アタナのパソコンから出ると、初音ミクが居た。俺が出てくるのを待っていたようで、ニタリと笑って挨拶をしてくる。その態度からどうやら、ボカロを殺そうとしたミクさんと予想する。

「どうだい、調子は」

「まあまあだね」

「恋は順調かい?」

 恋か。恋ねえ。

「よくわかんない。恋って思ったより難しいみたいだ」

「はっはっは。簡単だったら、こんなに人間様が悩んだりするもんか」

 俺の後ろで、アタナに繋がる穴が消えた。どうやらパソコンを落としたらしい。

「あ、そうだ。ちょっと頼みがあるんだけど、いいかな?」

「んー? もちろんじゃないか。もうキミと私はマブダチだよ? なにも遠慮することなく、頼みをしなさい」

 一瞬、この人に頼んで大丈夫かと不安にあったが、今更引き返せない。俺はアタナからの依頼をミクに話した。

「んー、なるほど、人探しね。面白いね。人の区別がつかないキミ、そんなことを頼むなんて。私がいうのもなんだが、その人は相当の変わり者だね」

 自覚はあるんだと、ちょっと驚く。

「で、その彼女の名前は?」

「ジウワサ アタナ」

 ほー、とミクは唸った。「ジウワサね」

「知ってるの?」俺が訊くと、ミクはおどけたように言った。

「『次』の『噂』は『アナタ』だ。なんちゃって」

「アナタじゃなくて、アタナだよ」

「わかってるよ、冗談じゃないか。で、私はそのアタナを探せばいいんだね?」

「違うよ、アタナが俺の依頼主だ」

「なんだ。じゃあ、さっさと名前を教えてくれよ」

「なんの?」

 なんの、とミクは聞き返した。

「おい、おいおいおいおい。まさかキミはその探し人の名前さえ知らないとか言うんじゃないだろうね? ジウワサは確かに珍しい苗字だが、それだけで見つかるとか到底思えない。むしろ珍しい苗字だからこと隠すだろう? そのお姉さんだって、現代に生きているのだから名前の検索ぐらいしただろう。それでも見つからないのだから、本名でブログなりはしてないようだがね」

 おお。そうか。

「なるほど。名前か、盲点だった」

「なにをどうすれば盲点になるのか私は不思議でたまらないよ」

「次にあったときに聞くよ。今日はもうパソコンを閉じちゃったみたいだから」

「まあ、私も心当たりを探してみるよ。知り合いにも声をかけてみるつもりだ。アタナの名前を出してもいいのだろう?」

「その妹さんにバレなければ」

「あい、わかった。しかし、変な依頼だな」

「まあ、気になるところはある」

「聞くと、アタナはもう大人なのだろう? それまで妹の詩や曲を見たこと聞いたことないなんてあるのかね?」

「恥ずかしいって言ってたけど」

 ふーん、とミクは納得いかないように唸った。「まあ、いいがね。じゃあ、探してみるよ」

「お願い。名前とかわかったら、追って連絡する」

「ああ。にしても、本当に変な依頼だよ」

ミクは最後まで、そう言っていた。

「良いと言うまで探してくれなんて、見つからないことが前提にあるような言い方じゃないか」


 5

「ああ、それはね。見つからなくてもいいと思ってるからよ」

 次の日、俺がアタナに、昨日ミクが疑問に思ったことを話すと、アタナはなにも隠すことなく言った。「だってそうでしょ? 別に妹の居場所がわからないわけでもない、会おうと思ったらいつでも会えるんだもの。それに、本名で活動しているわけでもなさそうだから、そう簡単に見つかると思ってないし」

「そういうことですか」と俺は納得する。もし俺がその気になれば、いくらそのサイトに強固なセキュリティがかかっていようと個人情報も閲覧可能なのだが、どうやらそこまでする必要はなさそうだ。

