注意書き
これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
メイコの視点で、『アナザー:ロミオとシンデレラ』第六十三話【真実が充分ではない時がある】~第六十六話【分かれた道】のサイドエピソードとなっており、また、外伝二十三【メイコの思案】の直後の話となっています。
したがって、【分かれた道】、【メイコの思案】まで読んでから、この作品を読むことを推奨します。
【母の立場】
レンがごたごたに巻き込まれて、数日。こっちに戻ってきた母と「話し合い」とやらに出向いてみたりしたのだけれど、いい結果にはならなかった。リンちゃんのお父さんにはこの時初めて会ったのだけど、おそろしく話の通じない人だった。これでよく企業のトップが勤まるなという感じ。それとも、仕事の時は全然感じが変わるんだろうか。想像つかないけど。
リンちゃんのお父さんという人は一方的に「娘を傷物にされた、どうしてくれる」とそればかり。さすがに無理矢理だったとは主張しなかたったけど――多分、警察に行きましょうと言われるのを警戒したんだろう。そういうところが正直イラッとくる――、結局要求してるのは「そっちのせいだ、謝罪しろ、責任取れ」ということだった。
母には事前に話をしっかりしておいたので、私と母は「そんな証拠はどこにもないし、主張は認められない」ということを、二人してちゃんと伝えることができた。もっとも、向こうがちゃんと話を聞いていたかどうかは怪しい。何せ、ほとんど話が繋がっていなかったもの。
それにしても腹が立つのは、向こうが最初から最後まで、完全に上から目線だということだった。バカ相手に腹を立てるのは時間の無駄だって、何度も自分自身に言い聞かせて何とかこらえる。ここでこっちがキレたら、収拾がつかなくなっちゃうからね。必要なのは大人の対処だ。あっちは駄々っ子みたいなものなんだから。
ちなみに、リンちゃんの育てのお母さんは一緒じゃなかった。一度だけ「お母さんの方はどうしたんですか?」と訊いてみたんだけど「関係ない」で終わられてしまった。関係ない、はないと思うんだけどね……血は繋がってなくても、リンちゃんはその人のことをお母さんだと思ってるんだろうし。
なんというか、ハクちゃんが引きこもったのもよくわかるわ。こんな人と一緒に暮らしていたら、おかしくもなるわよ。私だったら、どこかの時点でキレて、何かで頭を一撃していたかもしれない。
というか……その方が世の中のためかも……おっとっと、いけないいけない。こっちが向こうにあわせて、レベルを下げる必要なんてないんだから。
とまあ、そんなわけで、話し合いとやらは全く成果を結ばなかった。リンちゃんのお父さんは喚き散らすだけ喚いて、帰って行っちゃったし。レコーダー、ずっと回ってたんだけどね。ネットにでもアップされたらとか考えないのかなあ……そんなつもりはないけど。
「あの……鏡音さん」
しばらくぼけっとしていると、校長が声をかけてきた。
「何ですか?」
「こんなことを言うのもなんですが……レン君を転校させてもらえないでしょうか?」
私と母は思わず顔を見合わせた。そりゃ確かに、リンちゃんのお父さんに話は通じない。けど、だからってこっちに割を食わせる気? その気なら、こっちも黙ってないわよ。
「言っておきますけど、レンを退学処分にしたら、不当退学でそちらを訴えますよ」
「それはわかってます……こっちとしても、レン君を退学させたいとは思っていません。ですがこの状態で、レン君をこのままうちに通わせるのは……ちょっと……レン君をリンさんと同じ学校に通わせるなんてできないと、向こうは言っているわけですし……」
「向こうのお嬢さんをやめさせるという選択は?」
校長にそう訊く母さん。えーっと……リンちゃんの方が学校を追い出されたら、それはそれでレン、怒るわよ。まあ、訊いているだけだろうけど。
「いやそれはできないんで……」
もごもごと校長が口ごもっている。そのつもりはないらしい。
「どうしてです?」
「えーと……向こうの親ごさん、とにかく厄介なので……」
「だから、うちの息子に犠牲になれと?」
母さんが怒った声でそう言った。校長先生は青い顔のまま、先を続ける。
「もちろん、放り出そうとは思っていません……ですがレン君が転校してくれれば、話は丸く納まるんです」
まあ、それはそうなのよね。レンが学校からいなくなれば、リンちゃんのお父さんはとりあえず満足はするだろう。どこか他所に転校した形なら、ギリギリだけどレンの将来も傷つかずに済むし。
ただ、レンはリンちゃんと一緒にいたがっている。転校しろなんて言ったら、怒り出すだろう。
