彼女を愛した彼が、そうさせるのだろうか。
<造花の薔薇.16>
「なんでこんな事をしたのよ」
声を潜めて問うと苦笑が返って来た。
「何故と聞かれても、拙者自身余り良く分からないのでござる」
「は?」
「分からないのでござる」
「何よそれ…そんな事でメイコさんに剣を向けたの?」
呆れを通り越して戦慄を感じる。
メイコさんの剣の腕は超一流、下手をすれば殺されていたかもしれないのに。
それなのに、がくぽは私に脳天気に笑ってみせた。
「いやあ、先に提案したのはメイコ殿と言うか」
「黙ってて。あのね」
こんなにあっけらかんとしているなんて、果たして私の言うことを理解出来ているのか。そして、今の状況を理解出来ているのか。
その危惧に、私は説教の為に口を開いた。
「貴方は今、革命軍の指導者に剣を向けた…言わば裏切り者なのよ。この先どんな目に合おうと文句は言えないの」
「そうでござるな」
理解しなかったのだ、とは思えない。
がくぽは賢い。あの悪の王女を庇うような事をすればその後どんな事が待ち受けているか、きちんと理解した上で行動したはずなのだ。
なのに。
「…どうして?」
私は、ずっと気になっていた事を口に出した。
そう、ずっと気になっていた。
この革命が進む毎に集う人々から沢山の恨みつらみを聞いて来たのに、いつだってがくぽは王女を守るように言葉を選んでいたし、批判したとしてもけして彼女を批判しっぱなしにはしなかった。
一体、彼女の何がそうさせるのか。
皆が、私が知らなくて―――がくぽは知っている王女、とは何なのだろう。
私の問いに、がくぽは少し笑った。
「…弟が、な」
「弟?」
「王女には弟がいるのだそうでござる」
初耳だ。
いや、というか王女に弟なんていただろうか。
「彼女は一人娘でしょう?だからすんなりと王位は彼女が継いだのだと聞いたけど。弟というのはどんな人?」
「いや、実は拙者もその弟君には会った事が無くてな」
「…でっち上げじゃないの?」
「かもしれぬ」
そんな事を答えながら、それでもがくぽはにこにこと笑う。
それが本当か嘘かなんて些細な事だと言いたげに。
まるで兄が妹を、あるいは先生が可愛い生徒を褒めるかのように、自慢げに言葉を紡ぐ。
「しかし、王女は彼が本当に大切だったのでござるよ」
そこに込められた、紛れも無く温かな感情。
それを否定することも笑うことも出来なくて、私は黙ってがくぽを見た。
「拙者がグミを自慢するように、心から嬉しそうに言っていたのでござる」
『レンは本当にいい子なの』
『頭も良くて、優しくて、いつだって芯がしっかりしていて。私に無い良いものをちゃんと持ってるの』
『私、レンには』
『幸せになって欲しいな…』
「ルカ殿は、愛というものをどう思う?」
突然真顔で突き付けられた問いに面食らう。
何なのだろう、がくぽのこの飛躍。何か関係があるとは思えない話題だけれど、その推し量れない頭の中では関連付いてるんだろうか。
「愛?…いきなり、何」
「親愛にせよ、情愛にせよ…いや、詮無いことを申したでござる。とにかく、拙者は王女が彼を非常に愛していた、愛することができたというのを評価したんでござる」
更に訳がわからない。
続く言葉を待つが、がくぽは言いたい事は言い切ったと言わんばかりの満足そうな顔をして黙ったまま、続きを言うつもりはないようだ。
人を愛することが出来たらどうだというの?彼女が悋気で罪の無い少女の命を奪ったことは誰でも知っているでしょうに。
「…まあ、いいわ。このまま王女が捕えられれば、彼女は明日処刑される。貴方は彼女にもう一度会いたいかしら?」
「……」
く、と流石にがくぽが言葉に詰まる。処刑という言葉の生々しさのせいだろうか。
でも、結局がくぽは堪えるように私に答えた。
「会いたいでござる」
「会話なんて出来ないわ。本当に会うだけよ。それでも?」
「…それでも、やはり」
悲しげながら揺らがないその声に、私は一つ頷いた。
最後の別れ位、言わせてやっても良いだろう。
「…分かったわ。最後に一度、会わせてあげる」
王女は何の抵抗もせず、おとなしく捕まったらしい。王女自身に特に何の思い入れも無い私は会いたいとも思わなかったから、その情報はがくぽに伝えた時に私にとっての意味をなくした。
その王女の話に、何だか納得したかのようながくぽ。想定内の反応だったらしい。
…本当に、リン王女というのはどんな人なの?分からなくなっていくばかり。
だから、私は処刑台に続く道の途中でがくぽを監視しながら、王女とはどんな人物なのか思いを巡らせていた。
傲慢な王女。
愛情深い姉。
諦めた少女。
どれが彼女の本質に最も近い姿なんだろう。
そして王女はやってきた。
側を固めるメイコさんやカイト王子と比べると金髪碧眼の小柄な姿。
あれが、王女。
その立ち姿に一瞬だけ違和感を感じたけれど、何に違和感を感じたのか分からないままその感覚は霧散した。
寧ろ私としては考えていたどの姿とも違うことに驚きを感じていて、そこにばかり意識が向いていたせいで、その感覚を捉えきれなかったのかもしれない。。
彼女は、満足そうだった。
確かに、表面には諦めが見える。怒りも無いではない。
でもそれらは―――仮面だ。まるで、そういう感情を持っているのだと演じているような。
そしてその下から垣間見える、満足感と達成感。
どうして?