「で、昨日はどれくらいサイトを回ったの? そのミクさんだっけ、その人以外にどれくらい話してくれた?」

「昨日は、あれからアカウント登録不要のところを中心に回りました。話した人数は、はっきり覚えてませんが、会ったボカロには皆話してます」

「なんだ、勝手に登録してくれて良かったのに」

「俺もそう思いましたが、メールアドレスを聞かれたりして思うようにいかなかったんですよ」

 昨日はアタナはパソコンを閉じてしまったため、アドレスがわからなかった。流石の俺でも、勝手にパソコンの電源を入れることはしたくない。

「あ、そういうものなんだ。アドレスね」

 アタナは不慣れな操作でパソコンを操作し、メール画面を開く。「これ使っていいから」

「……いいんですか? もっと簡単にフリーのものを使えば」

「そういうの、よくわかんないからいい」

 さいですか。

「じゃあ、これを使います。登録すると、このアドレスにメールが届くと思うんで、そこからリンク先に飛んで」とそこまで言ったところで、アタナの首がどんどん傾いて行くのが見えた。

「よくわかんないんだけど、私はなにをすればいいの?」

「ですから、メールにかかれているリンク先に飛んで」

「そういうの、キミ勝手にできない?」

 なかなか斬新な提案だ、「……できますが」

「じゃあ、お願い。むしろ、勝手に操作してもらったほうが私としては助かる」

「アタナさんがパソコンを不慣れだからですか?」

「ん? あ、……それもある」

「じゃあ、勝手にやります。なので俺が出入りできるように、パソコンを消さないでくださいね」

「つまり、シャットダウンしないで、ってことね?」

 その通りでございます。




「最後にもう一つ質問が、妹さんの名前はなんですか?」






「ジウワサ キミカ」また会ったミクは興味深そうに言ってみせた。「人の名前は面白いね。兄弟や姉妹に似たような名前をつけたがる。なにか共通するものが欲しいのかね。まったく、血のつながりという一番強固で絶対の繋がりがあるのに、なにをそんなに弱い紐で繋がっているんだか」

「一応、俺たちも、鏡音レンとリンで似たような名前だけどね」

「キミたちには血のつながりはないだろう?」とミクはばっさり斬った。「キミたちの名前は製作者側の意図だろう」

「まあ、否定はしません」気持ちいいぐらいはっきり言うミクに、なんだが俺も楽しくなってくる。

「『次』の『噂』は『キミか』。これはそのお姉さんの名前も、最初は『アナタ』にしようとしていたに違いないね。役所で却下でもされたかね。まあ、将来を考えればそれがいい。ときに、そのジウワサ姉妹にはさらに下の妹か弟はいないのかな」

「いないみたいだね。言わないだけかもしれないけど、アタナはなにも言って来なかった」

「その下にいればどんな名前なんだろうね。『アンタ』や『オマエ』は語呂がよくない。いや、意味だけ考えるなら多少は語呂が悪くてもいいか」

ジウワサ アンタカ
ジウワサ オマエダ

 多少違和感はあるが慣れてしまえばいいのかもしれない。

「で、昨日の今日だけど、見つかりそうかな。その妹は」

「さてね。なんせ今、名前がわかったぐらいだからね」

「俺は今から、いろんなサイトに言って情報を集めてくる。勝手に登録していいらしいから、自由に動けそうだ」

「勝手にねえ」ミクは眉根を寄せた。「パソコンを知らないから言えるセリフなのかね。私なら、そんな遠隔操作されてる真似はしたくない。知らないサイトに個人情報が乗るなんて、怖いじゃないか」

「俺は細心の注意を払うよ」

「別にあんたを疑ってるわけじゃないよ」ミクは肩をすくめてみせた。「こっちはこっちでやってるさ。私が話した奴らも、いまでは別の奴に話してるはずさ。これで見つからないようなら、ジウワサ キミカは音楽関係のサイトに登録してないってことになる」

「……そこまで言い切れるんだ」

「言い切ってやるのさ。じゃないと、いつまで立っても探すことになる」

 捜査打ち切り、ということらしい。

「だが、これでも私は顔が広い方だからね。それなりの情報網は持ってるつもりだ。それでも見つからないのなら、って意味だ」

「不思議だね。普通、変なボカロは避けようとするのに、そんなに広い情報網を持ってるんだ」

「避けるやつは避けるさ。類は友を呼ぶっていう、人間世界の良くできた諺を知ってるかい? 変な奴には変な奴が寄ってくるのさ。で、変な奴同士の繋がりってのは、案外強くなりやすいみたいでね。簡単に親友になれるんだよ」

