クラリスはふと目が覚めた、ずいぶん長い間寝たのだろうか、寝る前の記憶が全く無い、頭が少し重く、目を擦りながら小さくあくびをした。


「おはよう!クラリス!」

「おはよう、クラリス。」


クラリスは自分の目を疑った、そこにはありえない光景が広がっていたからだ、教会の自室でクラリスは眠っていたはずなのに、昔母と共に過ごしたヤツキ村にある家のベッドで眠っていたのだ、家はあの戦争で跡形も無くなったはずだった。
そして椅子にそれぞれ座っていたのは、死んだはずの母とミカエラだった、2人はニコニコしながらクラリスを見ていた、そしてテーブルの上には貴族や王族が食べるような御馳走がいっぱい並んでいる。
クラリスが以前勤めていたキール豪商の夜の晩餐会でも見た事がないくらい、珍しい食材で作られた御馳走だらけだ、クラリスは思わず唾を飲みこんだ。
「こっ・・・こんな料理・・・どうしたの?!」

「そんな事どうでもいいじゃない!冷めないうちに食べようよ!」
クラリスの言葉を遮り、ミカエラはクラリスの手を引っ張り、空いている椅子に座らせる、そしてミカエラが再び椅子に座ると、クラリスの母とミカエラが御馳走を食べ始めた、改めてその御馳走を近くで見たクラリスは、無意識に震える手でナイフとフォークを掴んでいた。
クラリスは目の前で香ばしい香りをしている大きな鳥の丸焼きにフォークを向けた、そしてナイフで鳥の丸焼きを少しだけ刺した途端、水のようにサラサラとした肉汁が溢れてきた、クラリスが今まで見てきたどんな御馳走よりもおいしそうだ。
その鳥の丸焼きを一口だけ取り取り皿に乗せ、クラリスは恐る恐る口の中に入れると、肉汁と唾液が混ざり、口の中に今までに感じた事の無い感触と味が広がった、思わず声にならない声が出てしまった。
体全体に染み渡るその美味しさに、クラリスはゆっくりと噛んで味わって飲み込んだ、そして再び食べようとナイフで鳥の丸焼きを切ろうとした時、横からミカエラが「他の料理も食べようよ!」と言って今度は海老が沢山入っているサラダをクラリスに渡す。
肉もそうだが、海老なんてクラリスは初めて見るのだろうか、しばらくそのサラダに入っていた海老をジーっと見た後、再び取り皿に料理を乗せる、そしてフォークに海老を乗せて、少しだけかじった。
まるで果肉のように柔らかくてぷにぷにした感触に、クラリスは慌てて飲み込んでしまって少し咳き込むと、母とミカエラは笑った、その笑い声はクラリスにとってとても懐かしい声だ。
思わず涙がこぼれそうになったが、クラリスは堪えて3人で他愛のない会話をしながら食事会を楽しんだ、クラリスにとって今まで食べた事の無い料理を食べられたことも嬉しかったのだが、再び2人の顔が見られるなんて、ずっと心の底で願っていた事。
「もしもお母さんにまた会えたら・・・」、「もしもミカエラとまた会えたら・・・」、そんな思いを毎日抱えていたクラリスにとって、様々な願いが同時に叶った感覚だった、そしてどのくらいの時間食事会を楽しんだか分からないが、テーブルにたくさん並んでいた料理が少なくなってきた。
そのことに気づいたクラリスは、とてつもなく寂しい気持ちになった、なぜか彼女は、「この料理を全て食べ終わると2人が消えてしまうかもしれない」という気持ちになり、食べるスピードが少しずつ遅くなり、ふとクラリスが呟く。
「・・・・・この時間が、ずっと続けばいいのに・・・・・。」
クラリスがそう呟いた途端、突然母とクラリスの動きがピタリと止まる、そしてしばらくすると、2人がにっこりと笑みを浮かべながらクラリスを見る、クラリスの体は一瞬ビクッと動く、そして持っていたナイフとフォークを落としてしまう。
「ゴトンッ」と2回床で音がした、突然ミカエラが立ち上がり、隣の部屋へ行ってすぐに戻って来た、そしてミカエラの手には濁った紅色のドロドロしている液体の入っているワイングラスを持って来る。
そのグラスからは白い湯気のようなモノがあふれ出ていて、よく見るとブクブクと泡立っている、そのグラスをミカエラはクラリスの前に差し出す、クラリスの顔は一気に青ざめ、後ろに逃げようとしたが、そこにはすでに母がいて、母はクラリスの肩を掴んで押さえていた。
クラリスが動揺していると、ミカエラがニコニコしながら言った。
「コレを飲めば、私達と永遠に一緒にいられるよ、美味しい御馳走はもちろ  
 ん、 色んな世界を旅したりもできる、それにこの世界はあなたをいじめる人 なんてもういないわ、此処は私達3人のための世界なのだから。
 皆が貴方に挨拶してくれたり、皆が貴方の為にお金や美味しい御馳走も貢いで
 くれるの、皆が私達に跪き、皆が私達の為に首を差し出してくれるのよ、ね!
 とっても素敵な世界でしょ!さぁ!早くソレを飲んで!コレを飲めば、貴方も
 私達の仲間になれる!」
もうクラリスの頭の中は混乱しすぎて、目の焦点が合わずに、口もパクパクと動いて声も出なかった、そして彼女の頭の中に、妙な思いが巡って来る、

