『はじまり』

青い光だけが満たす狭い部屋で
何かが始まるように必死にもがいている
蛹を割って這いずり出た蝶の羽は濡れそぼったまま
今日永い日が暮れてまた宵闇が僕らの心を匿しても夢は流れ続けている
音がしている
呼吸だ 春の呼吸だ
街の隅を海原を星の塵を呑み込んで広がる波状胎動だ
生まれてくれきみ
生まれてくれ全ての嬰児たち
生まれてすぐ僕らが取りこぼしたあらゆる循環のはじまりを真直ぐ一本の木のように立ててくれ
寓意と命名の始原へと意味をもとめる姿が
この星の周回軌道上をめぐる衛星の形をしている

2021/09/05

『辰動の軌跡』

そこにある人は神話を描いた
またある人は魂を見遣った
彷徨える人は導きを願った
みんな 優しい顔をしていた

辰動とは
最果てが吐き出す夢の飛沫
それを運び行く星の動き
限りなく近づき また離れる
掠めた頬の一瞬の煌めき

辰動とは つまり
ただ見上げる人の祈り
それを飾り、去る 星の願い

あの日 星空は涙流した
降り注ぎ さんざめく 降り注ぎ 割れる
そして 運命の綻んだあと
ただそれは音楽にとてもよく似ていた

あの日 星空は涙流した
お互いに知らない誰かのために
やがて ひとつの巨きな光
ただそれは音楽にとてもよく似ていた

2021/07/28

『地中海風の黄昏』

一日の最期におまえは名前を失くしたものたちを胸に憩わす
今黄昏にあっておまえの稜線は水平線そのもの
時間が帰り着くべき場所と覚える
鳥の影 指の影 みな帰る
風の影 街の影
家々の窓に炊事場の皺がれた手に鮮血が宿る
誰が企もうか
このような鮮やかな色彩で生命の尽きるひとときを象ることを
ひとは終わりについてあまりに知らない
ここに誰のものでもない夕暮れが横たわっていて無力

2021/10/05

『瞳の比喩』

ようやく会えたような
初めて会ったような
想いは巡る 夜が来るたびに
この森のどこか 一本の杉の
ひとつの梢から一滴の雫が落ちて
その雫が花びらを濡らした瞬間
花が夜にきらきらした香りを投げかける
それすら感じるような透明な闇に
永遠の瞳のような月が大きく浮かんでいる
月の面はまだ至らぬ人類のための墓標
一身に言葉を受け容れるための水面
遠い昔にかけた梯子は外しておいて
透明であるところの騒がしさをもって
真実の声を遠ざけようとする 今は

2021/10/12

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

衛星のかたちで

7月以降に書いた詩作品を纏めました。

閲覧数:169

投稿日:2021/10/12 11:24:50

文字数:1,008文字

カテゴリ:歌詞

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