――あいつ何なの?
――久宮くんにあんなに近づいて……!
――マジキモいんだけど。汚い手で触んなよ。
――写真撮っといたから、あとでグループに載せとくわ。
――そろそろあの女どうにかしないと。
――ほんとな。何、呼び出したりする?
――やば、いじめみたいじゃん!
――違うって。ちょっと注意するだけでしょ? “ちょっと”さ。
【クオミク】浅葱色に出会う春 3【オリジナル長編】
「ただいまー」
「少し遅かったわね? おかえり」
カチャカチャという食器同士がぶつかる音が、お母さんの通る声と重なった。まだキッチンの整理が終わっていないのだろうか。
昨夜ようやく片付きすっきりした廊下を通ると、案の定リビングはまだまだ散らかり放題。ソファーの辺りに読み散らかした本があるのはあれだ。作業中、整理していた本をついつい夢中で読み込んでしまうという、片付けが苦手な人のする典型的なあれだ。
引っ越す前に大分いらない物捨てたんだけどなぁ。何分お母さんが物を捨てられない系女子(自称である。何を言っているのやら)なので、ただでさえありとあらゆる物で溢れかえっていたのだ。1週間前にこちらに来てから、心なしか物が増えている気がするのは本当に気のせいだと思いたい。
「週末私も手伝ったのにー……あー! 手元ちゃんと見て! 食器怖いからっ」
「はいはい、わかってるわよ。今日は何かしてきたの?」
「ちょっとクラスの仕事ね。一緒にやってた子とちょっと話し込んじゃって」
「楽しそうねー。良かったわぁ」と暢気に笑うお母さんにまた手元を注意する。既にコップと皿が2つずつ犠牲になっているのだ。次割るときは絶対怪我をすると思っているので、お願いだから自分の手から目から離さないでほしい。
今日もご飯作ろうかな。早くお母さんの料理を食べたいけれど、片付けの手伝いをしようとするとお母さんはちょっと拗ねるのだ。子供か。更に、限界を超えると駄々を捏ねて私に泣きつく。これを子供といわずして何というのだろう。
軽く辺りを整頓し、とりあえず自分の作業スペースは確保した。キッチンを使う許可を貰い、食材の確認をするのに冷蔵庫を開ける。
結構野菜残ってるな。なんとなーく献立を考えながら食材を取り出していく。野菜炒めかサラダかどうしよう。今日買ったらしい新鮮なトマトとレタスがあるから、折角ならサラダかなぁ。
瑞々しい緑たちに触れていると、ふと違う緑が脳裏を過ぎった。
『俺、ちゃんと覚えたから。忘れないから』
……おっかしいな。どっちかっていうと、黄緑の方が野菜に近い気がするんだけどな。何で青緑の未玖緒くんが出てくるのかな。まあ、あんなインパクトの大きい出来事あったら咄嗟に思い出してしまうのも無理ないか。本当に覚えてくれたのか、明日登校して覚えててくれているか果てしなく怪しいが。
と、レタスを睨みながら色々思案していると、横からお母さんの「お腹空いてきたわねぇ」という独り言が私を我に返させた。それ遠まわしに急かしてます? 献立も決まったし作るってば。ええと、味噌汁と、サラダと、肉じゃがと――
「あっ」
「……えっ?」
ふっ、と。本当に突然。今日のあの出来事ぐらい突然。また、何かが脳裏を通り過ぎた。何かは何なのか、って言われるとよくわからないんだけど。所謂気まぐれってやつで。
ワンテンポ遅れて私を見上げたお母さんと目が合う。
「明日のお弁当、私作るね?」
次の日。思っていたよりかは、いつも通りの日常に近い風景が教室にあった。下駄箱に偽装ラブレターで呼び出し食らうとか、廊下ですれ違いざまに悪口を囁かれるなども無く、無事に自分の席にたどり着いた私。
昨日少し気まずい感じになってしまった、後ろの日向さんはまだ来ていないようだ。なのでちょっと机に荷物を置かせてもら――おうとしたところで本人が入ってきた為断念する。今日は遅刻しなかったな、なんて思いながら彼女を目で追う。うーん。もう少しだけメイク薄くてもいいんじゃないかな。ドン引きするほどではないけれど。近くで見ると普通に美人さんだ。
「何?」
「へっ? あ、いやっ。――おはよう?」
「……は?」
苦笑いで言った挨拶は一蹴され、日向さんがどかっと椅子に座ったことにより短い会話が終わった。彼女は、綺麗にセットされた緑の髪を細い指先で弄りながら、空いた左手でスマホを操作し始める。もう自分の世界だ。
またじろじろ見てたら怒られてしまう。私ちょっと日向さんに興味あるんだけどな。湧き出る興味を抑えながら私も座り、鞄を開けて荷物を机の中にしまう。
