都心から少し外れた場所にある小さな喫茶店「カフェ・デ・ラ・サンセット」。
 そこのマスター、通称「和装マスター」こと日下部文は、久しぶりの閑散とした店内にて一人ゆったりとコーヒーを飲んでいた。
 時刻は午後2時をようやく回ったかというところ。本来なら、この時間帯から昼間の家事がひと段落した主婦の方々が数名来て、他愛のない井戸端会議やらを開催する時間。昼間のピークタイムといっても、過言ではない時間なのだ。
 だが、今日に限ってはそのグループの来店はなく、本当に「静かで暇な時間」が生まれていた。
 その為、普段は忙しくしている文も久しぶりに一人ゆったりとコーヒーを嗜んでいるのだ。
「今日、暇ですねぇ……」
 数分前に出ていった人が使っていたテーブルを拭きながら、ポニーテールの女性――綾瀬京は言う。暇そうな表情ではなく、どこか話したりなくて退屈している、というような表情だ。
 再度清掃を終えた京は、そのままカウンターの席に腰かけるとぼーっと天井を見つめる。そして、ややあってから何か思い出したかのようにマスターの方を向く。
「そう言えば、マスター。一つ聞きたかったことがあるんですけど……」
 コーヒーを飲み終えた文は、何かな、と聞くように首をかしげる。そんな彼を見て、京はすっとある一点を指さした。
 指さす先にあるのは、この店のモチーフというか、シンボルというか、そんなようなもの。
 シンプル、というよりも素朴。簡素な額に入れられた一枚の水彩画。
 描かれているのはとある風景。荒廃した街の中に立つ、一人の少年。少年の表情は解らないように描かれている、どこか寂し気な絵だった。
「あの絵のことかい? あの絵は、昔の知人に書いてもらったものだけれど?」
「いや、あの絵じゃなくて。喫茶店だから絵が飾ってあるのは解るんですけど、その隣に、なんであんなモノ飾ってあるんです?」
 どうやら、彼女が示していたのは、その絵の隣に飾ってあるもののようだった。
 文は「あぁ、こっちのことか」とどこか納得したような、けれど何となく寂し気に言う。そして、絵の隣においてあるショーケースの南京錠を外し、中に入れられているものを取り出した。
「それですそれ! 何で、こんなおしゃれな喫茶店に、そんな物騒な銃がおいてあるんです!?」
「物騒、は否定できないけど。これ、サバゲ―用の電動ガンだよ?」
 そんなことを言いながら、文はショーケースから出した一丁の銃――「H&K PSG-1」を取り出し、カウンターに置きながら言う。
 電動ガン、サバゲ―。その二つの単語を聞いた京は、どこかあっけにとられたというか、あきれてしまったかのような表情を浮かべつつ、どこか安心した表情を浮かべた。
「何だ、ようはオモチャか……」
「まぁ、オモチャとはいえ目に向けて撃ったりすれば失明するかもしれない奴だし、威力も結構あるから万一の護身用、かな」
 そう言いながら窓際に、つい先ほど空になったコーラの空き缶を置くと、再びカウンターの奥の方へ立つ。そして、それを構えるとスコープの中を覗いて引き金を引く。
 パスン、という乾いた音が響くと、即座に空き缶のど真ん中が小さくへこむ。
 続けて二発、三発と撃ち込み、全弾撃ち尽くすころには空き缶の真ん中には小さな穴が開いていた。
 再び元の位置にそれを戻し、空き缶はゴミ箱へ。
 ほへぇ、と感心するような表情を浮かべる京。だがすぐさま、ちりりんと真鍮の鈴が鳴り、来客を示した。ぱたぱたと京が席へ案内し、注文を取りに客のもとへ行く。
 そんな彼女を視線で追いかけながら、文はオーダーされたコーヒーを注ぐ。

