着信。
カイトからだ。
「なあに? … うん、空いてるよ … えー?ゲントウ?どこいくつもり? … あ、そう… うん、取り敢えず期待しとく(笑) … うん、じゃ6時にね」
厳冬モードって、ついこないだ冬物仕舞ったばかりなのに。一番あったかなのは…ロングダウンか。はぁ。どこへ連れて行くつもりなんだろな。急いで帰宅しよ、取り敢えず。

午後5時55分、再び着信。
「あ、うん、用意できてるよ。 … 曲?… (笑)うん、わかった。 …え?もう来てるの?」
窓越しに下を見る。ヤツが車から降りてこっちに手を振っている。
「ああ、アハハ、うん、今すぐ行く。じゃね」
キーホルダーにボーカロイドを使ったお気に入りの曲ばかりのUSBメモリ。
ドアをロックし、階段を駆け下りる。
「めいこさん」
「お待たせー」
「寒さ対策は」
「おkでーす」
「(笑)じゃ、参りましょう」
「はーい(笑)」
発進。
「で、どこ行くかっていう種明かしは、最後までしないわけ、やっぱり?」
「そうだねー(笑) やっぱり、この手のモノはサプライズがセオリーかな、と」
「セオリーなんだ」
「まあ、ね。…あ、目的地へ向かう前に、ちょっとコンビニ寄るからね」
「何買うの」
「片手で食べられるもの」
「おにぎりとか?」
「サンドイッチとか」
「おk」
二人でコンビニの中を物色。一人で入ると殆ど一分ほどで商品選択は終了するけど、二人だと二倍にならない。三倍?四倍?どうしてぐるぐる回っちゃうんだろう。ともあれ、主食系の他に飲み物と、お菓子と。
再び発進。今度は目的地に向かって。…多分。

持ってきたメモリをカーステレオに接続。
ビートの効いたリズムに乗った初音ミクの声が車内を満たしだす。
「あれ、これまだ聴いたことないな」
「昨日ピアプロでアップされたヤツだよ」
「へぇー、いいね。タイトルは?」
「『未定』ですって」
「あっ、面白い、それ」
「ううん、うぷ主さんがまだ決めていないの。本来の意味の『未定』」
「ああぁ、そっちかぁ。あるある、そう言えば、そんなのたくさん」
夕刻のラッシュアワーのはずだけど、渋滞には遭わず、さして信号にもいらいら待たされることもなく、二人とBGMを乗せた車は高速に入った。もしかして、掛けている曲が交通事情に影響を与えて…そんなはずはないか。

太陽が沈んで、街は昼の間に吸収した光を吐き出すようにあちらこちらからライトアップを始める。高速もオレンジの光点をパースの焦点へ向けて並べてゆく。
「黄昏時の街って、綺麗よね」
「うん、そうだね」
「空に仄かに明るさが残っている時に地表がいろんな形に沿っていろんな色の光で綾取られていく様子を観るのが好き」
「もうすぐだからね」
「うん?何が」
「それ」
「それって?」
「今めいこさんが言った」
「え?何」
「黄昏時の街並、さ」
車は高速を降り、道幅の狭い、登り勾配の、そして光の少ない方を選んで走っている。
ああ、そうか、夕暮れの高台から街を眺めるってのが今日のメニューか。
カイトの意図を理解してからミクの曲を3曲ほど聴いたろうか、車は展望台に着いた。

「わあ!素敵!」
空は快晴、西の彼方に僅かなクリムゾンレッドを残して、中空はダークスレートブルー。二つの代表的な色の中点にぽつんと明るく大きな星。東に向かうに従ってネイビーが濃くなって行く感じ。地表は水平線に近づくほどに光点が密集して、海岸沿いではべジエの線になっている。近いところでは2つ4つのオフホワイト系やオレンジレッドが直進したり途中で曲がったり、決まった線の上で離合集散している。あそこで大量に繋がって見えるのは、交通量の多い交差点ということなんだろうな。
「いいだろ、ここ」
「うん、すごい。知らなかったなぁ、この街を見下ろせる場所がこんな所にあったんだ」
「見つけたのは偶然なんだけどね。道に迷ったことがあって。言わばこれは、迷子の副産物ってとこですな」
「アハハ、カイトらしいね。…あっ、さっき買ったの、食べる?」
「ふふ、まさか」
「あれ?どうしたの?」
「もう充分観た?」
「えっ?もう帰るの?」
「いや、『帰る』んじゃなくて、『行く』んだよ」
「行く?あっ、別の所があるのね」
「うん。じゃ、乗ろ?」
「わかった。…名残惜しいけど」
10秒ほど、夜景をしっかり脳裏に焼き付けた。