「この薬を飲んでしまえば、楽になれる」

クラリス自身でもこんな事を考えるのはおかしいと思った、でも2人の不気味なほどにこやかな顔と、沢山の御馳走が胃の中に入っている満足感で、無意識に不気味な液体の入っているグラスを持っている自分に気づいた。
(分からない・・・・・分からない!!なにコレ!!助けて!ミカエラ!お母さ ん!体が動かないよ!!なんで?!動いて!!体!!動いて動いて動いて動い て動いて!!!
 誰か!!誰か!!お願い!!私を・・・私を・・・!!!)


「・・・・・りす・・・・?
 
 ・・・・・くらり・・・・・す?」


何処かから声がした、その声はクラリスにとってはとても聞き覚えのある声のはずだった、なのに頭が混乱してその声の主が一体誰なのか思い出せない、でもクラリスは思い出そうと必死になった、今までに記憶している思い出を古い順に思い出していた。
(私はヤツキ村で母と一緒に暮らしてた、それである日ミカエラが千年樹の傍で 倒れてて、助けたら友達になってくれて、しばらくして母が死んだ時、ミカエ ラと一緒に街に行って、キール豪商の屋敷の使用人になって、それで夜の晩餐 会で・・・・・。)
クラリスが必死になって過去を思い出している間にも、何処かから聞き覚えのある声が聞こえる、しかし声が小さすぎて何を言っているのかさっぱり分からない、ミカエラと母の顔は何故か焦っている様にも見える。
(戦争があって、私とクラリスは離れ離れになって・・・・・その後 ・・・・・。


 そうだ、クラリスは死んだんだ、井戸の底で・・・・・それで港の教会で暮ら し始めて、

 それで・・・・・それで・・・・・。)

「クラリス!!!」

「っ!!!」
クラリスは声の主を理解したと同時に、口の近くにいつの間にか近づいていた不気味な液体の入ったグラスを床に落とす、グラスは粉々に割れ、不気味な液体は床を溶かしているのか、「ジューッ」という音を部屋に響かせている。
それに驚いたミカエラと母、だが顔や肌がおかしい、2人の顔が少しゆがんだようにも見えたし、生前の2人は色白の白い肌だったのに、肌の所々が真っ黒になっている、それに気づいたクラリスは言った。
「ミカエラ、お母さん・・・・・いいえ、貴方達はミカエラと母じゃない!ミカ エラと母はもう死んだの!2人が死んだ時は辛かったし、確かにまた一緒に暮 らしたい気持ちも少しあった、でもね、辛い過去や悲しい思い出も、今の私を 支えてくれているの。
 だから今度は私が『あの子』を支えてあげなきゃいけないの、もし私が貴方達 の仲間になったら、もう『あの子』には会えなくなるし、支えられなくなる、 2人と一緒にまた暮らしたい願いも強いけど、あの子のこれからの贖罪の人生 を支えていきたいのも、同じくらい強い願いなの!!」
そう言ってクラリスは玄関の扉に向かって走る、ミカエラと母の顔はあえて見ないように、クラリスには分かったのだ、声が扉の向こうから聞こえている事に、そして此処は現実ではない、「夢」だ。
いや、薄々気づいていた、こんな都合の良い「現実」なんて存在しない事、そしてこの夢にずっと浸っていたいと思う自分がいた事も、でもクラリスは強かった、身体ではなく「心」が、彼女は「悪魔の誘惑」に打ち勝ったのだ。
そして迷わずクラリスは玄関のドアを開ける、その先は真っ白な空間、彼女はその中に飛び込んだ、しかし彼女の目からは涙が出ていた、そして一言呟いた。