――ねぇ、この任務やり遂げたら、ゼッタイに喫茶店、やりなよ。

――君のコーヒー、絶品だからさ

 何となく、昔のことを思い出した。
 昔聞いた彼女の声が脳をよぎる。ふっ、と小さく笑みをこぼすように笑うと、彼はいつも通りコーヒーのセットを用意し、来客のもとへ向かうのだった。



――数年前、東京。
 煌びやかなネオンと、居酒屋への勧誘の声が響く。眠らない町と昔呼ばれた繁華街、歌舞伎町。
 そんな街中を、一組の男女が勧誘の声をうっとおしそうにスルーしながら進んでいた。
「本当に、この町って賑やかねぇ」
「あぁ。でも、逆に鬱陶しすぎるから嫌いだ」
 二人ともスーツに身を包んでいるものの、二人の手にはビジネスバッグはない。
 男性が背負っているのは大きめのギターケース。手には同じように大きめのキャリーバッグ。女性も同じように、背中にはアコースティックギターなどを入れておくようなハードケースに、手にはキャリーバッグを持ち、繁華街を進んでいた。
「ンで、椛。今日の案件は?」
「歌舞伎町内にいるっつー、中東系マフィアの摘発。公安権限で強制拘束も可だけど、無理なら――」

 処分も、いいそうだ。そんな風に言う彼――椛と呼ばれた男性は、小さくうつむく彼女――紫の頭にポンと手を乗せる。

「大丈夫。いつも通りキミが真正面から行き、僕が後方から状況に応じて援護する。最終的には、きっと普段通りの展開さ」
「それが私的には嫌なんだけど――まぁ、しょうがないか」
 ゆっくり、まるでカップルが寄り添うようにして歩く二人。そして、ややあってから思わず椛が小さく声を上げた。
「そういえば、俺らが目指してきたものって、どうだったか、覚えてるか?」
「どうしたの、突然。らしくないよ?」
 そんな風に一蹴する紫。あっけにとられた椛は呆然とするが、そんな彼を見て苦笑しつつ、紫は続ける。
「そうだね。目指してきたもの、未来か……もう忘れちゃったけど、未来はきっと、この先にあるんじゃないかな?」
 すっ、と指さす先。その先には、明らかに怪しいですと言わんばかりの路地裏。
 ここが終着点。
 ここが終末。
 ここが、目的地。
 明らかに、彼の直感がそう告げていた。
「運命なんて、簡単に変えられない。そう、あの人は言っていた。でも、そんなこと言っちゃなんもかんも始まらない」 
 そうだろう? そんな風にして紫の方を見る椛。小さくため息をつきながら、紫は彼の方へ拳を突き出す。
「すぐに終わらそう。こんなしょうもないもの、わたしたちの理想にないから、ね?」
「当然」
 こつん、とぶつかり合う拳。
 そして、背を向けて互いに走り出す二人。
 この時気が付けばよかったと、椛は後に語る。
 全ては、この時に終わり、そして始まっていたのだと。