動き出した車は、時間をかけて、さらに光の少ないところへと向かう。標高も一段と増したようだ。気がつくと、なんとなく足下が寒い。
「…寒くなってきたね」
「厳冬モードって言ったろ?」
「そうだったね(笑)…ヒーター入れて」
「おk」
温風が車中の床面を充填し始める。
「曲とか、このままでいい?」
「全然おk。運転しやすいよ」
「ふふ。ありがと。…何か食べる?」
「ガム欲しい」
「おっけー」

やがて車は本日のメイン会場に着いた。…らしい。
「え?ここって…」
「登山口」
「ええー?登山口から街並みを観るのー?それとも今から山に登るのー?」
「いや(笑) ともかく、コート着て。降りよ」
言われるままにコートをはおり、車を降りる。カイトは車のライトを消す。手に何かを持っているようだ。
「街ってどこ?」
「いやいやいや、ここはさっきの高台の真裏だから。それよりめいこさん、観るのはこっち」
そう言ってカイトは手を動かすと、灯(あか)りが灯(とも)った。懐中電灯?
その懐中電灯の灯りの先は…
「あっ!」

星、星、星。
空に、こんなに星があったなんて、いつか学校で習ったけれど、もちろんプラネタリウムも観たことがあるけれど、嘘だと思ってた。だって自分の家からでは、10個ぐらいしか観たことがなかったし。…というか、夜空を見上げたのって、雨の時と、雪が降った時と、お月見以外にあったっけ…?
「すごい…もしかしたら、あたし、こんな星空って初めてかも…」
「サプライズは成功?」
「うん…うん…大成功…」
見上げたまんま、顎を引くことができなくなっている。もしかしたら口も開けっ放しかも。
「あ…あそこの星って…」
「どこ?これで指してみて」
カイトが懐中電灯を手渡す。
「この辺…」
「ああ、それは牛飼い座のα星、アークトゥールス。ほら、ここ観て」
カイトはその星の左上の方向を指差す。
「ほら、このあたりの明るい星を線で結ぶと柄杓に見えない?北斗七星だよ。これの、ここの柄の部分をずっと延ばしてゆくと、今のアークトゥールスにぶつかるでしょ。で、この今の曲線をさらに南方向に延ばしてゆくとー、ほら、ここにも明るい星があるでしょ。これが乙女座のα星、スピカ。」
あれれれ、コイツ、なんでこんなに知ってるんだろ?随分と熱の入った説明をしてくれちゃって。それにコイツ、こんなにロマンティストだったっけ。
「…大曲線っていうんだ」
「…」
「わかった?」
「わかった…っていうか…」
「いうか、何?」
「なんでそんなに知ってるの?」
「あれ?言ったことなかったっけ?高校の時天文部だったって」
「えー?嘘」
「だったんだよ。本当に」
そう答えると、カイトはまた空を見上げる。つられて見上げた空には、さっきと同じ星たちが、さっきと同じ場所、同じ明るさで瞬いていた。
「不変の輝きね」
「本当は変わっているんだけどね。星は、凄く長い寿命だから、僕らの寿命程度の期間では、何も変わらないように見えるんだよね」
「ふーん…」
街並みの灯りは作られてゆくもので、作為があると言えばあるけれど、人工ならではの美しさがある。どのようにでも変えられるから、変化の美しさもある。一方の、こちらの星々の灯りは、何世代にも伝えてゆける不変の灯り、不変の美しさ。それが人工の光に押されて、日本では特別な場所まで来ないと観られなくなっている。なんだか、こんな所で、なくしたくないものは何なのか、認識を新たにしたような気がした。
「ああ…なんか…」
「どうした?」
「なんか、新鮮」
そう言ってとびっきりの笑顔を作って見せたんだけど、この暗闇じゃヤツには見えなかったか。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

【小説】 Primary star 〔for じゅるコラボ〕

じゅるさんの曲
http://piapro.jp/a/content/?id=za95st984nk4z77j
の、イメージ小説。。。

星空と淡い恋心がめいん・てーまかな…

閲覧数:299

投稿日:2008/04/05 15:18:05

文字数:3,322文字

カテゴリ:小説

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