「どこへ転校するにしても、推薦状は書かせてもらいますし、いい生徒だということは強調しておきます。だから、どうか考えてください」
深々と頭を下げられてしまった。校長も困り果てているらしい。リンちゃんのお父さん、苦情を持ち込むだけじゃなくて、他にも何かやってるのかしら。あのお父さんだと……可能性、高そう。
学校を出た私と母さんは、近くにある喫茶店に入った。幾ら覚悟を固めて赴いたとはいえ、あんなお父さんとやりあうのは、さすがにエネルギーを消耗する。終わった後、二人して甘い物がほしくなったのは、当然かもしれない。私はパフェ、母さんはケーキセットを注文した。
「メイコ、どう思う?」
「ものすごく厄介なことになってる」
どう頑張ってもお父さんが引き下がらないことだけは確実だ。かといって、レンにリンちゃんを諦めろなんて言うのも無理。言った瞬間激怒するに決まってる。
「あの分だと、レンがそのお嬢さんと別れたとしても、向こうは治まりそうにないわね」
「別れたって言って、向こうが信じるわけないでしょ。同じ学校なら、いつだって会えてしまうし。その場しのぎの嘘だって思われるだけよ」
ハクちゃんの時は別れさせたら止まったらしいけど、それは学校が違ったからだろう。どこの誰かなんて話までは聞いてないけど、私たちが通っていたのは女子高だ。したがって、同じ学校というのはありえない。
母さんは複雑な表情でコップの水を一口飲むと、ため息をついて、コップをじっと眺めている。気がついたら息子が妙なトラブルに巻き込まれているんだから、悩むのは仕方ないんだけど。
「……なんだって、そんな面倒くさいお嬢さんを好きになったりしたのかしら」
「しょうがないでしょ。そもそもレン自体が面倒くさい男なんだから。普通の女の子じゃ、レンの相手は絶対無理」
本人には全く自覚がないんだけどね。レンの最初の彼女、ユイちゃんは普通の女の子だった。私は二人が我が家の居間で勉強しているのを見た時「こりゃ、一年もしないうちに仲は壊れるな」と気がついた。だって二人の会話、全然噛みあってなかったんだもの。まあ、実際にはギリギリ一年は持ったけど。最後の方は惰性だったでしょうね。レンは当時何もわかってなかったし、今でも完全にわかってるとは言いがたい。他のことへの理解は早い方なのに、自分の恋愛となるとどうしてああなっちゃうんだか。
「そこまであの子、面倒くさいかしらねえ。母さんとしては、きちんと良識を持つように育ててきたつもりなんだけど」
「良識は持ってるわよ。好みの幅が狭くて複雑ってだけ」
私がそういうと、母さんは複雑そうな表情のまま、テーブルに頬杖をついた。
「母さんとしては、レンはそのお嬢さんとは別れた方がいいと思うんだけど」
「母さん、それ言うのは私の前だけにしてちょうだい。間違ってもレンの前では言わないで」
私がきつい調子でそう言うと、母さんはびっくりしたようだった。
「そのお嬢さんとつきあわなければ、こんなことにはならなかったのに?」
結果としてはそうなっちゃったけど、リンちゃんのせいじゃない。それに、リンちゃんの家庭の事情の複雑さを知りながら、リンちゃんとつきあうことを選んだのはレンなんだし。
「レンはリンちゃんに対しては完全に本気なの。おまけにお父さんから横槍が入ったことで、絶対に別れないって決意を固めてる。そんなところへ母さんから、リンちゃんを否定するような言葉なんかかけられてみなさい。あの子、頭に血が昇ってとんでもない行動をとりかねないわ」
「レンはそこまでバカじゃ……」
「確かにレンは年齢の割にしっかりしてるし頭もいいけど、それでもまだ高校生よ。追い詰められたら何するかなんて、私にだってわからないわ」
特にリンちゃんのことでは……ね。それこそ『ロミオとジュリエット』の悲劇だ。二人そろって遺体で発見されましたなんて、私は絶対にお断り。
「メイコはここ二年以上、レンの面倒をみてきたようなものだし、母さんもメイコの意見は尊重してる。でもやっぱり、そのお嬢さんとのつきあいは賛成できない。あんなお父さんの娘さんでしょう?」
ハクちゃんのつきあっていた相手が、ハクちゃんを振ったのと同じようなことを、母さんは言い出した。まあそりゃ、私だってあのお父さんと顔をつきあわせるのは勘弁してほしい。でも、それとリンちゃんやハクちゃんは別問題だ。
「一緒くたにしないで。母さんはリンちゃんを知らないじゃない」
「あんなお父さんに育てられて、ちゃんと育つとは思えないのよ。レンが後悔しないうちに、別れさせるのが為だと思うけど」
今度は、私がため息をつく番だった。母さんはリンちゃんを知らないから仕方がないんだけど。それ、頼むからレンの前で言わないでよ。家庭内暴力の目撃者になんか、なりたくないんだから。
