「どうしましたか卓さん?」
 いつの間に下りてきたのか、卓の後ろにミクが立っていた。卓はミクに事情を説明しようとして一息ついて口を開きかけた。その時。
「ミク姉ッ!久しぶり!」
「あぶはっ!?」
 卓を押しのけてリンがミクの前に躍り出ると、ミクの両手を握る。押しのけられた卓は物理法則に逆らえず、そのまま玄関の戸に顔を打ち付けて悶絶していた。
 転がる卓を心配そうに見ながら、ミクは躊躇いがちにリンの握った手を握り返してどこか困ったように小さく笑う。
「あの、以前どこかでお会いしましたか?」
 その一言に、リンの表情が固まった。大きく見開かれた目からは微かに涙がこぼれそうになる。そんな姿を見て、レンは小さく舌打ちをした。
「・・・・・あ、そ、そっか」
 レンの舌打ちがスイッチになったのか、リンは微かに悲しげな表情を浮かべて俯く。
「・・・馬鹿」
 そういうレンの顔には、怒りや苛立ちよりもどこか寂しげな色が浮かんでいた。
「え、えへへ。ごめん、間違えちゃった!うん、初対面だった。データのプロフィールを見て会った気になってたよ。いやぁ、お恥ずかしい!」
 明らかに無理をして取り繕った笑み。急ごしらえの紙ほどの薄っぺらい仮面がそこにあった。それでも仮面は、ミクとの会話を続けるだけの役目は果たしてくれた。
「そうですか、それでは初めましてですね。お名前をお伺いしてよろしいですか?」
「あ、あたし・・・・」
「俺は鏡音レン、こいつは鏡音リン。一緒に開発されたから双子みたいな感じなんだ」
 言い淀んで動けないリンの傍に、レンは静かに歩み寄って前に立つ。それはどこかレンがリンを守っているかのようにも見える。
「そうですか。ミクは初音ミクって言います。よろしく」
 ミクの浮かべた笑顔に応えるように、レンも笑顔で返す。
「ああ、よろしく。ほら、リン」
「・・・・あ、うん。よろしくね、お姉ちゃん!それで突然なんだけど、お姉ちゃんのことミク姉って呼んでもいいかな?」
 人懐っこい笑みは、しかし何かにすがるようにしているようにも見える。そんな機微に気づくこともなく、ミクはただ嬉しそうにその言葉をそのまま受け取った。
「ええ、全然かまいません。なんだかとても仲良くなれたみたいで嬉しいです」
「ホント!?えへへ、やった!!」
 天にも昇らん勢いでリンが跳ねる。先ほどまでの暗い色はどこへやら。快活な彼女らしい、明るく元気な反応だ。その姿を優しくレンが見守る。ただ一人、地面で悶絶している卓を覗けばとても美しい光景であった。はちゅねが傷口に薬だと言わんばかりにネギをすり込んでくるせいで、卓の痛みは一向に引かない。
 ひとしきり飛び跳ねて喜びを振りまくと、リンは再びミクの手を取って目を輝かせる。
「ねぇねぇそれじゃあミク姉、今からゲームをしようと思うの。一緒に遊ぼうよ!」
「ゲームですか、何をするんですか?」
「鬼ごっこだよ!」
「鬼・・・ごっこ」
 ミクにとっては初めてするゲームだった。その言葉を新鮮な気持ちで噛み締めていると、先ほどまで痛みで地面を転がっていた卓がはちゅねに慰められながらやっとのことで顔を上げる。
「なん・・・だと?!」
「そう、決闘内容は鬼ごっこだよ」
 痛みで眼を瞬かせている卓に、レンが鋭く言い放つ。
「決闘?ゲームじゃないんですか?」
 ミクの言葉に若干リンの方が跳ねた。レンの失言に口元を引き攣らせながら、必死にミクの気を引く。
「え?あ、あはは、そうそう。ゲームだよゲーム!」
「お、おいお前ら!」
 まさかと思いながら、卓は起き上がる。この二人は、卓に直接結論を出させる前に、勝負を開始させる気なのだ。もう一人の当事者である、ミクを丸め込んで。
 しかし、全てに気づいて動くには少々遅かった。歩み寄ろうとした卓をレンが道を塞ぐ。
「高野卓。もう逃げ道はないよ。覚悟を決めろ」
「覚悟って、お前・・・っ!」
 悔しげにレンを睨みつける。だけど、レンもそれに負けじと真っ直ぐ卓を睨み返す。
 同じ時、ミクは首を傾げながらリンに問いかける。
「それじゃあ、ミクは何をすればいいでしょうか。じゃんけんで鬼を決めますか?」
「ううん、ミク姉の役目はもう決まってるよ」
 その言葉に、えっと小さく呟いてミクの瞳が微かに大きく開いた。
「それは、何の役ですか」