今日は地理からかぁ。居眠りして先生に叩かれないようにしなくては。教科書類だけでも机に上げておこうと思い準備をしていると、入り口の方から男子達の笑い声が響いてきた。奥の方に座っている私にまでよく聞こえる。
朝からやけに賑やかな集団は、そのまま教室後ろの方で固まり談笑し始めた。あ、久宮くんがいる。輪の中心の彼は笑い混じりに、
「一応顔は見たんだけど、完全に寝ぼけててさ。何かもう呂律回ってないし!」
「そんで置いてきたわけ? 畔、1人でここまで来れんのかよ?」
「割といつもこんな感じだけどな。立ったまま寝始めるからさすがに置いてきたわー」
「お前意外と性格悪いだろ!」
「まあ面白いからいいけどさ」
「遅刻しないといいなー、畔のやつ」
さほど静かでもない教室だが、彼らの声が段々増えていく(面白そうだと察知した他の男子が次々会話に参加する)ため、大体の事情は読めた。要は、寝ぼけていた未玖緒くんを連れてくるのを面倒がった久宮くんが、彼を置いてきぼりにしてここにいるということだ。
朝弱いんだなぁ、やっぱり。目を擦りながらふらふら登校してくる彼が目に浮かぶ。遅刻どころか学校まで辿り着けるだろうか。そう思ってるのは私だけではないようで。
「遅刻は確実にするな。あと10分しかねーもん」
「ここまで来れればいい方だな」
「昼にくるんじゃないの?」
「よし。クオがいつ来るか皆で賭けるか!」
待って久宮くん、爽やかな笑顔で何提案してるの。男子たちも乗らないの。女子達も盛り上がらないの!
結果的に未玖緒くんは、1時間目が始まる寸前に教室にのっそり入ってきた。
HRは終わっていたので勿論遅刻。既に教壇に立っていた地理の先生には注意されるわ、クラスの皆にからかわれるわで彼は不機嫌そうに私の隣に座った。まだ眠気が残っているのかもしれない。ゆっくりとした動作で教科書を鞄から引っ張り出している。
ようやく筆記用具を出すところまでいったかと思うと彼はくるっと振り返り、どこかに向かって睨みを利かせていた。授業中なためさすがに私までは振り返れなかったが、後ろの方から零れた笑い声で久宮くんに向かって怒っているのだとわかる。
楽しそうな彼は、賭けに勝ったのだろうか。
「ああぁぁぁ……」
4時間目が終わった途端、隣から低い唸り声が聞こえてきた。いつも聞こえてくる声より低い。加え、机に伏せているせいでくぐもっているため少し怖い。そんな未玖緒くんのもと、嬉々として駆けつけたのは当然の如く久宮くんで。ふわふわの頭をかきまわしながら声をかける。
「何してんだ、遅刻野郎」
「腹減った。死ぬ死ぬ、しぬ……」
本当に死にそうな声でそう訴えたかと思うと、彼は突然顔を上げた。あまりの勢いに、その頭に乗っけられていた自分の手に久宮くんが体を持っていかれそうになる。
「っ、安心しろ。もう昼飯の時間だ」
「や……ご飯、忘れた」
「え?」
「えっ」
思わず私まで声を上げてしまう。本当に寝ぼけたまま登校してきたのかな。見たところ大食いではないが、お昼の未玖緒くんは久宮くんと談笑しながら美味しそうにお弁当を食べている、という印象が強い。食べることが好きなのだろう。それ故に、彼がお弁当を忘れてしまったというのが信じられなかった。
何とか声を振り絞った彼の顔は死んでいた。絶望という文字すら額に浮かんで見える。久宮くんが正面に回りこんで目を合わせようとするが、いつもより光の少ない目は宙をふわふわ泳いでいて捉えられなかったようだ。ふう、と溜息を吐いた久宮くんは頬をぺちぺち叩きながら、
「しっかりしろ。顔ヤバいぞ」
「うーうぅぅ、死ぬ、って……。ミヤが急かすから……」
「お前が寝ぼけてたのが悪いんだろ」
「購買行くかー」という久宮くんの声にも動けないの一点張りだ。また自分の腕に伏せて顔をぐりぐり押し付ける姿は、ただの我侭な子供の様。これは、どこからか微かに聞こえてくる「畔くん可愛い……!」の声にも同調せざるを得ない。
よし、面白いからもう少し見てよう。久宮くんはどうするのかな。
彼には悪いが気楽に考えながら、机の横にかけていた弁当袋を手に取る。瞬間、くるっと未玖緒くんの顔が90度回り、私の弁当袋に弱々しい視線を注いだ。動きが相当早かっただけあって少し申し訳なくなる。前の授業は芸術科目の選択で、まだ友達は帰ってきてない。だから準備だけ。まだ食べないよ?