 最悪だ。この数分間で、脳内にはその言葉しか過ぎらない。
 紫は暴嵐がやんだ瞬間に、壁から身を乗り出し、反撃に出る。
 トリガーを引き、壁越しに弾丸を放つ。
 一回、二回、三回と、三点バーストで放たれる弾丸はコンクリの壁を抉る。
 もはや狙いなんてないに等しい。
 ただ、彼がどうにかして反撃位置に出られる場所に立つための時間稼ぎ。
 かつ、かつ、とトリガーが空引きされる。
 やばい、と思ってから、頭を守るようにして腕で覆う。
 瞬間、まるで暴風のように襲い掛かる弾丸。
 ぱらぱらと頭上に振り注ぐコンクリの破片。
 自分の周りに着弾する9ミリパラベラム弾。
 それらはまるで、熱帯雨林のスコールのように絶え間なく降り注ぐ。さしもの紫もその場から動けなくなっていた。
「どうしよう……」
 思わず小さく声を上げる。
 瞬間、彼女の右腕に違和感が走る。
 ミミズ腫れとは違う。思い切り熱された鉄針を押し当てられるような、そんな痛みが右腕をかすめていった。
 そして、ややあってから自分の右腕を、弾丸がかすめていったことに気が付く。
「あっつ……」
 僅かに垂れる鮮血。脱ぎ捨てたスーツの端を斬り裂いて腕に巻き、止血する。
 ここに隠れていたんじゃ、どうにもならない。
 そう思って、今回何度目かの反撃のため、右腕を壁の向こうに出し、狙いを定めた瞬間――
「――え?」
 思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。
 それほど、信じられない光景だった。
 放たれた爆音。それは、この場所では想像できない、いや、想像してはいけないものだった。
 視界の端に捉えたのは、彼女の真正面で待ち構えていた、黒色の槍。
 ものすごい熱量とともに、握っていたコルトガバメントが――紫の右手ごと宙を舞う。
 その時、紫の右手が、狙撃銃に撃ち抜かれて吹き飛んだのだと、ほんの少ししてから理解したのだった。



「――あぁぁぁっっっ」
「紫――!!」
 通信機のイヤホンの先で響く絶叫。それより早く、彼は走りだしていた。
 ビルの向かいの倉庫。その陰から狙撃銃を担いで駆け出し、彼女のもとへ走る。
 響く怒号。
 言っている言葉は全く分からないが、その銃口は確実に彼へ向けられていた。
 瞬間、放たれる弾丸の嵐。ほんの数十センチ後ろで弾ける弾丸を回避しながら、彼女が横たわる壁の向こうにたどり着くと、そのままおぶって一気に駆け出す。
「――も、椛?」
「しゃべるな、すぐに止血してやるから」
 意識はぼうっとしているが、まだ死んでいない。
 安全地帯までひとまず運ぶと、自分の「服を切り取り、腕に巻いて傷口を焼いて多少止血する。
「――ごめん、紫」
 謝罪の言葉を述べる椛。それを聞いてなお、紫はまだ無事な左手で、彼の胸に一丁の銃を押し付ける。
 ベレッタM93R。彼女が持つ、もう一つの愛銃。
「これ、持っていって――必ず、やり遂げて」
 珠のような汗を浮かべながらも、笑顔を浮かべる紫。それを見て、椛は銃を受け取りスーツの内ポケットにしまい込むと、スーツのボタンをはずし、戦う態勢を整える。
 左腰から引き抜き、右手にて構える巨銃。それはおそらく「拳銃で一番有名な奴は?」と聞かれれば恐らく上位に入ってくるであろうモノだ。
 見る者を圧倒するシルエット。
 威力、精度、射程を向上させ、完全に火力特化させた10インチバレル。
 「砂漠の鷲」の名を冠する拳銃界の王者。
 予備の弾倉を全て腰のベルトに巻き付けると、ポンと彼女の頭を優しく撫でて言う。
「あの時、紫が言った言葉、覚えているか?」
「あの時の、言葉……?」
「――俺のコーヒーが絶品だから、もう少し落ち着いたら喫茶店やりな、ってやつ」
 そんな風に言いながら、椛はその場で構える。まるで、スプリンターがスタート前に構えるかのように。
「この案件が終わったら、俺、喫茶店始めるから。だから――」
 必ず帰ってくる。そう言って彼は、がれきの壁から一気に飛び出した。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

Two Ideal 01

個人ページの方にも挙がっていますが、われらが総長がスレ立てしてくださったのでこちらにも投稿を!

「僕らのIdeal」の、いわゆる小説版その一というやつです。
実はちゃっかり、「Happy Tear」「流星シャワー」とも関係のあるキャラが……?

閲覧数:80

投稿日:2018/07/15 04:36:04

文字数:4,329文字

カテゴリ:小説

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