「・・・・・ありがとう

 そして さようなら」



「・・・・・っ・・・・・。」
目が覚めると、いつもの古びた天井が目に映っている、体がすごく重い、体も顔も汗まみれになっている、そして無意識に彼女の目からは涙が流れ続けていた、クラリスは体を起こそうとしたが体が重すぎてゆっくりと起き上がるのがやっとだった、窓の外を見ると、空が真っ赤に染まり、太陽がもう半分しか顔を出していない、恐らく夕方まで寝ていたのだ。

ガチャ

扉が開き、そこには木の器に水を沢山入れ、息切れをしているリンが立っていた、リンはクラリスがベッドから起き上がっている姿を見ると、木の器を落としてしまう、水が床に広がり、涙目になりながらクラリスに駆け寄った。
だいぶ心労が溜まっているのか、リンはクラリスの近くまで駆け寄った直後、クラリスの足元で倒れてしまう、クラリスは驚いて立ち上がろうといたが、彼女もうまく体を動かせず、立てたのだがバランスを崩し前方へ倒れかけたが、床に手をつけたので転ばずにすんだ。
「クラリス・・・よかった・・・本当によかった・・・。
 今日の朝、なかなか起きて来ないから心配になってクラリスを呼びに部屋の前 で何度もノックしてたら、クラリスが苦しんで何かに耐えてるみたいな声がし たから慌てて部屋に入ったら、汗を沢山流しながら苦しんでるクラリスがベッ ドで寝ていたの。
 私どうしたらいいか全く分からなくて、医者を呼んで診てもらおうとしたんだ けど、今日に限って医者が別の街に診療に行っちゃってたみたいで、とにかく 明日の朝まで何とか私1人で看病してたの。
 とにかく汗を拭き取って、水の入った袋を頭に乗せてたんだけど、熱は無いは ずなのに水が温くなるスピードが速くて・・・・・。」
クラリスがリンの手に触れると、その手はすごく冷たく、柔らかくなってい  る、慌ててリンの手の平を見ると縄の跡がいくつも残っている、何度も何度も井戸の水をくみ上げていたのだ、よく見るとかすり傷もあるし、爪も割れてしまっている。
「・・・でもごめんなさい、教会の仕事・・・ちゃんとできなかった、クラリス の看病をしながら教会の仕事もしようと思ったんだけど、水を汲みに行くのを 優先しちゃって・・・本当にごめんなさい。」
クラリスの目からは涙がこぼれ落ち、冷たくなってしまったリンの両手を自分の両手で包む。
「ありがとう・・・・・ありがとう・・・・・。」

「クラリスっ?!どうしたの?!どこか体が痛いの?!息が苦しいとか?!今な らたぶん医者が帰って来てるはずだから、私急いで行って来る!!!」
そう言ってリンが立ち上がろうとしたが、クラリスは「待って!!」と言って止める、そしてゆっくりと立ち上がり、リンの顔をしっかりと見つめながら言った、リンの顔は少しやつれている様にも見えた、恐らくご飯も食べずにクラリスを看病してくれていたのだ。
「ありがとう、私はもう大丈夫よ、ちょっと怖い夢を見ていただけだから・・・ いいえ、『夢の夢』を見ていたの。」

「・・・・・『夢の夢』?」

「でもリンのおかげで抜け出せたの、本当にありがとう。」

「・・・・・。」
リンは黙って難しい顔で何かを考え始めた、そして再びクラリスの顔を見ながら、言葉を詰まらせながら少しずつ話した。
「あの・・・・・それ・・・じゃあ・・・・・私・・・・・起こさない方    が・・・良かったのかな・・・・・?もし・・・私が看病しなかった     ら・・・・・クラリスは・・・・その夢の中で・・・幸せになれたんで    しょ?」
その言葉を聞いて少しクラリスは驚いたが、彼女はリンの頭を撫でながら言った。


「アレは夢じゃなくて、単なる私の『理想』でしかなかったの、そんな理想より も、私は『今』を大切にしたいから。」

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クラリスの夢

割とスラスラと作れたので、もう1作品作れる・・・かな?

閲覧数:236

投稿日:2018/09/15 22:31:13

文字数:5,124文字

カテゴリ:小説

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