彼女はこれから死にに行くと言うのに。
国民の恨みを浴びながら、死にに行くと言うのに。
がくぽの呼び声にちらりと彼女はこちらを見て、そのまま興味も無いかのように視線を素通りさせる。「元教育係」なんて覚えていないのかもしれない―――私はそう思ってがくぽを窺った。
でも、そうではなかった。
「…違う」
呟かれた言葉に、私はがくぽの視線を追う。
違う?
一体、何が。
彼は呆然と目の前を通って行った『王女』を見ていた。
「そうか…彼女は、いや、『彼』は」
「…何?」
「ルカ殿」
がくぽは、酷く真剣な瞳で私を見た。
「愛は時に、どれだけ愚かな事でも、愛したものの為に全てを投げ出させる」
そう、文字通りに全てを。
「命も、名前も…その生きた証さえも例外ではないのでござる」
「!」
私は気付いた。
急いで最期の時を待つ『王女』を振り返る。
感じた違和感、そして素通りした視線…まさか、そういう事だったの!?
メイコさんもカイト王子も気付いていない。でもがくぽは気付いた。私も、気付いた。
あれは、王女ではない。
でも―――今更止めさせることは―――
「頼むわ!」
近くにいた武人のひとりにがくぽを押し付け、そのまま脇目も振らずに廊下を駆ける。
そして、断頭台の真横にある大きなバルコニーに駆け込んだ。
手摺りから身を乗り出すようにして、捜す。
私の視力はとてもいい。これだけ多くの人がいても、探し人がこの中にいるなら絶対に見つけ出す自信はあった。最も、身長の問題から他の人の影で見えない可能性はあるけれど。
『彼女』は、断頭台のすぐ側にいた。
すぐ側で、断頭台を見上げていた。
その目に昏い何かを滲ませながら。
行かないと。
何故かそう思った。
理由なんてわからない。もしかしたら、がくぽもこんな気持ちでメイコさんに話をしに来たのかもしれない。
これは、祈るように見上げる『彼女』の力なのだろうか。
それとも、あの『彼女』を愛した『彼』が、そうさせるのだろうか。
だとしたら、たいした絆だ。
『彼』を守るのには、間に合わないけれど。
王女が―――『彼』が断頭台へと歩き出すのを見て、私はまた駆け出した。
愛は時に全てを投げ出させる。
それがどれだけ愚かで、時に間違っていようとも。
―――私は、行かないと。
『彼女』の所へ。
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Re:sui
A
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まさか、ねぇ
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Messenger-メッセンジャー-
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ご意見・ご感想
wanita
ご意見・ご感想
おお……この展開、ぞくぞくしっぱなしで言葉もありません。ただひたすらに、続きを楽しみにしています!
2010/07/06 01:14:53
翔破
wanitaさん、いつも読んでくれてありがとうございます!
メッセージ貰うと凄く励みになります。
なんだか、気が付いたらこのシリーズも後二話(本編一、エピローグ)になっていました。
後もう少しだけお付き合いしてもらえると嬉しいです。
2010/07/06 18:09:06