嘘をついてもいい日なんて、そんな面倒なルールを誰が決めたのだろう。

そんなことをしなくても、世界は毎日優しい嘘で溢れている。






「神威さん、こんにちは」



放課後の教室で、教科書を抱えて扉を開ける。



「こんにちは。…ここは学校だから、先生って呼べよな」

「ごめんなさい。昔からの癖で…」



もう何度目かわからないやり取りに、彼は呆れたように私を見ていた。


私と神威さんは家が近所の幼馴染。

幼馴染と言っても七歳ほど歳が離れているし、今の彼は教師で私は生徒。

昔から家族ぐるみの付き合いをさせてもらっているからか、学校でもこうして彼とはよく話す。



「で、今日はなんだ?まさかまた料理を聞きにきたんじゃないだろうな」

「大丈夫ですよ。今日はちゃーんとわからないところを聞きにきたんですから。勉強で」



彼の言い方だと、まるで私が料理を学校で聞きにきたかのように聞こえるけど、彼が私の家におすそ分けをくれたときに聞いたのである。



「へえ、優等生の君が俺に勉強でわからないところを聞く日が来るなんてね」

「それイヤミって言うんですよ?それに優等生なんて先生達が勝手に言ってるだけだし、そうじゃないことぐらい神威先生ならわかるでしょ?」

「そうだったね。小学校のときなんかとても優等生とは言えなかったもんな。なんだっけ、夏休みのときの作文とか?」

「あー!もうその話はいいんです!思い出すだけで恥ずかしいんですから!」

「これ以上は言わないって。俺だってそこまで意地悪じゃないからね」

「もう!ほら、さっさと終わらせちゃいましょう!」

「へいへい」



他の生徒たちにもフレンドリーだけど、私にだけは少し意地悪で。

昔から変わらないその態度に、私は少し安心していて。

その関係を何年も続けてきて、それでよかったはずなのに。






「神威先生、婚約者がいるんだって」



その話を部活の友達から聞いたとき、足場が崩れてしまったかのような感覚に陥った。


どうしてそんな感覚になったのかはわからない。

確かなのは、「どうして教えてくれなかったのか」という彼への不信感と、「どうしてこんなにもショックなのか」という正体不明の感情だけ。

なぜ?婚約者なんていつからいたの?

そんなことばかり考えて、部活は手につかなかった。



「あ…家の鍵、ない」



部活が終わって家に着いても、入ることはできなかった。

両親は今日家に帰ってこないと言っていたし、恐らく仕事が忙しいのだろう。

両親とも仕事場は遠い。わざわざ鍵を持ってきてもらうのもなんだか申し訳ない。

他に家の鍵を持ってそうな人…若干一名に心当たりがあるが、今はとてもじゃないが会う気分になれない。


私はそのまま、街で独りで時間をひたすら潰すことにした。





本屋さんで、好きな作家さんの新刊を手にとって見たり。

図書館で、課題で調べたかったものを調べてみたり。

喫茶店で、ずっと気になっていたスイーツを買って食べてみたり。

ゲームセンターで、昔得意だったゲームを久しぶりにやってみたり。



思いつく限りのことを、やれるだけの範囲でやってみた。

それこそ気の赴くままに。

高校生ということもあって、そんなにお金を使うことはできないけど。

目的などなく、それはもうただ足が向いた先に歩いていくだけ。



時間潰しなんて、そんなものただの言い訳だったのかもしれない。

何をするにしても、今日私の頭の中は彼のことでいっぱいだったのだから。




とにかく、今日は彼のことを忘れたかったのに。

どうしてこんなときに限って、私は彼に会ってしまったんだろう?