「リンちゃんはいい子よ。多分お母さんの方の影響じゃないかと思うんだけど」
私は、一度だけ会ったリンちゃんのお母さんを思い出した。あの二人が夫婦というのが、どうもしっくり来ない。
「あのお父さんが結婚する相手が?」
「私が見た感じでは、まともそうな人だったわ」
「いつ会ったの?」
「高校の時。リンちゃんは私の後輩の妹だって、言ったでしょう? 試合の応援に来てたのよ」
ちょうどそこへ、頼んだパフェとケーキが運ばれてきた。クリームをすくって口に入れる。……あ~、甘くて美味しい。
「……メイコがそこまで言うのなら、その言葉を信じて、レンに別れなさいって言うのはよすわ」
母さんは完全に納得はしていないみたいだった。私は内心で小さくため息をつく。本人と会わせることができれば早いのに。こんなことなら、お正月にリンちゃんを家に連れて来させるんだった。
「ただ、そのお嬢さんがどれだけいい子であれ、あのお父さんが頑張っていることには変わりない。そしてあのお父さんは、レンを学校から追い出さないと納まりそうにない」
「でしょうね」
「それに、追い出しても止まらないかもしれないわ。転校させたところで、転校先に嫌がらせをするかもしれない」
その可能性もあるのよね。我が家とリンちゃんの自宅は結構距離があるけど、会いたいと思えば会える距離だ。二人が何らかの手段で示し合わせて、こっそり会い続ける可能性だって高いということ。いや実際、レンは転校させられたらそうするだろう。
「そうなると、あのお父さんのことだから……レンの悪い噂をばら撒くとか、リンちゃんに二十四時間体制の監視をつけるとかしかねないわね」
自分で言っておきながら、頭が痛くなってきた。……たまったもんじゃない。下手すると、レンはリンちゃんを妊娠させて逃げたなんて言われるかも。
参ったわね……もちろんそんな噂をばら撒かれたら、レン以上にリンちゃんのダメージになる。でもあのお父さん、リンちゃんの感情に全く頓着していないんだから、そういうことも気にしなさそうだ。
「……決めたわ」
私が頭を抱えていると、母さんは不意にそう言った。
「決めたって何を」
「レンのことよ。ちょっとやそっとじゃあ、向こうが諦めないって言うんなら、思い切ったことをやるしかない」
「何するの?」
「レンをニューヨークに連れてく」
私は、思わずまじまじと母さんの顔を見てしまった。
「ニューヨークって……」
「さすがにニューヨークで嫌がらせできるほど、あのお父さんとやらも暇じゃないでしょうし」
まあ確かに、海外にまで手出しするってのは考えにくい。幾らレンに腹を立てているとはいえ。
ただニューヨークに行くとなると、当然、レンはリンちゃんとは会えなくなってしまう。実質的には別れるようなものだ。そんな話、レンは納得しないだろう。
「レンが嫌がるわよ」
「嫌がっても、こうするしかないでしょう。レンの将来を壊させるわけにはいかないんだから。ニューヨークならあのお父さんも手出しできないし、レンならなんとか勉強にもついていける」
私は考えを巡らせた。学業面は何とかなるはずだ。むしろレンの為になるかもしれない。となると、問題はリンちゃんとのことか。
レンがニューヨークに行けば、リンちゃんは多分、閉じ込められている部屋から出してもらって、また高校に通わせてもらえるだろう。監視もつかないはずだ。少なくとも、多少の自由は手に入る。
「……やっぱり、それしかないかしら」
ため息混じりに呟く。膠着状況が長引くのはよくない。リンちゃんは相当ストレスを溜めているだろうし、レンだって落ち着かないだろう。動くのなら早いうちに、だ。
「メイコ、レンを説得するの、手伝ってちょうだい」
「ん……わかった。でも母さん、頼むから『リンちゃんと別れろ』とだけは言わないでよ」
多分母さんは、レンをニューヨークに連れて行けば、二人の間の恋愛感情は自然消滅すると考えている。物理的な距離のせいで長い間会えなければ、今は燃え上がっている二人の気持ちも、少しずつ冷めていくだろうって。
……それはないと思うのよね。レンはリンちゃんのこととなると、目の色が変わる。なんでああなったのかまでは、わからないけど。
とにかく、今は二人には耐えてもらうしかないか。引き離されても年単位で二人の気持ちが変わらなければ、母さんも理解するだろう。どれだけ真剣なのかを。
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01
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