 鬼ごっこと言うのは、鬼と逃げる人の二つに分けられる、とてもシンプルな遊びのはずだ。その中で既に役割が決まっているとなると、答えは二者択一。
 では、自分はどちらの役になるのだろうと考えていたミクに、リンは舌なめずりをして笑う。それはまるで、赤ずきんを前にした狼のような顔だった。
「ええっとねぇ・・・・囚われのお姫様役・・・とかかな」
「お姫様・・・ですか?」
「そう、だよッ!!」
 声と共にリンが地面に向けて小さな玉を叩きつける。すると、玄関を覆うようにして白い煙が噴出した。
「うわっ、何だこれ!?」
 白い靄に包まれて混乱しつつも、鼻に入った白い粉で咳き込む。それは台所で嗅いだことのある匂い、どうやら小麦粉のようだ。催涙弾とかではないようだが、これはこれで喉や鼻にきつい。
 煙から脱出できないかもがいていた卓の手が、何か冷たいものに両手を繋がれて自由に動かなくなる。それと同時、卓の耳元に声が聞こえた。
「制限時間は2時間。どんな手を使ってもいいから、俺たちを追いかけてミク姉を奪ってみせてくれ」
「ちょっ、ちょっと待てお前ら!!」
「それじゃあ、ゲームスタートだ!」
 卓の制止の声を無視して二人が煙の中を駆け抜ける。その二人に引っ張られるようにして、ミクらしき姿が通り過ぎて行った。その瞬間、うっすらとした白い靄の世界で卓は見慣れた彼女の手が自分に向かって伸びていたような気がして、繋がれた両手を前に出して掴み返そうとする。しかし、それは本当に雲を掴むようにしてすり抜けてしまった。
 何とも言えない喪失感に、しばし思考が止まる。煙が晴れ始めると、外から轟音と共にタイヤのこすれる音と大きなものが駆け抜けていく気配がした。慌てて外に出ると、隣近所の人までもが、何事かと出てきて辺りを見回し、卓の姿に驚愕して言葉をなくす。
「あ、あいつら・・・・ッ!」
 全身小麦粉だらけになり、真っ白に染められた卓は怒りに拳を握る。そしてその時やっと自分が手錠をはめられていることに気づく。振り返り見れば、玄関までも粉だらけにされ、見るも無残な状態だ。
 プツンッ。
 卓の中で伸びきっていたゴムが切れるような感覚が走る。すると、自然に口元が歪み地獄の底から溢れ出るような黒い笑みが浮かぶ。それを見た付近の住民、通行人は慌てて逃げるか家に舞い戻っていく。
「やってやる・・・やってやるよ、この勝負!絶対勝ってあいつら額がこすれて泣きが入るほど土下座させたあとに床を舐めてもいいくらいに玄関の掃除をやらせてやる!」
 認めるとか認めないとか、向こうの都合なんか知ったことではない。単純に、これは復讐なのだ。大人をからかったらどうなるか、しかとその身に刻み込んでやる。
 そんな思いで早速追いかけようと走り出した時。
 背後から重低音のノイズの混じった排気音と共に風が通り過ぎ、目の前で車体を傾けて一台の大型バイクが急停止した。
 鮮烈な赤を基調とした、ドゥカティのスーパーバイクモデルだ。基礎フレームは1098を採用しているが、その細部はまったく別のパーツ、おそらくはオリジナルのパーツが付加されている。とは言っても、卓にはそんなことはわかるはずもなく、ただひたすらに状況に困惑していた。
「こ、今度は何だ?!」
 フルフェイスのメットを被ったTシャツにジーンズの人物は、卓の家の玄関と卓本人を見回して悔しげにバイクのグリップを叩く。
「チッ、間に合わなかったか。しょうがない、博士とテトに連絡して情報操作を頼むしかないか」
 ヘルメット越しに聞こえたくぐもった声は、何故かどこかで聞いたことのある声のような気がした。
「ちょ、あの・・・あなたは・・・」
 恐る恐る話しかけると、ヘルメットの男は卓を見て、おっといけないとヘルメットを取ってみせた。
「悪い、どうやら遅れちまったみたいだな」
 ヘルメットを取って現れた人物。それはつい最近までよく顔をあわせていた人物であり、これまで何度連絡を取ろうとも繋がらなかった人だった。
 赤みの掛かった茶髪に少しワックスで尖らせたワイルドな髪型。そのくせ、人懐っこい目をした、長身の男性をみて、卓は思わず叫んだ。
「せ、先輩!?」
「よう卓、久しぶり。元気にしてたか?」
 久しぶりに会った先輩は、相も変わらず爽やかに笑って歯を光らせた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