「ルカ!おい、ルカ!」



夜の公園で、行く当てもなくなった私はベンチで今後のことについて思い悩んでいて。

今日忘れたかったはずの彼の声を聞いて、突然のことで心臓が大きく跳ねたような気がした。



「こんなところにいたのか…心配したんだぞ」

「…どうしてここがわかったんです?」

「なんとなく。帰ったら驚いたよ。俺の家電に『ずっと連絡がとれない』って、親御さんから連絡が入ってたんだから」



私の目の前まで来て、しゃがんで目線を合わせてくる。



「なんで連絡しなかったんだよ?」

「携帯の充電切れちゃったんですもん」

「家に帰らなかったのは?」

「そういう気分だっただけですもん。それに鍵忘れちゃったから入れなかったし」

「だからと言って、高校生が夜遅くまでほっつき歩いていいもんじゃないだろう?」

「まだ夜遅くはないですけどね」



それがまるで子供をあやすみたいな言い方で、なんだか気に入らない。

だから私は目線を逸らす。



「じゃあ、どうして俺を頼らなかった?仮にも幼馴染だろう」

「幼馴染だから頼れなかったんです!」



先生は知らないのだろう。

私が今日聞いたこと、私がそれに腹を立てているのを。



「婚約者、いるんでしょ?そんな人のところに、いくら幼馴染とはいえ『ちょっと家に居させて』なんて、そんなこと言えませんよ」



どうしてこんなに、私は怒っているんだろう?

幼馴染の私に、大事な人の話を話さなかったから?

それを部活の友達が先に知っていたから?

自分だけが知らなかったから?



わけがわからない。

こんな自分も、こんな行き場のない思いも。



「婚約者?…もしかして。ルカ、今日は何の日かわかるか?」

「え?…4月1日?」

「そう。多分お前、騙されたんだよ。誰が言ったか知らないが、そいつに」



4月1日。

エイプリルフールの、嘘ってこと?



「…信じない。だって今日は、誰が嘘をついてるか、わからないもん」

「本当のことだってあるかもしれないだろ?」

「つーん」



今この瞬間だって、全部嘘なのかもしれない。



「それはいいから、とにかくルカ、今日は俺の家に来い」

「は?…課題あるんですけど」

「俺の家でやっていけばいいだろ」

「行きたくないです」

「いいから。別に深い意味はないから。親御さんが帰ってくるまでは、うちにいろ」



帰るぞ、と私に手を差し出してくる先生。

立ち上がって手を振り払う私。

それでもなお、胸のうちのわだかまりが解けることはない。



「そうまでして、『神威先生』に迷惑をかけたくありません」



いつもの意地悪の仕返しで、学校外で初めて彼のことを先生と呼んでみた。

今日ずっとモヤモヤさせられていたんだ。

これくらいはいいだろう。



「ただ単に保護者として、大人の責任から俺が来いって言ってると思うか?」

「普通は、ですけど」

「違う。俺はそんなに出来た人間じゃない。…自分勝手だけど、個人的に俺がそうしたいだけだ」

「またそんなこと言って。…嘘なんでしょ」



今度は意地悪じゃなく、本気で返した。


だけど、彼は私の肩を掴んで。

気付けば、背中に腕が回される感触がした。



「ああ…嘘だよ」



表情は見えず、ただ声だけが少し震えていた。

本当に聞きなれていないとわからないくらいに。




――気付いてしまった。

これは嘘なんかじゃない。

そして、私の中のわだかまりの意味を。



“自分勝手だけど、個人的に俺がそうしたいだけだ”

その言葉の意味。



「そういうところが、きらいなの」



気付いてしまった。

私は、ずっと。

彼のことが、好きだったのかもしれない。




だから許してよ。

きらいなんて言ったことを。

私があなたへ送る、最初で最後の嘘だから。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【がくルカ】君への嘘、僕からの嘘

エイプリルフール用にぱぱっと書きました。
こんばんは、ゆるりーです。

ちょっと遅れたけどいいよね!
気が向いても続きません。

閲覧数:371

投稿日:2015/04/02 00:23:13

文字数:3,202文字

カテゴリ:小説

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