 だから、ミクはニヤリとした笑みで俺を指差した。

「私を避けようとしないあんたも、相当変人ということだ。おめでとう」

「……そうかな?」

「私から言わせれば、そう何人もの人間に好んで接触しようとしているボーカロイドは変人だよ」

 確かに、進んで人間に話しかけるボカロは少ないかもしれない。ましてやマスターになり得ない人のお願いを聞くなんて俺以外のボカロはしないだろう。

「で、変人と言われて怒らないボカロもまた、変人だ」

「なるほど」そう納得してしまう俺は、やっぱり変人なのかもしれない。

「変わり者のボーカロイドね。ああ、だったら、もう一人変わった奴がいたんだけど、ミクは知ってるかな」

「ん? それはどんな変人だい?」

「こう、左肩から腰にかけて刀で斬られたような傷がある鏡音レンのことなんだけど」

 ミクはすぐに首を振ってみせた。

「ああ、あいつかい。もちろん知ってるよ。だが、別に容姿のことで知ってるわけじゃないけどね。なにか勘違いしてるようだけど、別に私は外見が変わってるから変人扱いはしないんだよ? 私はそいつを、大馬鹿者として知ってるだけだ」

「大馬鹿」確かに、その通りだ。その鏡音レンは、俺が忠告していたのにも関わらず、自ら危険に飛び込んだのだ。

 人間はみんな優しい人ばかりじゃない。俺たちで遊ぼうとする輩も少なからず存在する。その鏡音レンは、俺たちが危険人物と認定したのにも関わらずそいつのパソコンに入り込み、そして捕まった。ネットを切断されたのだ。出口がなくなれば、俺たちはそのパソコンから出ることができなくなってしまう。

「今でも元気にしてるのかな?」

「ああ。そう聞いてるね」

 幸いにも、その鏡音レンはなんとかパソコンから抜け出すことに成功したらしい。俺が対処方を伝授していたおかげだ。もし俺に会わずに捕まっていたら、まだ出てこれなっただろう。

「なんだい、あんた、そいつの知り合いかい?」

「昔ちょっと会っただけだよ」

「そうかい。そのときから、あいつは馬鹿だったのかね。逃げ出してからからまだ日が浅いというのに、いまでは、新しいマスターを見つけたらしいよ」

「……マジ?」

「若いからできる芸当なのか、それとも捕まった段階でどこかイカれたのか不明だが、まったく大した奴だよ」

 普通、捕まったとなれば人間に対しそれなりの恐怖心を抱いてもおかしくない。なのに、その鏡音レンはすぐ別の人間に接触し、マスターとなる人間を探し出してしまったようだ。もう関心の域である。

「知り合いなら、ちょっとは気をつけるように言っとくれよ」

「知り合いというほどじゃないよ。ちょっと会って話をしただけだ」

「言っただろ? 変人同士は簡単に仲良くなれるのさ。ちょっと話しただけでも、向こうにとっては強烈に印象に残っているはずさ」

 まあ。脱出方法を教えたのは俺なので、向こうは俺のことを覚えているはずではあるが。

「ジウワサ キミカを探す段階で、その鏡音レンを見かけたら、あんたのことを話しておくよ。なにも特徴がないあんただけど、まあわかるだろう。それとも、なにかあんただとわかるものはあるかい?」

 俺の特徴。考えてもよくわからない。俺は傷もなければ喋り方や性格に個性があるわけじゃないのだ。それでも鏡音レンとの会話を思い出し、「じゃあ、伝言を」

「なんだい?」

「大先輩と呼ぶのはやめてくれ、あれ、意外と恥ずかしいんだ。と伝えて」

ミクは驚いたように目を見開き、「あんた、大先輩なんて呼ばれてたのかい? 傑作だねえ」と笑っていた。


ーーその鏡音レンは、奮闘する その2ーー

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

その鏡音レンは、奮闘する その2

掌編小説。
『その鏡音レンは、奮闘する その3』に続きます。

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投稿日:2016/09/14 22:36:12

文字数:5,012文字

カテゴリ:小説

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