辛い時、悲しい時、私は決まった夢を見る。
もう二度と見れないその夢は、
私の偏屈な思考さえも癒してくれた。
深夜にふと目が覚めた。
鈴虫が呑気に歌を歌っていた。
先日、男たちに隣国の噂を聞いた。
ある日を境に、人の数は急激に減ったそうだ。
男たちは口々に隣国を罵った。
もう取り返しがつかないし、この悲劇は、
未来永劫子々孫々に語り継がれるだろうと私は思った。
誰のせいなのかは定かでは無いが、
きっと、人々の憎しみがそうさせた。
これで何度目だろうか?
ソイツは、忘れた頃にやってくる。
学ばないんじゃない。
学べなかった者が、また学ぶ為に起こすんだ。
今までもそうだった。
受け売りの知識も武器になった。
彼らは無知を利用した。
そうした方が都合がよかった。
彼らの企みは見事に成功した。
その結果、罪のない多くの子供が不幸になった。
そして、大人になった彼らは武器を取った。
再び世界は闇に呑まれた。
彼らは答え合わせをしなかった。
問うことさえも諦めていた。
血なまぐさい人類史に終止符を打ったのは、
紛れもなく彼ら自身だ。
過ちを繰り返した結果がこれだ。
みんな違ってみんないい訳じゃない。
それを証明したのは彼らだ。
この世で最も恐ろしいのは正義であると、
私だけが気づいていた。
私が願ったのは、
誰も彼もが平等で健康な世界だった。
“合意員”全てが豊かな世界だった。
差別も争い事も滅多に起きない世界だった。
倫理道徳を何よりも重んじ、
弱者を優しさで包み込む世界だった。
自己犠牲を強要し、
利他主義が理想とされ、
ありとあらゆる面で徹底的に配慮されている世界だった。
便利でつまらない物が増え、
見たくないものを見なくてよくなり、
聞きたくない事を聞くことも無く、
やりたくない事をやらず、
苦労を知らずとも生涯を終える世界だった。
個人情報を公衆に開示して信用を得たり、
幸せである事が当たり前でなくてはならない世界だった。
己を律し、己を抑制しなければならず、
薄情者は追い出され、煩い者は嫌われ、
異端者は笑われる世界だった。
誰もが無償の優しさを与えられ、
それ以上の見返りを要求される世界だった。
犯罪者は徹底的に裁かれる世界だった。
得体の知れない存在や、
あらゆる痛みを恐れる世界だった。
調和を尊重し、個性を殺し、
協調性を重視するあまり自由を忘れ、
一人一人に寛容を求める癖に不寛容な世界だった。
排他主義的な社会を許容し、
恐れていた事が形を変えて存在する世界だった。
赤の他人に我が身を預け、
必要以上に完璧を求め、
他人によって生き方を決められる世界だった。
人々から少しずつ選択肢を奪っていき、
誰もが一人じゃ生きられない世界だった。
心身に害のある行為や物質を許さず、
極端な考え方が当たり前になった世界だった。
誰も彼もが同じような格好をし、
同じような風景を眼にし、
同じような言語で会話をし、
同じような考え方を持ち、
同じように死んでいく世界だった。
それでも反抗する者がいる世界だった。
それでも少数派に憎まれる世界だった。
それでも暴力がなくならない世界だった。
それでも不幸がなくならない世界だった。
それでも満たされない人が多すぎる世界だった。
少しの努力であっという間に崩壊し、
矛盾だらけなのに成り立っていて、
結局、選ばれし者のために存在する世界だった。
何よりも、無知であることが一番の幸福だった。
そして、人類は既に終わりを迎えた事を気づかせなかった。
私は私自身を誰よりも否定した。
私は私の存在を世界に示そうとした。
私を嗤う世界が愛おしくて仕方がなかった。
私は私である前に、
もっと有益な何かになろうとした。
私は私が何者であったのか忘れてしまったが、
私が何者で何のために存在しているかなんて、
今の私にとってはどうでもいい事だった。
私にはかつて、愛する者がいた。
それが何者なのか、なぜ私はその者に拘るのか、
千年という代償を支払っても分からなかった。
私は幸せだった。
世界で一番幸せだった。
私はこれ以上必要ないくらい満たされていた。
私は私に感謝した。
そして、私を知る全てに感謝した。
私はふと、純白の扉に目をやった。
きっとあの扉の向こうに答えがあるのだろう。
私は百二十回目の決断をした。
それは私にしかできない事だった。
これが終われば、私は私でいられなくなるが、
私の心はそれを望んでいた。
私は笑った。
泣きながら笑った。
ようやく務めを果たせる。
これ以上、悔恨の情に苛まれる事も無いだろう。
私は月華に想いをはせながら、
また、ゆっくりと目を閉じた。

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不死身のワルツと月夜の魔女(最終章)

閲覧数:147

投稿日:2023/11/20 01:52:21

文字数:1,930文字

カテゴリ:小説

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