一人はいつまでも乗り出せない自分に苛立ちながら、自分自身を慰めるため酒を飲んだ。

 一人はいつまでも気づかない相手に悲しさを覚えた。

 一人はいつまでも真摯にその人が好きだった。

 三人がそれぞれ、色恋沙汰の悩みを抱えていた。

 それぞれ三人の悩んでいたことは、たった一人の発言で一気に展開を進めた。
 そして、その場にいる本人達は戸惑うしかなかった。

 明るい性格も、今まで経験した人生も、その場で取り繕う嘘も、虚勢だけを張った態度も、相手の傷口を優しく縫う言葉も、整った容姿も、いつも前向きにあった思考も、何かを引っ張るような力を持った行動力も、誰かを気遣える優しさも。
 自分が持っているものの全てが、この場では役に立たない。そう思った。そう感じた。そう考えた。そう直感した。
 何を言えばいいのか、言葉の一つ一つが痛い。
 自分達はこのことに気づいた。三人が自分達に好意を寄せていることにやっと。好きでいた方からすれば、とてつもなく、永久とも、永遠とも取れる長い時間。
 居酒屋特有の喧騒は五月蠅くてたまらない。ざわざわと自分達の頭を蝕んで、思考を許してくれない。
 煙草の副流煙に燻されて、アルコールに脳髄を侵されて。全てのことが心を揺さぶる要因になる。
 いや普段ならそんなことはないし、有り得ない。でも、今は違う。気づいてしまった。それだけでこうも周りの環境に対する感受性なんて上がるものなのか。いっそのことこの昂揚して、暴走しかねない心を誰か奔流に流してくれないか。
 唇を噛んだ。それだけで落ち着きを取り戻せるなら大したものだけど、どうも自分の今の状態には焼け石に水らしい。
 それでも頭は、思考回路はとにかく自分を落ち着かせようと何かしらの手段を考える。脳漿がぐつぐつと沸騰して、電気信号が加速する・・・・・訳がない。もう僕は言葉に言い切れない感情が自分に芽生えたことしか、わかっていることがないんじゃないのだろうか。
 賑やかな居酒屋の中、ここだけは、空間を切り取ったような感覚がしてならなかった。
 千歳は、この状況を作った柚木に視線を向けたが、柚木はバツが悪そうに愛想笑いを浮かべるだけ。
 高谷はただ黙っているだけ。
 嶺は千歳と同じことでも考えているのか、少し緊張している。
 千歳はもう一度、柚木を一瞥した。
「・・・・・・・・・・・・・・柚木。」
「あっはははは・・・・・・・。なんか、すいません。」
 自分の心情を察してくれたのは有り難いことだが、それ以前に根本的な解決ではないことに、そして何より不甲斐ない自分達に何を言ってやればいいのか、全くわからなかった。
 嫌な金属臭がした。
 緊張しているせいで、五感がマジックのように入れ替わりでもしたのか。そう思いたい。
言葉を発してほしい。いや喋るな。二律背反。矛盾。猫箱。悪魔の証明。
 一人を除き、その場にいる六人が、それぞれ、自分なりに考えた。その結果がこの現状。
怖がっている。自分の好きな人が自分を嫌いだったらどうしよう。
 諦めている。どうせ自分ではないと。
 六人が思うことは全てバラバラで、溶けそうなくらいに脆いものもある。
 決壊寸前のダムのように、感情を抑えきれないものもある。
 その場に張りつめていた空気は、糸を切ったようにぷっつりと、突然壊れる。



プロローグ。 FIN

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

ツイッター企画 プロローグのみ

雰囲気つくりのため、今回は文章表現をほとんどにしてあります。

閲覧数:283

投稿日:2012/01/05 12:02:21

文字数:1,400文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

もっと見る

クリップボードにコピーしました