「何狙ってんだ、目が怖いんだよ――ああ、花野井さん。気にしないでいいよ?」
「いや……あっ」
私の声に合わせて、未玖緒くんの目が期待に僅かに見開かれる。
我侭な子供どころか餌を欲しがる可愛らしい動物だ。一瞬だけ迷い、自分を納得させてから彼に問いかけた。
「今日、おにぎりなんだよね。良かったら食べる?」
実は今朝久しぶりの弁当作りで気合が入ってしまい、予定より多く作ってしまったのだ。味は几帳面にも全て違う。友達が食べてくれるかな、と思って持ってきたのが吉と出たようだ。袋を開ければ、ラップに包まれたおにぎりが5つも顔を出している。我ながら作りすぎだ。
私の軽い提案に真っ先に反応したのは久宮くんだった。
「いや、悪いって。花野井さんの」
「食べる食べたい、食べたい」
それに真っ先に反応したのは未玖緒くんだった。数秒前まで淀んでいたのが嘘のように緑の瞳はキラキラ輝いている。生き返ったよ、未玖緒くん。
どれに何が入っているかはわからないためそれを断ると、大丈夫だと力強い返事を即頂いた。適当に袋から1つ取り出して隣の机にそっと置くと、手渡しレベルの速さでそれを手に取った未玖緒くんがラップを剥がしておにぎりにかじり付いた。さほど大きくないので半分近くが一気に口の中へ。
「お前なぁ……」と呆れた、というよりは明らかに引いている久宮くんを尻目に、彼はもぐもぐと私の作ったおにぎりを食する。あ、完食した。早いよ。中身が何だったか確認できないぐらい早かったんだけど。
「美味しかった?」
「おいひい」
こくりと頷く彼。いつの間にか普段通りの顔に戻っちゃった。ころっと表情が変わる未玖緒くん、面白かったんだけどなぁ。
「礼ぐらい言えよ馬鹿!」
「あー、うん。わかったからぐりぐりしないで」
鬱陶しそうに彼の手を払いのけて未玖緒くんが私に向き直った。かと思うと、細い指がまだおにぎりが詰まっている袋を指差す。まだ食べたいのか。4つもあるからあげても大丈夫だけど……。
「花野井作ったでしょ」
「え?」
私、言ったっけ。
「そうだけど、よくわかったね?」
「や。小さかったから」
くいくいっと顎で示したのは私の手。よく言われる、確かに小さめの手。
予想が当たったのが嬉しかったのか、彼は僅かに口元を歪めた。
「美味しかった、ありがと。これで購買まで行ける」
「いえいえ。行ってらっしゃい」
くそう。何故こんな普通の、むしろちょっとばかりくだらない会話をしてるだけなのに、ベタベタな少女漫画的雰囲気が辺りに立ち込めるのだろう。ハートマーク飛ばされてるの見えてないのかなぁ。
当の本人は恐らく無自覚。既に意識は次のご飯へ向いていて、「弁当食いたい」と久宮くんの袖を引っ張っている。久宮くんが軽く私に会釈をして、未玖緒くんの腕を引っ張って教室を出て行った。彼らを見送ると同時に、いつから今の一連の流れを見て惚けて立っていたのか、入り口からぞろぞろ私の元へ友達が集まってきた。
あぁ、そういえば。久宮くんが呼んだのもあったかもしれないけど。
名前、覚えてくれてたなぁ。
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