小説『ハツネミク』part.3双子は轟音と共に(4)

昨日投稿できなかった分を再度投稿させて頂きました。
思いつきとノリで書いている部分が今回多いため、正直いろいろと粗が目立ちますが、何とか形にできました。
力不足な点が多々ありますが、読んで頂けたら幸いです。

閲覧数:145

投稿日:2009/05/10 19:01:21

文字数:3,586文字

カテゴリ:小説

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  • warashi

    warashi

    ご意見・ご感想

    こんばんわ、@たあさん!^^
    コメントありがとうございます!お返事が遅れてしまい申し訳ありません。
    またもや伏線きちゃいました^^;
    彼女達の繋がりとか気にしていただけたら幸いです^^
    いつもコメントありがとうございます、とても励みになっています。
    これからも頑張ってお話を書き続けていく所存ですので、読んで頂けたら光栄です。
    それでは、これからもよろしくお願いします!

    2009/05/13 03:23:19

  • @たあ

    @たあ

    ご意見・ご感想

    どうも^^
    また伏線きましたねー、記憶が消える前はリン達と仲良かったぽいなあ。いったい何があったのか気になるーっ´ω`
    @たあでした[・ω・]

    2009/05/13 00:24:57

  • warashi

    warashi

    ご意見・ご感想

    うっす、お久しぶりっす佑希さん!
    コメントありがとうございます^^
    先輩はイケメン設定にさせて頂きました。でも尻軽でもてないみたいな^^;
    ついに私にも神降りてきてくれましたか?!
    卓のスペック、どこまで持ち上げよう・・・?話の流れに任せるノリでいきましょう!
    ご期待に応えられるように頑張って書かせていただきます!よろしくお願いします!

    2009/05/12 00:20:43

  • warashi

    warashi

    ご意見・ご感想

    お久しぶりですトレインさん!コメントありがとうございます!^^
    はい!書いている私もテンション上がってきました!ここから先はもう自由に書いてみようと思います。
    こっそりと新しい登場人物を名前だけ出してみました^^;
    ここからは卓の全力に期待していただけたら嬉しいです。あと忘れかけのあの子が頑張る予定です。
    また読んで頂けたら嬉しいです、よろしくお願いします!

    2009/05/11 00:24:54

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