その話は珍しく私の興味を引いた。
そうなったからには、私は仕事の一部を削り彼に付き添うことを決めたのだ。
「あんたも付いて来るのか? 珍しいじゃないか。」
私が珍しく興味を持ったことに、彼は機嫌を良くした。
仕事の関係で顔を合わせることが多く、友人としての関係を築いた仲ではあるが、互いの趣が合ったことなど私と彼の間では一度もなかった。
仕事の合間の息抜きでさえ、彼と共に過ごすのは肌に合わなかったのだ。
「私もそれに興味を持ちました。ぜひ拝見したいものですね。」
告げると、彼は機嫌良さそうに苦笑した。
「まあいいだろう。それに、今後あんたの仕事に大きく関わりそうだ。」
「どういう意味ですか?」
「見りゃ分かる・・・・・・。」
気分良く歩き出す彼の背を追い、私はエレベーターに乗り込んだ。
◆◇◆◇◆◇
「えーまずは、この度は皆様、このミクの為にお集まりいただき誠にありがとうございます。」
研究室に響き渡る、しどろもどろな声。
ミクの隣で、ジュースの缶片手に、僕はマイクを握らされていた。
社長の計らいで打上を行うことになり、その余興として、開発者である僕からスピーチをして欲しいといわれたのだ。
「えー、ミクの製作に、丸々一年費やしたわけですけども、その間に私に協力して頂いた、研究室の皆様と社長に、感謝を申し上げます。ありがとうございました!」
「いよっ!」
白衣を纏う仲間達が、一斉に盛大な拍手を送ってくれる。
「これで、本社から開発続行の許可が下り、えー、予算を頂いた暁には! ミクに手足をプレゼントしたいと思います。その時は皆様ぜひ、協力していただけませんでしょうか。」
「いいぞー!」
「ミクは、次世代に続く新しい技術の魁と言う意味で、みらい、から取りました。皆様、今後とも宜しくお願いします。ミク、挨拶は?」
ミクの口許にマイクを持っていく。
「みんな、よろしく・・・・・・!」
そして、僕は片手の缶ジュースを頭上に掲げた。
「それでは、この先も進化を遂げていく未来への架け橋、ミクの誕生を祝い、乾杯!」
「乾杯!!」
皆が一斉に声を上げ、缶ジュースを高らかに振り上げた。
ああ、何と言う充実感と、達成感だろう。
僕は昔から一人だった。一人で生まれ、育ってきた。
でも今は違う。僕の自立をサポートしてくれた社長、研究開発部の仲間、そして、ミク。
この素晴らしい一瞬は、彼らが僕に恵んでくれたものだ。
そして、ミクも。
僕と皆の、素晴らしい宝物だ。
缶の中身を半分残し、僕は残りの半分をミクに飲ませてあげた。
「おいしい・・・・・・・。」
「ああ、よかったね。」
その時、研究室のドアが乱暴に解き放たれ、二人の若者が現れた。
誰もが、彼らを幸せな一時を妨害した闖入者として認識しただろう。無論、僕も。
一人は、僕らと同じく白衣を纏った、茶髪の青年。だが、もう一人の姿は明らかに異常であり、僕の思考を悩ませた。
それは白い軍服だった。しかも、かなりの階級だと言うことを、右胸に敷き詰められた勲章と、その刃物のように鋭い眼光が発する雰囲気が物語っている。
研究室の蛍光灯に反射する銀髪は、日本人のものではない。
「おや、失礼。お邪魔だったかな。」
幸せな一時を妨害したことなど十分理解していながら、そんな配慮など見せる様子も無い、白衣の青年の言葉に僕は顔をしかめた。
「本社の者だな?」
皆を代表するように、社長が二人の前に進み出た。
「いかにも。」
社長を見下ろした目線で、白衣の青年が答えた。
やっぱり、と僕は思った。
僕は本社に対して余り良いイメージを持っていない。
そもそもコンツェルン形式を取るクリプトンの子会社において、僕らのホームズはほとんど末端の扱いであるらしく、彼らは僕達に対して冷たく、刺々しい。
しかも本社では、なにやら如何わしい研究や実験が行われているという噂を耳にしたこともあり、僕は嫌悪感さえ抱いていた。
「ご連絡の通り、研究の成果を拝見させていただく。」
白衣の青年と軍服の青年は社長とロクに視線も合わせず、社長の横をすり抜けた。何と言う礼儀に欠けた人間だろう。
「貴方が網走博貴?」
「はい・・・・・・。」
目の前に現れた二人の、異様な雰囲気に圧倒されながらも、僕は視線だけは逸らさなかった。
「ほぉ~・・・・・・これがその、次世代人間型アンドロイドとやらですか?」
