私が持っていく。
見えなければ、貴女が死ぬことはないわ。これから、ずっとね」

今まで一人で見てきた色も形もなくした代わりに、ずっと欲しかった温もりが、今、側にある。

「ラン ロゥ ズィラ ゲ リュ ジラ」

エシラの最後の呪文が耳の奥に響いた。

彼女はもう、いなくなってしまった。
私の代わりに、私の為に消えてしまった。

「さようなら、アリス」
「さようなら、エシラ」

もう、見ることはできないけれど。
きっと、これから水面に写るのは、恐らく私(アリス)だけ。

「行こうか」
「・・・えぇ」

私はエシラに別れを告げ、彼の暖かい手を取った。
どこかで、呪文が聞こえた気がした。



―長い長い夢を見ていたのかもしれない。
もしくは、今まさに夢の途中なのかもしれない。
少女はひと粒の涙をその水面に落とし、途方に暮れるような道を歩いていきました―



END

原曲⇒【オリジナル曲PV】Persona Alice【初音ミク】http://www.nicovideo.jp/watch/sm7223030

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【自己解釈】Persona Alice

ハチさんが好きすぎて、やってしまいました。本当に素敵な曲です。

閲覧数:5,850

投稿日:2012/02/25 01:46:02

文字数:2,775文字

カテゴリ:小説

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