軍服を着た青年が、ミクの前にかがんだ。
興味津々といった視線でミクを舐め回す姿は、その白い顔面を思いっきり蹴り飛ばしたくなる衝動に、僕を駆り立てた。
「博士。」
白衣の青年の一言で、思わず我に帰った。
「本社からの視察に伺った研究員、ランス・ウォーヘッドだ。この度はご苦労だった。」
「私は友人の、世刻・エウシュリー・アイルです。以後お見知りおきを。」
「は、はぁ・・・・・・。」
例え視線を逸らさずとも、ウォーヘッドと世刻と名乗った青年達の気迫に押され、僕は何を言うべきか、その言葉を忘れてしまっていた。
「これは、これは素晴らしいよランス!」
ウォーヘッドの背後では世刻が嬉しそうに声を上げていた。
「思いのほか、気に入ったようだな。」
「当たり前さ! この精巧さ、この動き・・・・・・これは私の方でも大いにウケるかもしれませんねぇ。」
世刻は、まるで自分の物のようにウォーヘッドにミクを見せつけた。
その姿だけでも癪に障ったものだが、私の方、と言う言葉に、僕は言葉に出来ないほどの恐怖心を覚え、鳥肌を立たせた。
彼の言う、私の方と言う事はつまり、軍事関連のことかもしれない。
それは、ミクの技術が軍事に使われると言うことだろうか。
いや、いくらなんでも、それは邪推しすぎだろう。縁起でもない。
だが、危機感はある。
自分が平和や夢の為に作り上げた技術が戦争に使われるという危機感は、最先端の技術を扱う僕ら科学者にとって引き離せないものなのかもしれない。
あくまで自分の利益のために、その技術を非人道な行為に使う事に、何の躊躇も無い者もいるかも知れない。それは僕の最も軽蔑する人種、マッドサイエンティストだ。
僕はそうはならない。なりたくはない。
あくまで人々の平和のために、ミクの開発を続ける。
そう願うだけに、この研究室に軍服を着た人間が足を踏み入れた時から、どこか胸中が騒がしかったのだ。
「ふむ・・・・・・確かに、これはすごいな。生体部品を使用しているだけはある・・・・・・。」
ウォーヘッドもまた、品定めするように視線でミクを舐め回し、デジタルカメラでの撮影や、なにやらメモを取るなど、余りにも厚顔無恥な振る舞いを晒してくれる。
僕も社長も、皆も、二人の厚かましくて図々しくて嫌らしい姿を前に、ただ沈黙しているしかなかった。
ここでこの二人に何か野次を飛ばしたりでもしたら、この会社の存在が危うくなるかもしれないのだ。
唇と己の惨めさと食いしばりながら、ただ事が終わるのを待つしかなかった。
「よし、これだけのデータが取れればい。それでは、失礼した。」
ウォーヘッドはそれだけ言い残し、世刻はそれに乗じて軽く手を振るだけで、ミクから離れるなり足早に研究室を立ち去った。
「なんだったんだあいつら・・・・・・。」
「興ざめしちまったぞ・・・・・・。」
「これだから本社の野郎は・・・・・・。」
仲間達が、次々に呟いた。敵意を剥き出しにした顔で。
彼らの気持ちは痛いほど分かる。
彼らも僕と同じように、あの澄ました顔に一発ほどお見舞いしてやりたいという衝動に駆られたに違いない。
だが同時に、彼らもまた無力だった。仕方がなかった・・・・・・。
「ミク。大丈夫?」
「う、うん・・・・・・。」
知りもしない不気味な存在が去った後も、ミクは怯えていた。
「ごめんね・・・・・・。」
謝りながらそっと頬を撫でると、少しばかり不安が去ってくれたのか、ミクは微かに微笑んだ。
「さぁ、みんな。少し調子狂っちゃったけど、これで本社もミクの事を認めて――。」
言いながら立ち上がったその時、手にしていたジュースの缶が、手から離れ、床に転がった。
どうしたんだろうと疑問に思っている内に、その缶ジュースの形がぐにゃりとひしゃげ、視界が傾いた。皆も、ぐにゃりとひしゃげていた。
全身が床に叩きつけられる。目の前に転がっているのは、ぼやけてしまったジュースの缶。
どうしたんだろう。皆が駆け寄ってくる。何かを騒いでいる。
そのうち、ジュースの缶も皆の姿も、暗闇中に消えていく。
「ひろき・・・・・・ひろき・・・・・・!」
目の前を暗闇が塗りつぶした直後、僕を呼ぶミクの声がただ、遠ざかって行った。
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